下
「気は済んだ? はいお皿受け取って、喧嘩は一旦終わりお夜食にしよ」
校舎の下駄箱前にシートを広げ座る三人。琴早は夕食の残りである肉じゃがとポテトサラダを小皿に分け、左右の両名に配る。
しっかりと温もりを残す肉じゃがが食欲をそそる、現代の保温技術は本当に素晴らしい。
『『ムッス~~』』
「ね?」
おでこを真っ赤に膨れさせた花子とメリーは納得いかないと睨みあっていたが、琴早の笑顔に怖いナニカが含まれ始めた事に気付き、慌てて夜食に意識を移した。
『最後倒れたとき、コンマ二秒早く貴女が地面についたわ、つまりあたしの勝利ってことね、モグモグ』
『適当な事ぬかすなってーの、どう見ても先に倒れたのはお前だよ、負け惜しみみっともない、ウマウマ』
「口に詰めながら喋らないの、もうっどうして何時も何時も喧嘩ばっかりするのかなー、今日はとうとう殴り合いになっちゃったし」
紅茶を注ぎながら琴早の小言は続く、怪異が見えるようになってからすっかり上達した茶葉の香りが漂い心を潤す。
「どっちが最強かなんて些細なことだって私は思うけど、メリーも花子もすっごく可愛くてすっごく強い……それじゃあ駄目?」
『『うっ』』
眉を下げた笑顔で首を傾げる琴早に二人は顔を背け、無言で夜食を
『半分は琴早が原因なんだけどなー』
『まったく、自覚が無いのが罪よね』
「?」
二人の呟きも、ほんのり朱色に染まった頬にも、鈍感一直線の琴早は気付かない。
花子とメリーは最強の怪異になりたかった訳ではない、琴早にとっての最強になりたかった。
彼女の隣に座する唯一無二の存在、怪異が見えるようになって気づかぬう内に悪霊に魂を狙われた琴早、その外敵をぶっ飛ばした時、彼女が向けた純真な尊敬の眼差し。
……それが二人の心を射止めた。
人と境界を分けた久遠の時を過ごす彼女たちが初めて体験した衝撃、たった一人の人間にここまで固執するなんてあり得ないのに、それでも思考が埋め尽くされる。
琴早の笑顔をもっと見たい、華奢で柔らかな肢体、細い指先も原石のような瞳もくすぐる声も、彼女の何もかも全て独占したい。
隣にいて私だけを見て欲しい。
(なーんか琴早がメリーに笑いかけるのを見ると、イラつくんだよね喧嘩もそれが原因だし)
(琴早と花子が話しているだけで邪魔したくなっちゃう、何のかしらねーこの感情は?)
この独占欲の正体は何なのか? 人と価値観の異なる彼女たちは完全には理解できない。
『まぁ、今の状態もなんだかんだで』
『楽しいのよね、まったく』
ならば理解できなくていい自分たちは怪異だ。誰にも縛られず塞がれず自由気ままに欲望を満たそう……でもやり過ぎて琴早に嫌われるのは、とても凄く猛烈に嫌なのでほどほどに。
花子はニヤッとメリーはクスリと視線を交わせ、口いっぱいの肉じゃがを元気よく飲み込んだ。
そんな二人の様子に?マークを浮かべた琴早だが、「ま、いいか」と帰って来た穏やかな三人の空気に微笑んだ。
「あっ、さっきの特番スマホでも見れるよ、へー視聴者がメリーと花子に投票してる最中だって」
ピクッ。
どうしてこの娘は爆弾を投げるのだろう?
「えーっと……おお、僅差だけど今三票差でメリーが勝ってるよ」
『なっ⁉』
紅茶を飲もうとしていた花子が心外な一報に目を見開いた。
『フ、フフ、ウフフフフフ』
前髪で顔を隠したメリーから漏れる愉悦の声。
グッバイ平穏、お帰り修羅場。恒久和平とは蛍の灯よりも儚く短い。
『オーホホホホッ! 争う必要も無かったようね世界は分かっているのよ、求められているのは貴女でなく、このあたしだと言うことを!』
『この、図に乗って!』
「……あっ、花子が逆転した」
『えっ!?』
『ククク、アーハハハハッッ! 短い天下残念でしたー! あれぐらいではしゃいで、見っともないつーの!』
『何おう!』
『何さ!』
「え? え?」
勢いよく立ち上がった二人は野良犬のように睨み合い唸り声を上げる、
『やっぱりお前は今ここで敗北のシュレッダーに叩き込む、面に出ろメリー!』
『第二ラウンド開始ね花子! 真なる怪異の頂点をここではっきりさせるわ!』
どしどし、どしどし、二人は罵りながらグラウンドへ歩き出した。こうなったらもう止められない。
「あーケガしないようにね! もう本当に花子とメリーは……ふふ」
そんな二人の背を見つめて琴早は温かく微笑む。
賑やかな二人がくれた賑やかな新しい日常。
頭を打って怪異が自分だけに見えて、不安と恐怖に圧し潰されそうになったあの時に巡り合った有名で噂以上に愛らしい二人。
出会いと共に訪れた奇奇怪怪な毎日が、琴早の心を癒し救ってくれた。
もっと仲良くして欲しいと思うが、これはこれで彼女たちらしいとも言えるかもしれない。自由気まま、雲一つない夜空で輝く星のような二人の怪異。
「二人とも、ありがとう」
願わくばこんな素敵な日常が少しでも長く続きますように。
両手に持ったコップから漂う湯気に吐息を被せ、誰にも聞こえない声音で琴早はそっと祈りを紡いだ。
ちなみに花子とメリーの第二戦は明け方より一時間前。
『メリィィィァアア!!!!』
『花子ぉぉぉャャア!!!!』
拳でお互いの顎を撃ち貫く瞬間まで続いた。
〈了〉
花子さんVSメリーさん、暁の最終決戦!! 山駆ける猫 @yamaneko999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます