第417話:ミミック

 もはや魔法も使わず、物質創造で生み出した剣をぶんぶん振るってモンスターをなぎ倒して行くソレイユを眺めながら俺はあたりの警戒に徹していた。

 俺の索敵能力なんてたかが知れてはいるのだが、今回はソレイユの戦力を見る回でもあるからな。

 ちなみに剣の腕は未菜さんに負けず劣らずと言った感じ。

 いや、未菜さんは日本刀だから単純に比較はできないのだが。

 どのみち達人と呼んでも過言でないレベルだ。

 それであのシンプルかつ強力な魔法を放てるのだから、弱いわけがない。

 未菜さんも飛ぶ斬撃を習得していたが、威力的にはそれの上位互換だからな。剣を使いながらレーザーを体の周りから放ったりもできるみたいなので、基本的な戦闘スタイルに隙はないと見て良いだろう。

 

「主、どうしたのだ? そのようにまじまじと見られると少々やりづらいのだが……」


 俺の視線に気づいたソレイユがくるりと振り向いて少し赤面しながら言う。


「いや、惚れ惚れする剣技だと思ってさ」


 今までは純粋な精霊があの四姉妹しかいなかったので血の繋がり的にもそういうものだと思っていたが、精霊って美形しかなれない縛りとかあるのかね。

 

 膨大な魔力を持ちながら美形でもあるって結構な確率の低さだと思う。

 どういうわけか俺の周りにはほとんど美女だったり美少女だったりイケメンだったりしかいないのだが。

 美人四姉妹だったりエルフ、ダークエルフはともかくとして一般人であるはずの知佳や綾乃、ティナだって間違いなく美少女の類に入るだろう。

 改めて考えると凄まじい運に恵まれているのかもしれない。


「主に褒められるのは素直に嬉しいな。私の取り柄は剣と光魔法くらいだから」

「取り柄って言うんなら可愛いってこともそうだと思うけどな……」

 

 自分が可愛いことを自覚して動いている節があるスノウやフレア、知佳を見ているとよくそう思う。

 なんだかんだ言いつつ、可愛くおねだりとかされると何も抗えないからな。

 

「ふっ、主は冗談も言えるのだな」

「冗談ではないけどな……」


 俺の返事はちょうどやってきたオークみたいなやつを切り裂く音にかき消された。

 しかし、多少モンスターが強いとは言え順調だな。

 このまま行けば早ければ今日中に真意層まで辿り着けるのではないだろうか。


 なんてフラグじみたことを思ったせいか、なんなのか。


「む? 行き止まりか、ついてないな」


 ソレイユがぼやく。

 ……いや。

 ついてない?

 そんなはずはない。


「……俺はちゃんと確かめたぞ、この先に道が繋がってるって」

「うん? どういうことだ?」

「風を送ったんだよ。それである程度の地形はわかるんだ」


 もちろん本家ウェンディほどの精度はないが、行き止まりかどうかくらいならわかる程度にはこの技術を使えるようになっていたはず。


「ふむ、となると……」


 ソレイユが剣を構える。

 するとそこに光が収束して行き、次の瞬間。

 振り抜かれた剣から膨大な光が放たれ、ダンジョンの壁をぶっ壊していた。


 ……いや、ダンジョンの壁をぶち抜くくらいなら俺もできるから今更驚きはしないが、思いついてから実行するまでがノータイムすぎる。

 で、ぶち抜かれた先には俺が先程感知した通りの道が続いていた。

 

「うむ、やはりな」

「やはり……?」

「このダンジョンにはミミックがいるのだろう」

「ミミック!」


 あの宝箱に擬態するミミック!?

 少なくとも日本……いや、俺が聞いた限りではどの国にもミミックは確認されていなかったはずだ。

 それもそのはず、ダンジョンに宝箱があることなんてまずないのだから。

 あるのはスキルブックくらいだし、あれは特定の形をした部屋に鎮座しているだけだ。


「うむ。やつらは壁に擬態して探索者を惑わしたり、床に擬態して落とし穴に落としたりする」

「宝箱に擬態したりは?」

「宝箱? その手のものに擬態するというのは聞いたことはないが……そもそもダンジョンに宝箱があったら変だろう?」

「……ですよね」


 ミミックって擬態とかそんな感じの意味らしいし。

 ゴブリンとかオークとかそういうポピュラーなのは出てくるのにミミックとかいないよなあ、なんて話を知佳としていた時に聞いたので間違いない。


 しかし、いるのか。

 ミミック。


「俺たちの世界じゃいなかったんだけどな、ミミック」

「探索者を疲れさせたあとに本体が出てくるのだ。ミミックがいるという事を見抜けない場合に遭遇した時の致死率は高いと言われているな」

「……つまりミミックに出会った探索者は死んでるってことか?」

「もちろん主のいた世界にはミミック自体が存在していない可能性もある」


 うーむ。

 オークやゴブリン、スライムと言ったポピュラーどころが軒並みいて、なんなら妖怪みたいなやつがいたりゾンビがいたりする多様性を見せる中でミミックだけがいないというのは中々に考えづらい。


 この情報、帰ったら柳枝さんあたりに共有しておいた方が良さそうだ。

 よく考えたらウェンディやシエルあたりとこの話をしていたらもう少し早くミミックの存在を知ることができていた気もするが、まあ気にするだけ無駄か。


「ちなみにミミックってどんな見た目なんだ?」

「どんな見た目と言われても答えづらい。そのダンジョンに出るモンスターとそっくりな事が多いのだ。この層に出るとしたらゴブリンかオーク、精々スライムと言ったところだと思うぞ」

「へー……だとしたらなおさら思わんわな、ミミックがいるかもしれないなんて」

「主も直に見れば気づけるだろう。あるいは先程のように事前に探知していた地形と違ったらいるかもしれない、という程度だ。その点、主は流石だな」

「普段は他の人に任せてるんだけどな」


 俺が探知することなんて本当に滅多にない。

 基本はウェンディあたりがやるし、より細かい正確な探知がしたい時はティナもいるわけで。


「何事も得意な事は得意な者に任せるのが大事なのだ。しかし主は戦闘も得意そうなので、今回の場合は私の立つ瀬がないな」

「いや、別に戦闘は苦手じゃないだけで確実にソレイユのが強いよ」


 剣の腕が未菜さん級で、威力の高い魔法を使える。

 要するにほぼ俺の上位互換だ。

 未菜さんには気配遮断があるが、俺のは召喚サモンなのでそういう戦闘向きな感じではない。

 召喚の使い方も多少向上してトリッキーな戦い方もできなくはないが、まだまだ慣れているわけではないので気づけば肉弾戦か魔力のゴリ押しになってしまう。


「主は自己評価が低いのだな」

「結構妥当だと思うぞ?」


 決して低く見積もっているつもりはない。

 今うちの身内で俺が本気で戦っても勝てないのはスノウたち四姉妹、シエル、アスカロン、そしてソレイユくらいだと思う。

 技量的には未菜さんやローラ、ルル、レイさんにも劣ってはいるが、攻撃を一発耐えて絶対に避けられない規模の魔法でカウンターを入れるだけで勝てるは勝てる。

 

 勝てないだろうと判断している組は、そもそもその一発耐えての部分が無理そう……というか確実に不可能だ。

 ソレイユの全力がどれほどなのかはまだ未知数ではあるが、仮契約の時点でダンジョンボス級の攻撃が繰り出せるのだ。今の全力を俺が耐えられるかどうかなんて考えるまでもない。


 しまいには剣さえ使わずに素手でモンスターを殴り倒し始めたソレイユが、ふととある一点を指さした。


「お、主。あれがミミックだ」

「うん?」


 ソレイユが指さしているのはなんの変哲もないオーク……ではないな。

 確かに言われてみるとほんのちょっと顔が違う。

 なんというか、ちょっと目がつぶらに見える。

 メ◯モンがへんしんしている時の姿ほどではないが、それに近しいものを感じる。

 それに……魔力的に他のオークよりも少し強そうだ。

 なるほど、確かに並の探索者が疲れ果てている時に出てこられたらかなりきついだろうな。


「壁が看破されたので直接様子を見に来たのだろうな。ほら、逃げようとしているぞ」


 そう言いながらそいつを指差す人差し指の先からレーザーがピッと出てきて、メタモ……じゃなくてミミックが撃ち抜かれて一瞬で魔石になってしまった。

 もうそれデスビームじゃん。

 ……と。

 

「おっ」

「どうしたのだ? 主?」

「次層に続く階段だ、多分だけど」

「ではそちらに向かおう」


 風を送って、その風がどういう風に移動していくかでしか判断できないので確実とは言えないのだが。

 ちょっと特殊ではあるが、新宿ダンジョンなんかは店舗の中に地下階があったりするし。

 まあここの場合は周りが草原だし、このダンジョン自体は大岩に生えてる感じだしでそういったイレギュラーはなさそうだ。


 しかしソレイユ、戦っている時の方が全体的に気分が良さそうだ。

 バーサーカーだ脳筋だと言っていたが、騎士っぽい事をしている時が彼女の真骨頂なのかもしれない。

 とは言っても生前(?)のように死ぬまで戦うとかはやめてほしいが……


「おお、本当に階段がある。流石は主だな」

「これでなかったら赤っ恥だったけどな」


 ふと。

 なんとなく、嫌な予感がした。

 同じものをソレイユも感じたようで、すぐさま手元に剣を作り出している。

 

 そういえば光を集めて放つくらいしかできないとは言っていたが、物質創造はできるんだな。

 まあ簡単な剣を作り出すくらいならそう難しいことでもない……のかな?

 

 あるいは戦闘のために必要な技術の一環として覚えたのだろうか。

 いや、それはともかくとして。

 

 感じた嫌な予感というのはどうやら的外れではなかったようで、壁と床がゴゴゴゴゴ……と音を立てて動き始めた。

 後退しようにも既に塞がれているし、見えた階段への道も既に壁によって塞がれている。

 どうやら俺たちは閉じ込められてしまったらしい。

 

 とは言え、今の俺たちにとってダンジョンの壁をぶち破ることはそう難しいことではないので困ったという程のことでもないのだが――

 問題はそこじゃない。

 俺たちの眼の前に、大きなゴーレムのようなモンスターが現れたのだ。

 地面から這い出るようにして立ち上がったそいつはじろりと単眼でこちらを睨みつける。

 

 スノウと初めて出会った時に遭遇したダンジョンボスと状況は似てはいるが見た目はこちらの方が厳ついな。あとでかい。

 そして、感じる魔力も圧倒的に大きい。

 

「……真意層でもないのに番人ガーディアンがいるのか……?」

「主、こいつは私がやっても良いのか?」

「え? あ、ああ」


 俺が不思議がっている間にも、ソレイユは既に戦闘の準備を始めていた――というか終えていた。

 作り出した剣に集まった光と、それに混ぜられた魔力は俺との決闘の時とは比べ物にならない。

 次の瞬間には、ゴーレムの上半身はまるで蒸発したかのように消え去り、残った下半身もやがて霧散して魔石となった。


 残った魔石のサイズ感は……真意層の番人ガーディアン相当……それも相当深いところのやつと同じくらいだ。

 道中のモンスターもなかなかに強かったが、こいつは桁が違う……違いすぎる。

 

 先ほどまで塞がっていた道はいつの間にか開いており、次の層への階段が現れていた。


「主、どうする? 先へ進むか?」

「……ああ、進もう」


 ソレイユが落ちた魔石を拾いあげながら聞いてくる。


 もしこの先もこのレベルのモンスターが現れるのなら、戦闘力的にルルはともかく知佳を連れてくることはできない。

 普段ならばここで引き返してもう少し戦力を充実させるところではあるが、今回の場合はどうしても2班に別れて行動する以上、どちらともに精霊級の戦力は置いておきたい。

 何かがあった時、すぐに退避できるようにスノウには念話を飛ばしておこう。

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