第418話:誰が本命?

「主、安息地があるが休んでいくか?」

「戦ってるのはほとんどソレイユだからなあ。俺は全然疲れてないけど……」

「私もこの程度ではまったくだ。では、先へ進もう」


 ソレイユは朗らかな笑顔でそう言い切って、再び歩き始めた。

 平原にあったダンジョンの2層目。

 入ってすぐに思ってはいたのが、他に探索者は全然見ないんだよな。

 リスクにリターンが見合っていないと言ったところだろうか。


 一般開放されている1層はもちろん、3層や4層まで探索者がちらほらいる俺たちの世界のダンジョンとはやはり根本から違うようだ。

 まあ、階段の前にボス級のやつがいればそうもなるか。


 あのボスはの未菜さんやローラなら倒せるとは思うが、ほんの一年前だったら無理だろうというくらいの強さだった。

 強者の基準が高そうなこの世界でも、あのクラスになるとそうそういないだろう。

 

 とは言えそこそこの実力者と言えるくらいの人たちで頭数を揃えれば勝てないというわけでもない。


(スノウ、ちょっといいか?)

(なによ、今度はどうしたの。問題でもあった?)


 ダンジョンの外にいる――この世界の情報収集をしている組のスノウへ念話を飛ばすと、心配そうな声(?)が帰ってきた。

 先ほど階段を守るボス……フロアボスとも呼べるようなやつがいたがその先へ進むという報告をしたばかりなので何かあったのかと思ったのだろう。


(いや、問題はなにもない。けど、この世界で魔石が何に使えるかを探ってほしいんだ。ダンジョンで探索者を全く見かけないから、不思議でさ)

(ダンジョンでモンスターを狩るよりもその辺の魔物を狩って素材売った方が儲かるんじゃない? ま、調べとくわ)

(ああ、頼む)


 まあスノウの言う通りなのだろう。

 俺たちの世界や、シエルたちの世界で魔石が高値で取引されるのは魔石がエネルギー源として利用されているからだ。

 そうでなければ魔石なんてただの綺麗なちょっと光る石ころだからな。

 あるいはスキルブックの『その先』を読み解いて、スキルの強化に使うか。


「考え事か? 主」


 前をとことこ歩くソレイユがくるりと振り返って聞いてくる。

 男前な騎士だと思っていたが、俺の砕けた態度に順応してきたのか段々所作は素っぽくなっているな。

 いやまあ、有り体に言うと可愛らしいのだ。

 ただ振り返って少し首をかしげているだけなのだが。


「ん? いや、探索者を見かけないなって思ってさ」

「む? 確かに……しかしダンジョンの入口周りにあれだけモンスターが溢れていれば近寄りがたくもあるだろう」

「あ、そっか」


 言われてみればそうだ。

 状況的にはモンスターが溢れてくるほど大量発生している巣窟に俺たちがわざわざ入っていってるわけだし。

 まあこの世界に行ったり来たりできるようになったら魔石を安く買うことができたりするかもだし、調べておいて損はないだろう。


 ……ここで魔石を安く買い取って俺たちの世界で売れば簡単に儲かるのでは?

 この世界のギルドあたりから認可を取ってまず探索者から買い取ってもらい、俺たちがギルドから買い取り、それを元の世界で売る。

 

 既に売られている魔石を買ってよその世界で売るのは明らかに転売だし良くないが、魔石に利用価値のない世界から買い取る分には卸売業のようなもの……だと思う。細かいことは綾乃に聞いておこう。

 

「にしても本当にモンスターが多いなあ」

「初心者の鍛錬には丁度良いな」

「確かに場数を踏むって意味じゃこの上ないな」


 ソレイユの考える初心者と一般的な初心者にはおそらく相当の実力差があると思われるが。

 このダンジョンに『初心者』なんて入ろうものならものの数十分で命を落とすだろう。

 連携の取れた二級探索者相当のパーティか、それ以上の実力は必要になる。

 まあ推定スノウたちと同程度の実力者であるソレイユからしたら二級探索者相当のパーティはほぼ初心者みたいなものなのだろう。

 あるいはソレイユの生きていた世界ではそれが本当に初心者くらいなのかもしれない。


 俺たちの世界はまだダンジョンが出てきて10年程度な上に、魔物なんてものはいないのでまともな戦闘経験を持っていない、武器も握ったことがないというラインがいわゆる『初心者』になるからな。

 つまるところ一年くらい前の俺だ。

 いやまあ、今の俺もダンジョンに関して上級者だと言えるかと問われると微妙な気もするけど。

 俺の場合は魔力とスキルに恵まれている部分が大きいので、経験値だけで言えばあんまりだ。正直。


 というかそういう意味だと、俺たちの世界のレベル全体が低いとも言えるだろう。

 全体的な底上げは必要になる。

 魔法の公開もまだしたばかりだし、もう何年かしてどうなるか次第というところではあるが……そもそもダンジョンに対するノウハウも10年分ないわけだしな。

 

 セイランたちは遠からず必ず俺たちの世界にも侵攻を始めるだろう。

 その時に対応できる戦力は多ければ多いほど良い。

 以前あった全世界でWSR上位者がさらわれた時のように、色んな地点で同時に何かを開始する可能性だってある。


 元の世界に戻れたら上位10人……俺と未菜さん、そしてローラを除いた7人にコンタクトを取ろう。

 中国のミンシヤは簡単に連絡できるが、他は柳枝さんか未菜さんを経由しないとちょっとわからないな。

 知佳あたりに調べてもらえばぶっちゃけ連絡先くらいは入手できそうだが、正規のルートを辿った方が良いだろう。

 あ、カナダ……だったかな? オリバーさんの連絡先も知佳との旅行先でばったりあった時に教えてもらったな、そういえば。


 まあそもそも帰らなきゃいけないのだが。

 

「また難しそうなことを考えているな」

「顔に出てたか?」

「うむ、主はわかりやすい」

「そんなか」

「あまり額にしわが寄っていると老けると昔姫様に言われたぞ」

「はは……気をつけるよ」


 性格が顔つきに出るってこういうところも反映されてそうだよな。

 

「なあソレイユ」

「なんだ?」

 

 現れたゴブリンの首をへし折りながらソレイユが返事をしてくる。

 余裕だな。

 まあそれくらいの余裕がなきゃ俺も話しかけはしないが。


「生前? のこと聞いていいか?」

「別に構わない……というか、私も主の話を色々聞きたいと思っていた」

「じゃあそっちから色々聞いてくれていいぞ」

「では遠慮なく。あの三人のうち、誰が本命なのだ?」

「…………」


 知佳、スノウ、ルルのことを指しているのは明白だ。


「いや、手紙の主も女性だったか。というか、スノウは四姉妹だと言っていたし他にも女性はいるようなことも言っていたな」

「誰が本命というか……」


 まあどのみちわかることだし正直に話すべきか。


「多分今思い浮かんでるほぼ全員と関係を持ってる」

「……なんと」


 ソレイユは目を丸くした。

 まあそりゃ驚くよな。


「全員了承済みなのか?」

「そりゃ……もちろん」

「なら別に問題はないか。一夫多妻を採用していた国もあったしな」

「俺たちが住んでるところは一夫多妻じゃないけどな」

「……大丈夫なのか?」

「別に捕まったりはしないけど……まあいつか国を出ることにはなるかもなあ」


 あるいは法律の方に変わってもらうか。

 正直、絶対変えられないわけではないと思っている。

 それだけあの国における『妖精迷宮事務所』、そして『皆城悠真』の影響力は大きい。

 自画自賛みたいになるが、そのどちらも俺単体ではなくそのプロデュースをしている知佳だったり、実質的な経営をしている綾乃、そして実働隊であるスノウたちの評価なのでここに関しては誇るべきところだろう。


「ふむ……私も勉強しておくべきだろうか。いや、そんなに相手がいるのなら私になど目が向かないか?」

「なんてコメントするのが正解なんだそれ」


 実際ソレイユはとんでもない美人なのでそんなことない、というのが本音ではあるのだがそれを言うのもどうかと思うし、かと言って肯定するのも嘘になる。

 

「まあ、その点においては『先輩』がたくさんいるようなので話を聞いておこう」

「お、おう……」


 冗談なのかどうなのかわからないようなニヤリとした笑みを浮かべるソレイユ。

 

「主は得意な魔法はあるのか?」


 と、この話題に関してはとりあえず終わったようで全く違うことを聞かれる。


「得意な魔法か……なんだろうな」


 全体的に得手不得手はあまりないような気もするが……


「強いて言うなら炎か風かな」


 氷と雷は難易度が高い……ように思える。

 というか、イメージの問題なのだろう。

 雷は身近にあるものじゃないし、氷は生まれて初めて見た魔法がスノウの氷だったのもあって、なんとなく触れがたい……というとちょっと語弊があるか。

 なんだろう、特に絵が上手いわけでもないのにモナリザを興味本位で模写しようとしているような感覚になると言うべきか。

 俺の中で一種の神格化がなされている。

 

「どちらもスタンダードな魔法だな。使い勝手も良い」

「だな」


 雷は性質上難しいし、氷は並の運用方法なら防御寄り。

 炎は簡単にイメージができる上に攻撃力に優れているし、風は汎用性が高い。

 それこそあの四姉妹レベルまで行くと俺視点でのこんなカテゴライズは全く意味をなさなくなるが、ちょっと魔法をかじったくらいならこの認識が正解に近いだろう。


「今まで戦った中で一番強かった相手はどんなものがいた?」

「今まで戦った中で……かあ」


 なんというか、ソレイユらしい質問だな。

 本気で戦った……殺し合った相手で一番強かったのは間違いなく魔王だ。

 しかし現在の強さという点で見ればアスカロンになるだろうか。


「魔王を名乗るやつと戦ったことがある。俺一人じゃ絶対勝てなかっただろうな」

「ほう……魔の王で魔王、か。大層な名を騙る者もいるのだな」

「めちゃくちゃ強かったよ。限界ギリギリまで振り絞って、最後は不意打ちで倒したようなもんだ」

「私も手合わせしたかったものだ」


 しみじみと呟くソレイユ。

 もしかしたらあの時点でソレイユもいたらまた違った結末があったかもしれない。


「ソレイユはどうだ? 今まで戦った中で一番強かったやつ」

「<夢喰い>と呼ばれる、そこに存在するだけで周りに精神汚染を垂れ流す山とも見紛う巨大な魔物がいてな。こいつが厄介だった。精神を汚染されたものは悪夢を見るようになるのだが、その悪夢に出てくる魔物を使役するのだ」

「……考えるだけでもたしかに厄介そうだな」


 敵は人の想像力か。

 

「よくそんなの倒せたな」

「なんとか気を惹きつけて、大技で仕留めたのだ」

「す、すごいな……」


 ベヒモスみたいなものだろうか。

 あれは魔法を弾く結界が厄介だった。


「いつかは主にも本気で手合わせ願いたいものだ」

「お、お手柔らかに……」


 正直に言おう。

 勝てる気はまったくしない。

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