第420話:資源の枯渇

1.



 平原ダンジョン3層目のフロアボスは、一言で言えば体長5メートル程度のガーゴイルだった。

 全体的に石のような質感でありつつ、グリフィンとも悪魔ともつかぬような、どちらともを併せたかのような見た目。

 

 俺が構えを取るより先に、ガーゴイルが自身の周りに石を浮かせてそのまま飛ばしてきた。

 挙動的に念動力というよりは風の魔法だろう。


 普通の冒険者ならばカス当たりでも食らったら致命傷になりそうなものだ。

 向かってくる石……というか岩をパシパシと拳で叩き落としていると、後ろで見ていたソレイユがほう、と感嘆の息を漏らしたのが聞こえた。


 もちろん彼女もこの程度の攻撃には簡単に対応できるとは思うが、俺のこれはただの反射神経と動体視力でやっているからな。

 動きが洗練されていないのに対応できているという状況だ。

 だからある意味驚きなんだろうな、ソレイユのような人にとっては。


 まああんまり良いことではないのだが。

 俺より強大な魔力を持ったやつが俺よりも武術の心得を持っていたら手も足も出ないことになってしまう。


 ただ石を飛ばすだけでは俺に勝てないと悟ったのか、グゴエエエエ!! と岩同士を擦り合わせたような雄叫びを上げて口元に魔力を集めている。

 次の瞬間、ビカッと眩い光と共にブレスが放たれた。


 物質召喚で手元に小さな盾を呼び出し、そのブレスを受ける。

 感覚的には素手でも受けられる程度だったが、なんとなく嫌な感じがしたのだ。


 そしてその嫌な感じは的中していたようで――


「……げっ」


 何と何の合金だったかは忘れたが、少なくともそこらのモンスターの攻撃ならば防げる金属の盾がぼろぼろと崩れたのだ。

 石のような質感になって。


「主、大丈夫か?」


 ソレイユが心配げに後ろから声をかけてくる。


「ああ、問題ないよ」


 手をふりふりして返答し、もう使い物にならない盾をその場にポイと捨てる。


 『なんとなく嫌』な感じ、信じて良かったな。

 ウェンディあたりがここにいたら流石の直感力です、なんて言われそうだ。


 まあ、素手で受けていたとしても魔力を集中させていれば石化は防げていそうだが。


 しかし、石化させるブレスに常人ならば掠っただけでもアウトな岩飛ばし攻撃か。

 普通に考えて、理不尽なまでに強いな。


 3層だぞ。

 言ってしまえばダンジョンとしては序盤だ。

 安定して異世界へ繋がる最下層まで行こうと思ったら、それこそ精霊たちレベルの戦力が必要になるのではないだろうか。


 単独でダンジョンを踏破して俺たちのいる世界へ来たことのあるルルでも、このレベルのダンジョンは相当厳しいだろう。

 この世界であまりダンジョンが重要視されていなさそうな理由がよくわかる。


 そもそも難易度が高すぎるのだ。

 まったく、ここのダンジョンを作ったヤツは何を考えているのだか。


 ふと、以前柳枝さんが言っていたことを思い出す。

 ダンジョンから感じる恣意性、か。


 ある程度ダンジョンが攻略された段階で開放された真意層。

 そして真意層でドロップするモンスターの素材やスキルブック。


 そう考えると、俺たちの世界のダンジョンとこの世界のダンジョンとでは様相がかなり違うように感じるな。

 攻略させる気を感じない。

 強すぎるモンスターに、フロアボス。

 人間をダンジョンから遠ざけている……?


 なんのために? いや、考えたところで仕方ないか。

 そもそも通常(?)のダンジョンの目的もわからないのだから、この世界のダンジョンのことだってわかるわけがない。


 ――と。

 ガーゴイルが再び雄叫びを上げ、今度はその巨体でこちらに突進してきた。

 飛び道具が効かないのならインファイトということなのだろう。


 確実に数百トンはありそうな巨体ではあるが……


「ふ……んっ!!」


 クチバシを左手で受け止め右手で思い切り顔面を殴りつける。

 バガァンッ!! と重々しい破砕音と共にガーゴイルは仰け反り――そのまま今度は前脚で俺を蹴り飛ばそうとしてきたので、躱して胴体に思い切り蹴りを入れたところでようやく仕留めることができた。


 キラキラと無数の光になって霧散するガーゴイル。

 ……ソレイユに良いところを見せたいのもあってクチバシを止めて殴った時点で仕留めるつもりだったんだけどな。

 結構全力で殴ったぞ。

 まさか耐えられて反撃されるとは。


 こりゃ気を引き締める必要がありそうだな。



2.



 気を引き締める、とは言え。

 普通よりは遥かに強いが、俺とソレイユが本格的に苦戦するようなレベルではない。

 その後も4層、5層とさくさく突破していく。


 ソレイユは未だにフロアボス以外には素手だし、俺も特に大規模な魔法を使ったり、アスカロンから貰った剣という強力な武器を使うこともない。

 

 しかし時間的にぼちぼちということもあり、5層のフロアボスを倒した時点で俺たちは引き返した。

 スノウに俺を逆転移召喚してもらい、今度は俺がソレイユを転移召喚するという手順で帰り道は一瞬だ。


 物質召喚で転移石を置いてきてあるので明日からは行きも早い。


「で、そっちは何か収穫あったか?」

「無いとも言えるし有るとも言えるわね」


 俺たちが帰還するよりも早く宿に戻っていたスノウはソファでくつろぎながら答えた。

 どこで手に入れたのか、柔らかそうなクッションを枕にしていて寝転がっている。

 良いなあ、俺もほしい。


 知佳は一人掛けのソファで本を読んでいる。

 まさかもうこの世界の文字を本が読めるレベルで習得しているのだろうか。

 ……そのまさかなんだろうな。

 つくづく規格外の頭脳に驚かされる。


 ルルは……風呂だな。

 風呂場からシャワーの音が聞こえる。


「……無いとも有るともって、結局どっちなんだ?」

「元の世界に戻る方法は見つからなかったけど、興味深い話はあったってことよ」

「興味深い話?」

「この世界には、世界を裏から牛耳る奴がいるって話」

「えっと……陰謀論的な?」

「まだなんとも言えないけど、陰謀論っぽくはあるわね。ただし、その内容が内容なのよ」


 世界を裏から支配している存在がいる、なんてのは俺たちの世界にもある有名な陰謀論だ。

 それが本当かどうかは知らないが……

 しかし知佳と一緒に市街へ調べに出ていたスノウがわざわざ言うのだから、また俺たちの世界にあるような話とは違うのだろう。



「内容ってのは?」

「この世界はあと12年で滅びるそうよ」

「……ノストラダムスの予言みたいだな」

「信憑性はそんなもんね。信じてる人よりは眉唾だと思ってる人の方が多いわ。問題はそこじゃないのよ。世界が滅びる理由の方」

「……まさかセイランたちが来てるのか?」

「いいえ……とも言いきれないけど。少なくともルルたちの世界とは違うみたいね。この世界から魔力がなくなるらしいわ、あと12年で」

「魔力が……?」


 今、俺の中に2つ相反する感想が生まれた。

 それだけで滅びるのか? というものと、確かにそれは滅びるわ、という感想。

 前者は自分の世界を知っているから。

 魔力そのものがなくとも、俺たちの世界は存続することはできるだろう、恐らく。

 しかしこの世界やルルたちがいた世界では、魔力がなくなることは大きな痛手だ。


「ていうかそもそも、魔力って世界からなくなるもんなのか? こう……なんか魔素とかになって循環していくものだと勝手に想像してたんだけど」

「その認識であってるわよ。そりゃあんたみたいなイレギュラーが現れたりして全体的には増えたり減ったりしても、基本的にはその総量は変わらない……っていうのが通説ね」

「じゃあなくなるなんてことはないんじゃないか?」

「普通はそうね。でも……」


 スノウがちらりと知佳の方を見る。

 と、本を読んでいた知佳はこちらを見上げた。


「この世界全体の魔力が減ってきてるのは間違いないって研究結果が出てる。ここ2、30年くらいで」

「それ、小説とかじゃなくて学術書だったの……?」


 この世界の言語どころか俺は日本語で書かれていてもそんなの読んでいられないのに。

 

「このままの減少量だとあと12年でこの世界の魔力はなくなるらしいわ。まあさっきも言ったけど長期的に見て魔力が増えたり減ったりすることはあるって主張する学者もいたり、そもそも日常生活を送っていく上でまだ弊害が出てないってこともあってみんなそんな騒いでないみたいね」

「ふーん……たしかに興味深い話ではあるけど、とりあえず俺たちに直接関係する話ではないな」


 12年もこの世界にいるつもりはないし。

 ダンジョンは高難易度とは言え、攻略できないほどでもない。


「当面の間はね。でもあんたが莫大な魔力を持っていることが周囲にバレたら……」

「……もしかして世界に魔力を満たすための装置みたいに扱われたり?」

「そこまでされるかはわからないけど、まあ面倒なことになるのは間違いないわね。いくらあんたの魔力とは言え、世界中の魔力を正常に戻すためには数年なんて単位じゃ足りないでしょうし」

「困るなんてもんじゃないな……」


 ごくりと生唾を飲み込む。

 どんなことをされるかもわからないし。


「案外、この世界で大量の嫁を娶らされて種馬みたいにされるかもしれないニャ。魔力はある程度子どもにも受け継がれるしニャ」


 バスタオルを肩からかけて下着もつけずに濡れたまま風呂から出てきたルルが急に口を挟んできた。

 健康的な褐色の肌と形に良いおっぱいが目に毒……というか少しは恥じらいを持ってほしい。

 そっちの方が健康的なエロスというものを感じることができると思うのだ。


「確かに、主の魔力量を受け継ぐ子どもが大勢いれば魔力が枯渇する問題は解決しそうだな」


 黙って話を聞いていたソレイユが何気なく言う。

 それと同時に、スノウと知佳から殺気を感じた。

 デレデレしてんじゃねーよという無言の圧を感じる。

 で、デレデレしてないです。

 流石に無差別に子どもを増やすなんて行為に魅力は感じない。


 ビバ、愛あるセックス。


「ま、まあつまるところ慎重に行動しましょうってことだな」


 後で知佳とスノウのご機嫌を取っておかなければならない。

 そして余計なことを言い出した猫にはお仕置きをしよう。

 性的な意味で。

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