第12話 髪が伸びたもんだから

 髪が伸びてきた。髪が目にかかるか、かからないくらいの長さになった。元々癖っ毛なので、ボサボサで、梅雨の時期には毎年爆発している。

 恋人から「バンドマンみたいだね」と言われてしまったので、ここでバンドを始めることにした。

 ギターは触ってないけど、なんとかなるだろうと、俺は駅前の「ギター道場」へ乗り込むことにした。

「たのもーー!!!!!」

 道着を着た白髪の老人が、目をカッと見開いて

「『天才』というやつか……」

 と言って倒れた。

 俺は何もしていないが、とりあえずギターをマスターした。あと普通に練習した。



 次に必要なのは、作曲と歌詞だ。

 以前、俺は「全日本作詞家コンテスト」で優勝した経験があったので、作詞はそんなに困らなかった。

 会えない恋人に捧げる曲。一夏の思い出の曲。自分に頑張れという曲。いつか作詞提供も兼ねて、可愛さを詰め込んだ歌詞も書いておくか。

 ちょっと時間がかかったが、いい感じだ。



 次はバンドメンバーを集める必要があった。

 昔、仲の良かった友達にバンドマン居たよな〜、と思いを巡らし、調べたところ、ちょうどベーシストとしてメジャーデビューしていたので、声をかけた。掛け持ちでもいいと条件付きだが、こちらとしては居てくれるだけでありがたい。

 ドラマーは、スタジオミュージシャンをしているある方に声をかけた。最近はショート動画でバズってるが、バンドに興味があると聞き、ダメ元でお願いしてみた。ベーシストの友達経由でのやりとりだったが、俺が書いた歌詞を送ったところ、かなり好印象を持ってくれたらしい。自分としては、かなりプレッシャーがかかるが、その分頑張ろうと思えた。

 キーボードもあるといいかなと考え、海外の音楽院を卒業した、ピアノ専攻の友人に声をかけたところ、二つ返事で了承してくれた。ポップスはあんまり知らないかもしれないが、それが良い効果をもたらしてくれるかもしれない。



 そんなメンバーで集まって、俺がデモを作った曲を練習しはじめた。本当は、みんなで曲を作ってほしいけど、みんな「お前が作った方がいい」と煽ってくるばかりで、なかなかやってくれないのだ。仕方なく曲を6曲くらいをなんとか形になるようにした。

 売れるためにはデモテープを送る、なんて時代じゃないので、インターネットにあげて、少しずつライブに出るようにした。

 


 ネットにあげた曲はすぐさまバズった。まぁ、元々バズる狙いで作ったので、狙い通りで嬉しかった。これに驕らず、自分のやりたい音楽を作っていこう。



 今、なんだか知らない人たちに囲まれながら、よく分かんないけど、すごい名誉あるらしい賞に、我らがバンドが受賞した。

 評価されることはとても嬉しいが、自分の表現はまだまだ至らぬところばかりで、先人たちの礎に感謝しながら、少しずつ音楽を進めていけたらと思った。

 やっぱりあの時、恋人が、今では妻となっている女性が、私のもじゃもじゃの伸び切った髪を見て、髪を触りながら「バンドマンみたいだね」と言ってくれなかったら、俺は、今頃バンドなんてやっていなかったと思う。

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3121年までの1100年間のランデブーに添えるショートショート短編集 水乃 素直 @shinkulock

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