第419話:お転婆

 平原ダンジョン、3層目。

 案の定2層目にもいたフロアボスは何事もなくソレイユが倒している。

 出てくるモンスターの強さはもはや気のせいという言葉では誤魔化しが効かないほどのものになっている。

 もちろん俺やソレイユにとっては大したことはないが、仮に親父や柳枝さんがこのダンジョンに来ていればここいらで引き返す判断をするだろう。

 というか、フロアボスがいる時点で引き返すか。

 最低でも親父と共に旅をしていたドワーフ、ガルゴさんや今は別行動をしているルルくらいの使い手でないとこのダンジョンの攻略は厳しいだろう。

 そう考えると当時の親父パーティはかなりの戦力だったんだな。

 一国を救った英雄として扱われていたのも納得だ。

 

 スノウたち並の魔法力、スノウたち以上の知識を持つシエルに、最上位クラスの近接戦闘能力を持つガルゴさん。ルルは一時同行しただけと言っていたが、そりゃそのパーティについていく親父も強くなるわけである。


 それはともかく。

 現状はと言えば、ダンジョンの攻略をしながらソレイユからの質問攻めにあっていた。

 

「主の好きな食べ物はなんだ?」

「特に好き嫌いなく大抵なんでも食うけど……強いて言うならオムライスかなあ」


 オムライスって言って通じるのかなと思ったがどうやら特に違和感なく通じているようだ。

 まあ普通に日本語喋ってるけど通じてる時点でそういうものと思って処理するのが一番か。


「好きな飲み物は?」

「よく飲むのはお茶だけど、コーヒーとかエナドリはわけあって常備してる」


 そのわけはソレイユにはまだ言えないが。

 カフェインは大事なのである。

 色々な意味で。

 流石にエナドリはわからなかったようで、ソレイユが「えなどり?」と首を傾げている。


「栄養ドリンクみたいなもんだな。厳密には違うけど」

「ふむ、なるほど。では趣味はなんだ?」

「うーん……よくいえば多趣味で悪く言えば特にないって感じなんだよな。映画見たりアニメ見たり、読書したりもするし……体動かすのも結構好きだな。筋トレとランニングは日課になってる」

「それだけの魔力がありながら肉体の鍛錬も欠かさないのは素晴らしいな」

「まあ、それで少しでも強くなれるならな」


 健康のためでもあるし。

 とは言え滅多に体調を崩したりはしないし、エリクシードなんかもあるので健康面に気を遣う必要があるかは微妙なところだが。いや、頼りっきりは良くないよな、うん。

 ちびっ子研究ジャンキーの天鳥あまどりさんなんかは睡眠不足をエリクシードで補っている……それこそ超強化版のエナドリみたいに使っている節はあるが。


 で、他にもあれこれ質問されているうちにどうやら何かへ合点が行ったかのように、ソレイユが「ふむ」と頷いた。


「なんというか、主は普通なのだな」

「……まあ、そんな変な人間ではないと思ってるよ」


 そういえばスノウにも初対面で普通って言われたな。

 多分今聞いても「あんたは普通ね」とか言われる。

 あの時はちょっとショックを受けたが、俺の周りにいる奇人変人を見るとさもありなん。

 

「いや、悪い意味ではないんだ!」


 慌てたようにソレイユがぶんぶんと首と手を横に振る。


「主の魔力量は私も見たことがない程……時代や場所によっては神とすら崇められるようなものだ。それなのに、聞いている限り主は『普通の人間』としか思えない」

「実際、魔力が多いこと以外は大体普通だからなあ」


 金銭感覚だったりは狂ってきているのを感じないでもないが。

 そのあたりは仕方ないと思う。

 なんなら経理なんかは綾乃に丸投げしている分、まだ浮世離れしていない方だろう。


「私の経験上、飛び抜けた強者はどこか傲りを持つ事が多い。それこそ……気を悪くしないでほしいのだが、主のように生まれ持っての強さがあるものは特に」

「まあ、なんとなくわかるよ」


 俺の強さの大部分は魔力の大きさだ。

 もちろんモンスターや魔物との戦闘、経験でも増えはするが生まれの要素が大部分を占める。

 

「もちろん主が努力を怠っているとは思っていないぞ?」

「わかってるよ」


 俺は苦笑いする。

 とは言え、ウェンディたちや……それこそソレイユのように長年の鍛錬を積んできたわけではないのだ。

 俺が強くなるためにしてきた努力なんて、ここ1年ほどのものがほとんどである。

 

「良い仲間に恵まれているのだな、主は」

「そうだな。これからはソレイユもその中に含まれる」

「私はあまり大勢と関わってこなかったので少し心配ではあるが……」

「そうなのか? 騎士なんだから騎士団とかあったんじゃないの?」


 騎士団。

 かっこいい響きである。


「私は完全に姫様の傍付きだったからな。あまりぞろぞろと周りを取り巻くのも良くないだろう」

「そういうもんか。姫様ってどんな人だったんだ?」

「……言っておくが、私が生きていたのは遥か過去の話であって今は姫様は生きてはいないからな?」


 ジト目でこちらを見るソレイユ。

 お前あんなに侍らせておいて姫様まで狙う気か? と言外に問われている。


「べ、別に狙ってないって」

「冗談だ」

 

 くすりとソレイユが笑う。

 打ち解けてきたようで、こういう自然な笑みも増えてきたな。

 カワイイ。


「というか、生きていたのが過去のことってわかるのか?」

「なんとなく、感覚の話ではあるがな。言葉では説明が難しいのだが……」

「なるほど……残念だな」

「二度と会えないというのは確かに残念だが……姫様は私がいなくとも問題はなかっただろう。強い方だったからな」


 懐古しているのか、どこか遠い目をして話すソレイユ。

 

「今でも昨日の出来事のように思えるな。姫様は俗に言うお転婆というやつでな。事あるごとに城を抜け出しては、冒険者のマネごとをしていたのだ」

「へー……それをソレイユが守ってたってわけか」

「守る必要があったかは定かではないがな。姫様は流石に近衛騎士たちには及ばずとも……そこらの冒険者たちよりは遥かに腕が立つのだ」

「……強い方ってのは物理的な話なのか?」

「精神的にも、戦力的にもだな」

 

 思い出し笑いをするかのようにソレイユはくすくすと笑う。


「城下町の近くに生息していた、石喰い灰色熊ストーングリズリーというのがいてな」

「ほう」

「名の通り基本的には石や土を食って、堆肥になる糞をする魔物で人間には害がなかったんだ」

「へー……熊型の魔物でも温厚なやつがいるんだな」

「子育ての時期に縄張りに入るとその限りではないがな。その石喰い灰色熊の中に、500年生きたと言われるヌシがいたんだ」

「500……またスケールの大きい話だな」


 とは言え余裕で1000年以上生きるエルフもいるのだ。

 ありえない話ではないのか。


「普通の石喰い灰色熊は肉を食わないのだが、そいつだけは違ってな。他の魔物や人を襲っていたんだ。それまでは目撃証言しかなかったのだが、ある時とうとう奴の居場所をギルドが掴んだ」

「それで?」

「姫様が奴の討伐に乗り出したのだ。民が困っているというのに動かずして何が王族です、と啖呵を切ってな」

「そりゃまた……」


 俺としては好きなタイプの動機ではあるが、一国の姫がそれで危険を冒すのは推奨はされないだろう。


「石喰い灰色熊は主に食べている石や鉱石の特徴を身体に宿す。強力なやつだと金剛石なんかを主食にしていてとんでもなく硬いのだが、ヌシは恐らく……直前に竜種を食ったのだろうな。ブレスを吐き、翼が生え、強力な鱗と魔法耐性を宿し、膂力や速度も大きく向上している正真正銘の化け物だった」


 それはもはや熊ではない何かなのでは?


「姫様どころか、ついていった……というより無理やり連行された当時の未熟な私でも単独では撃破できなかっただろう」

「……でも倒したんだろ?」

「うむ。本来は私が時間稼ぎをしている間に逃げていただく算段だったのだが、それを拒否した姫様が単独で時間稼ぎをされ、私の大技で仕留めたんだ。守るべき姫様を前に立たせるなど騎士としては言語道断だな。とは言え、今なら言えるがあれはなかなかに愉快な戦闘だった」

「良い思い出なんだな」

「ああ。もちろん帰ったあと信じられないくらい怒られたけどな」

「だ、だろうな……」


 しかし、未熟だったとは言え今これほどの強さを誇るソレイユが倒せないほどの魔物を足止めできる姫様も大概だな。

 しかも近衛騎士はそれよりも強いときた。

 ソレイユのいた世界はかなり戦闘技術の水準が高いのではないだろうか。


「なあ、もしかして今のソレイユより強い人なんかもいたのか?」

「む? どうだろうな。少なくとも、私が死んだ頃には私より強い人間を見たことはなかったが……いや、今はいるか」

「今?」

「もちろん主だ。主ならば一人であたり一面の光を奪うような大魔法も使えるだろうし、もし先制できたとしても私の魔法はその特性上、大きな一撃を放ったあとは魔法が使えなくなる。それを耐えられればどうしようもないのだ」

「なるほど……」


 ソレイユはスノウやウェンディたちよりも更に一芸に特化している精霊だ。

 彼女らは各々の得意な魔法に加え、器用な戦法を取ることができるしその練度も高い。

 対してソレイユは完全に一芸特化型。

 器用な魔法は使えず(自己申告ではあるが)、一発の火力に特化しているタイプ。

 それさえいなせればなんとかなる、と。

 問題はいなすことができるかどうかなのだが。


「それに、主の周りには他にも強者がたくさんいるのだろう? 私もまだまだ精進せねばな」

「まだ魔力は少ないけど、剣術の腕だけならソレイユに優るとも劣らない程の人とかもいるぞ」

「ほう! 剣術だけは誰にも負ける気がしなかったのだが、それほどの達人が! ぜひとも手合わせ願いたいものだな!」

「多分その人も喜んで手合わせしてくれるんじゃないかな……」


 もちろん未菜さんのことだ。

 あの人も大概バトルジャンキーだからな。

 魔力抜きの戦いなら良い勝負をするだろう。正直どちらが勝つかは俺目線じゃ全然わからない。

 現状俺たち側の戦力としては頂点と言って差し支えないのないアスカロンもいるし、ソレイユ的にはかなり良い環境になってくれそうだ。

 いや、俺もそんな悠長なこと言ってないで強くならないとなのだが。


「む」


 ふと、ソレイユが立ち止まった。


「どうした?」

「そこそこ強いのがいるようだ。主、風でのマッピングはどうだ?」

「ええと……階段っぽい地形はもう少し先だけど……徘徊するタイプのフロアボスだったらこのへんで遭遇してもおかしくはなさそうだな」

「なるほど、それでは倒してしまおう」


 そう言って手元に剣を創造するソレイユ。

 基本的に素手で戦っているのだから驚きである。


「俺にやらせてくれないか? 色々話聞いてて、触発されてさ」

「もちろん構わないが、気をつけてくれよ?」

「大丈夫大丈夫、2層目のやつ見た感じ全然苦戦とかはしなさそうだし」

「いや、ダンジョンを崩してしまわないようにだ」

「……俺をなんだと思ってるの?」


 流石にダンジョンを崩すのは無理だよ。

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