琴早の住むこの県では花子とメリーはかなり強い力を持った怪異であるらしく、琴早が生まれる前から激しい縄張り争いをしてきた。


『邪魔、アレは私の獲物だ! 水洗の圧に飲まれろ!!』

『いいえ、全てあたしのお人形よ! 音通の影に刺されなさい!!』 

 脅し脅かし、罵倒し罵倒され、殴り殴られ、どつきどつかれ、雨あられ。


 人間の恐怖は怪異のご馳走だ。

 怪異は人間を驚かし、そこから生まれる恐怖が広まることによってより強い力を得る。頑張れば頑張った分だけ潤った栄養素を獲得できるという訳だ。


 そんな、出来るなら会いたくない顔を見るのも苦痛、鉢合わせた瞬間デストロイなお二人が対面したのはただの偶然。

 トイレ以外でも普通に活動できる花子が、半月の夜に琴早の家に遊びに来たのだ。そして同じ夜に既に遊びに来ていたメリーとダイニングでバッタリ遭遇。


 互いが琴早と知り合いであると聞いていなかった二人は一触即発。

 猛き竜虎の如く、狭い家の中で力の波動を昇らせ、磁場の影響で起きたポルターガイストが家具を飛ばしお皿を滅茶苦茶に割る

 

 その後、ブチ切れた琴早の前で二人は正座で三時間説教された。

『まじ、すんませんでした』

『許してください』


 その場はとりあえず収まったが、それからも花子とメリーは室内や町中、片方が琴早と共にいる時に限ってバッタリと出くわし舌打ちとガンを飛ばしあう日々を送り続けた。


『琴早~、こんなエセぶりっ子なんかほっといてさー私とスイーツ食べ歩きしよ』

『原始人の誘いなんて乗っちゃだめよ、琴早は今からあたしと映画を見に行くの』

『お?』

『あ?』


 幸いにも切れた琴早を恐れ軽い罵り合い程度でいつもは終わり、何だかんだで三人で穏やか? な毎日を過ごしていた。


【緊急特番! 朝まで激論、『トイレの花子さんVSメリーさんの電話』、ホラー界の二大アイドル、最強都市伝説はどっちだあああ!!!!】


……二十一時から始まったこの番組をソファーの両隣に座る二人が目撃するまでは。



――そんなこんなで今に至る。



(あの後、花子もメリーも自分の方が最強だって譲らないで、いつもより口げんかが酷くなって……決着をつけるって学校まで来ちゃった) 

校内に侵入した時は真っ暗で足先も見えなかったが流石は花子とメリー、正体不明な人魂を呼び出し周辺を照らした。


 構えた両者が睨みあうこと二分、沈黙と闘気の螺旋が一層の肌寒さを演出。

「くしゅんっ」

 琴早のくしゃみを合図に二人は大地を蹴った。


『死ねメリー! うおーー!!』

『くたばれ花子! はあーー!!』

 外見年齢相応な雄叫びを上げて距離を縮め両腕を振り上げた。


 ガシィッッ!!!!


 そして間合いがゼロになった瞬間、互いの両手を掴み組み合った!

『うぐぐぅ』

『ぬぬぬぁ』

 鼻先が触れ合いそうな距離で唸り、掴みあった手を押しあう。踏みしめた大地にひびが入り砂粒が弾ける。

 ただ憎き宿敵を大地に叩き伏せようと、ひたすらに全身の筋肉をフル稼働させた。

 

 そんな幼き外見の少女たちの闘いはとても……。

「え、地味」

 見学中の琴早から漏れる素直な感想。花子とメリーはぐいーっと上体を右に逸らした。


「……あのー二人共、ちょっといい?」

 更に左へと逸らして組み合う怪異の傍に琴早は近寄った。

『っ、不用意に近づくな! 戦闘の余波に巻き込まれたいの⁉』

『今すぐ下がりなさい! ケガだけじゃ済まないわよ⁉』

 前にぐいー、後ろにぐいー。

 傍からみると只の微笑ましい組体操の様子にしか見えず、いまいち緊張感が伝わってこない。  


「ご、ごめん、でも気になって……花子って何も無い場所から水を出して操ったりしてたよね?」

『してたけど、アンタも見てたでしょ? 私がプール一杯分の水圧で悪霊を圧し潰した瞬間を、この街にある水は全て私の思いのまま――誰も私の流れを拒むことは出来ない!』

「うんそうですね、それにメリーも確か影の中を移動出来たり、形を変えて武器みたいに使ってたよね?」

『ええ、貴女に付きまとっていた亡霊の群れを縛り上げた活躍、見ていてくれたでしょ? 電話に出た相手を影の世界に引きずり込む――影縫いのメリーとはあたしのことよ!』

「あ、はい。それで二人はそんなに凄い力を持ってるのに、どうして使わないの? 何故に物理?」 


『ああそのこと、簡単よあたしたちが強すぎるから、決着をつけるにはこうするしかないのよ』

『そう、悔しいけど私とメリーの力は拮抗している、能力のぶつかり合いじゃお互いに相殺しあって決め手にならない』

 ふんっ、と説明後に花子が力を込めて押すが、すかさずメリーも対抗して体制を戻す。


『だからこうしてメリーをステゴロでブチ倒すしかない、納得できた?』

「う、うん」

『でしたらあたし達から離れて、これだけの力の衝突、何が起きるか分からないわ』


 二人の声は真剣そのもの、いまいち危険を感じ取れない琴早だがこうまで言われては下がるしかなかった。

 取っ組み合いは続き、何とも言えない珍妙な時間が流れる。


『ふっ、ぬっ、メ、メリーそろそろ限界なんじゃないの? 遠慮しないでとっとと降参すれば?』

『な、んの、よ、余裕でエレガントよ、花子こそあたしの威光に土下座したくて、たまらないんじゃないかしら?』

『誰……がっ!』


 戦局は動きを見せる。花子がメリーのすねを狙い蹴った。

『いっっ⁉』

『ひゃははは!! 勝負あったねえ!!』

 激痛で体勢を崩したメリーをトイレの姉御は悪魔の笑顔で追い詰める。

『舐め……ないで!』

 苦悶の顔でメリーは押し返すではなくあえて体を退く、バランスを崩した花子の手から逃れ回った少女は的確に左腕を捕まえアームロックを決めた。


『ぎっっ!?』

『うふふふふ!! 逃げられないでしょう!!』

 形勢逆転、固められた腕が悲鳴を上げ花子を封じる。

『さあ降参しなさい! あたちの負けでちゅうって、みっともなく命乞いなさい!』

『だ、誰がぁ!』

 ふんっと、花子がメリーの足を踏みつける。足への攻撃多いな、無防備だから狙いやすいのだろうが。


 痛みでロックを緩めた隙に素早く離れる花子、霊長類最強のレスリングポーズを取り、メリーの腹部目掛けて和式タックルを叩き込んだ。 

『『――っっ!!』』

 押し込む花子、踏みとどまるメリー。激闘の中で呼吸を整える二人のアスリートは、じゃなかった、二人の怪異はカッと見開く。


『おおあああ!』

『てやあああ!』

 押し込み続ける花子、その背中を掴み捻り倒そうとするメリー。観戦しながらポップコーンが欲しくなってきた琴早。


『いつもいつも高飛車で見下してっ、その上無駄に強くて目障りな奴! ここはジャパンだ、西洋かぶれはとっとと国外退去して欧州の森にでも引っ込んでろ!』

『見下してるのは貴女でしょ! 破天荒で自己中心的、力もあって本当にもうウンザリ! だいたいあたしは日本産の下町生まれよ!』

「紅茶マグボトルだからまだ冷めないよね? 夕食の残りも急いで詰めて来たけど、あの調子だとお腹すきそうだね」 


三者三葉の切実な想い――夜長の狭間、秋の七草どれもこれも呆れ顔。


 妖気の圧にピシッと割れる地面、体勢を崩した二人は倒れ込み砂埃が僅かに舞う。

『『うぐぐぐぐぐぐ!』』

 それでも二人は止まらない、お互いの頬を引っ張り合い転がり続ける。可愛らしいったらありゃしない。


『負けって、言えぇぇ』

『降参なさいぃぃぃ』

 餅みたいに伸びる弾力性抜群の頬、パチンと指から離れ二人は同時に立ちあがる。


 吐息が掛かりそうな距離、あと一歩で獲物に逃げられた狼の如き目が火花を散らす。

 決着の時迫る。

 

『メリーーーー!!!!』

『花子ーーーー!!!!』

 大きく頭を後ろへ下げ、少女たちは全力全快で振り下ろした。


 ゴッチン☆


「うわあ……痛そう」

 爽快な頭突きが炸裂、花子とメリーはおでこをぶつけ合った体勢で停止。届いた音に琴早は苦笑いするしかなかった。


 重なったおでこから白い湯気が出ている気がする。琴早がそう思考した後、花子とメリーは反対方向へ倒れる。


『『キュウ』』


 意識は完全に現世からログアウト、何度目かのささやかな最終決戦はいつも通りの相打ちで終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る