13thフロア エレベーター

Jack Torrance

第1話 13thフロア エレベーター

99年4月3日。ロッキー コールマンは、その日に亡くなった父親のレミーの防腐処理と棺を手配すべく18階建ての商業ビルを訪れていた。レミーは、レヴェル4の肺癌で解った時には余命2ヶ月を宣告されていた。最期は安らかな死だった。病院の敷地内にあった沈丁花の赤紫色の花びらが色付き見頃を迎え甘い香りを漂わせていた。ロッキーには、レミー以外の身寄りといえばレミーの妹で叔母であるトリシアが遠方に住んでいた。母親のナンシーは既に7年前に天に旅立っていて母方の身寄りは既に他界していた。兄弟姉妹のいないロッキーは叔母も旅立てば天涯孤独という身だった。父親の遺体を安置所に残し叔母が来るまでの腐敗を遅らせる為の保存処理を依頼すべくこの商業ビルを訪れた。レミーが最期を迎えた病院も骨董品のような古びた病院でその病院の安置所の待合室の壁に貼られていた広告でこのビルの葬儀社を知ったという訳だった。病院からも近く広告の料金も手頃だった。18階建ての大型商業ビルという事もあってエレベーターも13基も備え付けられていた。右端の13番エレベーターに乗り込んだ。エレベーターガールの女性がロッキーに尋ねた。「何階に参られますか?」「13階で頼む」ロッキー以外には同乗者はいなかった。エレベーターガールの女はキャラメルソースのような栗色のストレートヘアを腰まで伸ばしヘアバンドで結っていた。『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン リーのような女だった。胸元の名札には、シルヴィア ワトソンと記されてあった。10、11、12とランプが点灯していき13階に着いた。扉が開きエレベーターガールの女が言った。「どうぞ、ごゆっくり」ロッキーはエレベーターを降りて唖然とした。人っ子一人いない。フロアの全ての店舗が貸しテナントになっていた。ロッキーは狐に抓まれたような気分になりフロアを見て回った。あった。ヘヴンズ ドア フューネラルと看板を出している葬儀社が。ロッキーは扉を引いて中に入った。改装されたばかりのようで事務所の中は奇麗だった。「いらっしゃいませ」黒のスーツを着た170cmくらいの角刈りにした何処にでもいそうな50くらいの男が出て来た。肌の色は透き通るような白さだった。「フロアに降りたら店舗が全て貸しテナントだったんで驚いたよ。一体、どうゆう事なんだい?」「このフロアを全て改修工事したんですよ。それで、今はこのような有様という事でして」「へえ、そおゆう事なのかい」「ところで、お客様。今日は、どのようなご用件で?申し遅れました。私は当社の代表をしておりますギルビー コルソンと申します」コルソンは名刺入れから名刺を一枚抜き取りロッキーに手渡した。「実は今日、そこのチェルシー病院で親父を亡くしちまってね。叔母が遠方に住んでいるから遺体の保存処理と棺を頼みたくてね」ロッキーは気丈に振る舞いながら言った。「さようでしたか。それはお悔やみ申し上げます。お力落としなされないように。お伺いしたところ、エンバーミングと棺の手配という事でございますね。お任せ下さい。私どもが責任持って貴方方ご家族が安心して天国の扉に辿り着けますようにご奉仕させていただきます。お父様の身長と体重をお伺い出来ますか」「そうだな、168cm、52kgってところだと思うんだが。俺の見た感じには」「かしこまりました。目方は大体でよろしいですよ」「棺のランクは意かがなさいましょう?」「「そうだな。あまり金に余裕が無いんだ。親父には悪いが一番安いので頼むよ」そうですね。お話をお伺いしたところ私が見積もった額は3000ドルといったところです。リニューアルオープンで1割お値引きして2700ドルで結構でございます。どうなされますか?」ロッキーは病院で見た広告よりも見積もりが安かったので即決した。「じゃあ、その見積もりで頼むよ」「かしこまりました。すぐに見積書を作成しますので暫しお待ちくださいませ。お名前をお伺いしてもよろしいですか」「ロッキー コールマンだ」3分後に手書きの見積書を入れた封筒を持って来た。「お待たせしました。明朝11時くらいにこちらの事務所まで納金していただいたら仕事に取り掛からせていただきたいと思います。それでよろしいでしょうか?」「ああ、それで構わないよ。では、明朝に納金に来るのでそれでお願いするよ」「明日のお越しをお待ちしております、コールマン様」ロッキーは名刺と見積書を貰いエレベーターに向かった。さっきと同じエレベーターに乗った。さっきのエレベーターガールの女が乗っていた。「何階に参られますか?」「1階で頼むよ」3、2、1とランプが点灯し1階に着いた。扉が開きフロアに降りた。振り返るとエレベーターガールの女が「またのお越しをお待ちしております」と頭を下げて扉が閉まった。ロッキーは病院に戻り職員にこれこれこういう事でと事情を説明してレミーの遺体を病院に残して銀行に寄ってアパートに戻った。翌朝、ロッキーは身支度を整え商業ビルの葬儀社に向かった。ビルに入り昨日とは別の6番エレベーターに乗り込んだ。エレベーターガールの女は葡萄茶色のショートカットヘアで頬にはそばかすが密集しておりどことなく深海魚を思わせる女だった。「何階に参られますか?」「13階を頼む」エレベーターガールの女が申し訳なさそうに言った。「お客様、申し訳ございません。当ビルには13階は存在しません。12階の次は14階と当ビルでは呼ぶようになっております」「えっ、昨日も俺はこのビルに来て13番エレベーターで13階に行ったんだよ。昨日のエレベーターガールの子はそんな事言ってなかったよ。おかしな話だと思わないかい?」「去年、あのような事故がありましたので…」深海魚に見えるエレベーターガールの女は言葉を濁しながら言った。「どうなされますか?12階にしますか?14階にしますか?」ロッキーは理不尽そうに言った。「両方頼む」まず12階に着いた。フロアをエレベーターの中から見渡すと貸しテナントは無く人が溢れ盛況を見せていた。ロッキーがエレベーターガールの女に言った。「ここじゃないみたいだ。14階を頼む」「かしこまりました」14階に着いた。エレベーターから見た光景は昨日と同じ人っ子一人いない貸しテナントばかりのフロアだった。「ここだ。昨日来た場所は。どうやら、俺の勘違いだったのかもしれないな」深海魚みたいなエレベーターガールの女が言った。「良かったです。では、どうぞ、ごゆっくり」エレベーターが閉まりロッキーはヘヴンズ ドア フューネラルに向かった。扉を引いて中に入ると昨日のコルソンを若くした瓜二つの丸刈りの30くらいの男が出て来た。「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件で?」「昨日来たコールマンだが。親父のエンバーミングと棺の納金に来たんだが」男はきょとんとした顔になり目が点になったような感じだった。「申し訳ありません。お話の意図が理解出来ないのですが…」ロッキーはまたしても先程のエレベーター動揺に理不尽そうに言った。「ギルビー コルソンさんって君は知っているかい?昨日、応対してくれた人なんだけど。俺が見たところ君の顔にそっくりなんだけど。君は息子さんか親族なんじゃないのかい?」「はい、確かにギルビー コルソンは私の父です。しかし、昨日見たと言うのはおかしな話です。父は去年亡くなりましたので…それに、この葬儀社は今日リニューアルオープンしたばかりなんです」ロッキーは血の気が引いた。「おい、君、それじゃ昨日見たギルビー コルソンってのは誰なんだ?ここに、君の父さんの名刺と彼が書いた見積書があるんだよ。見てくれ」ロッキーが名刺と見積書を見せた。それを丁寧に改めていくうちにコルソンの息子の顔も瞬く間に青ざめていった。「コ、コールマンさんと仰いましたね。確かにこれは父の名刺です。この見積書の筆跡も父のものです。し、しかし、日付をご覧下さい。98年4月3日の金曜となっています。昨日からちょうど1年前の日付です。この日はこの葬儀社がガス爆発して父が亡くなった日なんです。この見積もりの料金もリニューアルオープンで1割引のプランと記されていますが、その件をそのまま採用しましてもこの料金設定は去年のもので、今は原材料費が高騰してこれよりも400ドルほど高くなります。そのようなガス爆発の経緯もありまして、このフロアは改修工事した訳なのです。先週からテナントを募集し始め現在貸しテナントばかりなのです。それに去年のガス爆発で13と言う数字が不吉な数字だからと、このビルのオーナーの発言でこのフロアは14階になったという訳なんです。この見積もり書の所在地はこのビルの13階になっています」コルソンの息子も同様しながら言った。ロッキーの脳内を何か奇妙な物体が駆け巡る。一体どうなっているんだ?昔のサイケデリックバンドに13th フロア エレベーターズと言うバンドがいたな。バンド名の由来がアルファベットの13番目の文字がMでマリファナを示唆しているって記事を読んだ事があったな。これは、マリファナによる幻覚か?そもそも、俺はマリファナを吸ったのか?それとも俺の頭がおかしくなったのか?「俺は昨日、13番エレベーターに乗ってここに来たんだ。栗色の髪を腰まで伸ばしたヴィヴィアン リーに似たエレベーターガールが乗っていたんだ。エレベーターガールの女性の名前は確かシルヴィア ワトソンって言う名前だった」コルソンの息子が口を大きく開けて驚愕した。「シ、シルヴィア ワトソンさんて仰いましたか。じ、実は、その方も去年んの4月3日にお父様がお亡くなりになられて、うちの葬儀社に来られていたのですが、運悪くガス爆発で父と一緒に亡くなられたんです」ロッキーは背中に脂汗が流れ悪寒が走った。コルソンの息子が続け様に言った。「それに、このビルでは13と言う数字は全て排除されましたので、その乗られたエレベーターも14番エレベーターだと思われます」この身の毛がよだつような怪奇話にロッキーもコルソンの息子も茫然自失となり、今ではレミーのエンバーミングと棺も頭から消え去っていた。両者言葉を失いコルソンの息子と無言で別れてエレベーターに向かった。コルソンの息子が言っていた通り14番エレベーターだった。昨日は確かに13番エレベーターだったのに。ボタンを押してエレベーターの到着を待っていたら14番エレベーターが来た。扉が開くとエレベーターガールは乗っておらず、他に誰も乗っていなかった。エレベーターに乗り込み1階のボタンを押した。扉が閉まり扉の上の数字を見た。14、12、11とランプが点灯していく。確かに13は無い。すると、突然エレベーターの情報でプツンとワイヤーの切れる音がした。10、9、8、7、6、5、4、凄まじい勢いでランプが点灯して急降下していくエレベーター。パニックになるロッキー。目に付いた緊急停止ボタンを連打した。尚も急降下するエレベーター。3、2、1、ランプは尚も凄まじいスピードで点灯している。このビルは地下3階までだ。B1、B2、ランプが光る。もう駄目だ。激突する。そう思った時だった。奇跡的にエレベーターは地下2階と地下3階の間で停まった。額の汗を手の甲で拭いフッーと溜息をつくロッキー。助かった。安堵の胸を撫で下ろすロッキー。九死に一生を得た。間もなく救助隊の声が聞こえてきた。エレベーターシャフトの上方の扉が開いた。「お怪我はありませんか?」救助隊員の声がした。「ああ、大丈夫だ」ロッキーはエレベーターシャフトから引き上げられ地下2階の扉から救助された。救助隊やビルの関係者が30人ほど集まっていて皆が歓声を上げロッキーや救助隊員に拍手を送った。その中に新聞記者も情報を察知して潜り込んでいた。「済みません。一言コメントをいただきたいのですが」ロッキーは「今日は色々な事があって疲れているんだ。済まないが勘弁してくれ」と言った。救助隊員がロッキーに言った。「大丈夫ですか?カウンセリングとか病院とかには行かないでも?もしよろしければ家までお送りしますよ」「いや、大丈夫だ、俺は、ありがとう。折角だがちょっと外の風に当たりながら帰りたいんだ。今日は色々あってね。気持ちだけ頂いておくよ。本当に今日はありがとう」「その気持ちよく解ります。お気を付けてお帰りください」ロッキーと救助隊員は堅い握手を交わした。ロッキーは正面玄関から4歩5歩と出て向こう通りの方を見た。すると向こう通りの女性歩行者がたまたまロッキーに目が留まり「あ、危ない」と絶叫した。ロッキーは自分の事とも露知らずにその女性歩行者を傍観していた。その瞬間、ロッキーの頭上に縦3m横2mの看板が直撃した。それはビルの14階部分に取り付けられていた看板で重さにして10kgくらいの物だった。ロッキーは即死だった。その看板にはこう記されてあった。《ヘヴンズ どあ ふゅーねらる 私どもが責任持って貴方方ご家族が安心して天国の扉に辿り着けますようにご奉仕させていただきます》骸となった自分の遺体を霊魂となって分離して言わば分身と化したロッキーは天に浮遊していきながら看板の文言を読んではっとした。貴方方ご家族が…貴方方?貴方方…はっ、シルヴィア ワトソンも親父さんが亡くなってヘヴンズ どあ ふゅーねらるを訪れて自身もガス爆発で死んでしまった。俺も親父が死んだ翌日にヘヴンズ どあ ふゅーねらるを訪れて死んだ。4月3日…天国への扉…ギルビー コルソン…これは偶然?それとも必然?ロッキーの遺体は最寄りのチェルシー病院に運ばれ、レミーの隣に安置された。病院がトリシアと連絡を取り病院の計らいでロッキーとレミーのエンバーミングだけは行われた。それから5日後。飛行機嫌いの叔母のトリシアが電車とフェリーを乗り継いでやって来た。遺体安置所で兄と甥の遺体と対面して涙するトリシア。一頻り泣いた後に待合室に出た。待合室でトリシアは煙草に火を点け壁のある一点を凝望していた。潤んだ瞳でぼんやりと見ている壁。《ヘヴンズ どあ ふゅーねらる 私どもが責任持って貴方方ご家族が安心して天国の扉に辿り着けますようにご奉仕させていただきます》トリシアは呟いた。「ここの葬儀社、割安よね」

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