見えない父 見える娘

@myadera

第1話 父娘になりたかった。

「今日は出産予定日なのに…」


 突然のトラブルで急遽残業になってしまった。ようやく出来た娘が今日辺り産まれそうなのに。

同期の小林と二人で残業をしていると、まもなく夜の12時になる時に優寿の携帯に着信が入った。


 携帯に手を取り画面を見ると、義母からの電話であった。


「もしもしっ!」

「優寿くん!もう少しで分娩室に向かうのだけども来れそうかしら?」


 もうすぐ産まれる…しかしまだ仕事は終わりそうに無い…


「…………。」

「優寿。後は俺に任せて愛子ちゃんのとこ行って来い。」

「本当にすまん!ありがとう小林!」

 小林が仕事を引き受けてくれる様なので、申し訳ながらも小林との友情に感謝し、病院に向かう事にした。


「優寿くん?」

「いっ、急いで行きます!」

「わかった。気をつけてね。」


 電話を切り、急いで病院に向かう準備をする。


「優寿!今度焼肉奢れよ!」

「ありがとう!食べ放題ね!」

「ケチ!」

「これからうちはお金がかかるの!」


 お金はかかる。これは本当だ。とても感謝はしているがこれからお金がかかるので食べ放題なのだ。

服もおもちゃも買わなければいけないし、小林は馬鹿舌だ。

 飲み放題もつけておけばなんとかなるだろう。


 準備と小林とのやりとりを終え、病院へ向かう。

病院までは距離があるのでタクシーを探すことにした。

 

 病院方面に向かっていると対向車線にタクシーを見つけ、手を振りアピールする。

 気づいてくれたタクシーがこちらへUターンしてくる。

 

 

 その時だった。


 

 

 目も眩むような光ととてつもない衝撃。








 どのくらいの時間が経っただろう。目を覚まし周りを見渡した。


「へっ…どこここ…?」


 そこにはたくさんの老人、そして役所の様な受付なのか?さっきまで外にいたはずなのに。

 更に周りを見渡してみた。

それに気づいてしまい。


吐いた。


 血まみれの内臓が出た女。首にロープがついた男。人のような物。


「はぁ…はぁ…。皆…死んでる?」


 なにがなんだかわからなかった。とにかく状況がつかめなかった。とりあえず吐瀉物を拭おう。


 スカッ…スカッ…


 口が拭えない。よく見ると手がない。血まみれだし、高級な焼肉屋で見たような新鮮なホルモンの様なものが出て…


「え…えっ!?まさか俺死んでるの?え?」


 足は残ってたのでホルモンを引きずりながら近くにあった鏡へ向かう。

 優寿はどう見ても生きた人間のものでは無い姿をしていた。


「え?愛子は?娘は?なんで?どうして?」

 どれだけ泣いたかわからない、色々後悔していると急に放送が鳴り響いた。


「立川さん。立川 優寿さーん。4番の窓口へお越しください。」


 呼ばれた。確かに俺の名前だ。散々泣いて少し落ち着く事が出来たかと言うとそんなの無理に決まってはいるがどうにか窓口へ向かった。すごく頑張った。それはもう人生で一番と言えるくらい頑張った。

 …人生終わってたけど。


 そうして窓口に着くとそこにはお地蔵様がいた。いらっしゃった。


「立川優寿さんですね?」

「お地蔵様が喋った!」

「そうですか。貴方には私がお地蔵様に見えますか。」

 

 どう見てもお地蔵様だった。それはもう、たいそう立派な地蔵菩薩でした。

「実は私達は@"-<[0/というのですが、日本語に表せないのでお客様の宗教でしたり死生観などで見た目が変わるようになってます。」


 進んでるなぁ。どういう技術だろう。


「凄いですね。どのような技術で…いやそんなことより私は死んだんですか?」

「はい。飲酒運転の車に轢かれてお亡くなりになってしまいました…」


 わかってはいた。手も無く、ホルモンがびろーんとしてるけど認めたくはなかった。そもそも簡単に受け入れる方がどうかしてると思う。

 認めたくないあまりに思考がおちゃらけてしまう。そう防衛なのだ。心を守っているのだ。身体はぐっちゃぐちゃだが心くらいは守りたいのだ。


 そもそも心とは一体…?いやそんなことどうでもいい!事もない!気になって眠れない夜も語り明かした夜もあったね。

 人は死んだらどうなるのだろう…無か?無なのか?いや死んでんのか?

「あの…大丈夫ですか?」

「こんな状態で大丈夫なわけないじゃないですか!」


 一気に思いが溢れ出す。


「ここは何なんですか?何事ですか?なんで死ななきゃならなかったんですか?これから娘が産まれるんですよ!」

「おっ、落ち着いてください!」

「落ち着けるかハゲ!」


 その瞬間、いままで味わったことのない感覚が。そうかこれは…殺気というものか。人は死を目の前にすると意外と冷静になれるものだな…死んでるけど。とにかく落ち着いた…。

 

「すっ、すみませんお地蔵様ちょっとどころじゃないくらい気が動転してしまいまして。」

「ゴホン…まあいいでしょう。」


 見た目お地蔵様のくせに咳払いとかするんだなコイツ


「とにかく貴方は先程も言いましたが、飲酒運転の事故でお亡くなりになられました。なのでこれから天界に向かう手続きをしていきたいと思います。」


 殺気にあてられようやく落ち着いて話を聴くことができた。やっと自分の死を受け入れることができた。つもりだ。多分。

 

「手続きなんてあるんですか?私は天国とかに行くんですか?」

「それは書類ができ次第上の方で審査がありまして。その後行く所をお伝えします。」


 そう言ってお地蔵様は書類を3枚ほど渡してきた。よく見ると昔親父が亡くなった時に役所で書いたものと似ている。あの世もこんな仕組みなんだな。

 それを本人に書かせようだなんてなんたる鬼畜。そして手が無いのにどう書けというのか。この野郎。


「あのぅ…手…ないっす…」

「すいません。今出しますね。」


 すると手元が光り始め手が元に戻った。ホルモンも戻ってた。何故これを最初からやっておかないのか。他者の亡骸が地獄絵図過ぎて吐いたじゃないか。このハゲが。


「あまりバラバラだったら最初からちょっとは治しますけど、ある程度はそのままじゃないと亡くなった事を受け入れてもらうのに余りにも時間がかかりましてねぇ。」


 確かに。綺麗なままいきなりこんな所に飛ばされて死んだとか言われても納得は出来なかっただろう。来たときに綺麗なままの姿の人は既に死の自覚がある状態なので手続きがスムーズに進むらしい。


「それでここの欄は夢枕の申請になります。遺体が焼かれるまでは夢枕に立つことができます。」


 夢枕だと。家族に思いを伝え…いや。どうなった?妻は娘は?死んでる場合じゃなかった!


「すみません!今日娘が産まれるんでしたけどどうなったかわかります?」

「少々お待ち下さい。…………………もう少しのようですね。」

「もう少しですか!行きたい妻の手握りたい!抱っこしたい!お願いします!行きたい行きたい行きたい生きたいー!行かせてくれなかったら書類書きたくないー!んぁーーー!にゃーーー!」


 妻と娘に会いたい一心で精一杯駄々をこねる。地団駄踏んだり、床を転げ回ったり、次の日すっごい腫れるくらいめっちゃ泣いたり。

次の日?まあよい恥など知らぬ!


「はぁ…少々お待ち下さい。」

「…………。」

「お待たせしました。ただ現世に連れて行くことは出来ませんが、まだ産まれる前なので娘さんの守護霊の申請を出すことが出来ます。」

 

 守護霊?なんでもいいとにかく家族に会いたかった。父娘になりたかった。

「お願いします!やらせて下さい!娘のっ…守護霊を!」

「わかりました。ですが基本的に守護霊というのは何親等も離れてたりと関係が薄い人がなるものです。」

「なんでですか?」

「貴方みたいに関係が強すぎると…まあ悪霊と戦ったりやることは沢山ありますが、そこにいるのに直接何もできない。話せない。基本的に見守っているだけなので、やってる方としては精神的にとても辛い思いをする事になると思います。」


 辛くてもいい。近くで成長を見届けたい。守ってあげたい。悪霊と戦う…?

 幸せな一日になるはずだった。幸せだったのがもっと幸せになるはずだった。…なのに死んでしまった。

 やりたい事、やってあげたい事。正直この世に未練しかない!当たり前だ!


「それでもいい。会えないことが一番辛い。だから本当にお願いします!」

「わかりました。それではここにサインを。」


 書類にサインをすると、お地蔵様は奥に行き何かを持って戻ってきた。


「正式に守護霊になる事が受理されました。なのでこれをお受け取り下さい。」


そう言うとスマートウォッチの様なものを渡された。

「これは?」

「これはですね。守護霊に必要なものです。規約や守護ポイントをためたり、悪霊と戦う武器になったり天界通信が来たりと…」


 急にお地蔵様が動き出した。


「すみません説明不足ですがもうすぐ産まれます!ヘルプで説明を見ることが出来ますのであとは現背でご確認ください!さぁ!行きますよ!」

「え?ちょっ…!」


 突然身体が光だして意識が飛んだ。



 目が覚めるとそこは分娩室だった。


 出産に間に合ったが、生き?地獄の始まりでもあった…


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