ウサギのケーキはどこから食べる?

佐倉島こみかん

ウサギのケーキはどこから食べる?

 担当教科の古典はなんと中間テスト初日の1限目だったために、テスト監督中の時間を使って既に大半の採点を終え、ウキウキで帰宅したテスト最終日の金曜日。

「実は、汐里しおりに謝らなければならないことがある……少し時間をもらえないだろうか」

 おかえりの一言もそこそこに、深刻な顔をして同棲中の婚約者からそう切り出されたときの女の心情を45字以内で答えよ。(なお、句読点も1字と数える)

 などと、一瞬わけの分からない心中のナレーションが入ってしまうくらいには心臓に悪かった。

「……え、いいけど、どうしたの?」

 思考停止しそうになるのを堪えて表情筋を無理やり動かし、笑顔を作って答える。

 ちなみに先程の問いの答えは、「婚約破棄を切り出されるのではないかと不安に思うとともに、心当たりがなくて困惑している。」(43字)である。

「いやその……玄関で立ち話もなんだから、部屋に行こう」

「まあ、そうだね」

 ぎこちなく言う彼――啓太けいたに促されて、私もぎこちなく頷いた。

 彼はガタイがいいし、顔も厳ついし、口数が少なくて誤解されがちだけど、女性・子ども・お年寄り・店員さんなど自分より弱い立場の存在にも、礼儀正しく親切だし、真面目で優しい。

 私のことも一人の人間として対等に接し、オタク趣味のことも理解した上で誠実なお付き合いしてくれている信じられないくらい良い人なのだ。

 そんな啓太が、ここまで深刻な様子で謝罪せねばならないと言うのだから、余程のことである。

 先月両家への挨拶も済んで、年度替わりで苗字が変わる方が都合がいいから年度末に籍を入れようと話していた、このタイミングでの、この謝罪である。

 他に好きな人が出来たとか、実は子どもがいたとか、連帯保証人になっていた友人が蒸発して多額の借金を負ったから別れてほしいとか、そういう最悪の事態がぐるぐると頭を駆け巡る。

 4人テーブルのダイニングの机に向かい合って座って、一呼吸置いてから、啓太は口を開いた。

「すまない、俺は……取り返しのつかないことをしてしまった」

 罪悪感で押しつぶされそうな、苦し気な様子で、啓太は私の目を見て言う。

 終わった。これたぶん浮気相手が妊娠したとか、昔の女との間に子どもがいたことが発覚したとかじゃないか?

 真面目な彼が浮気をするとは思っていなかったけど、一夜の過ちなんかがあったのかもしれないし、真面目さゆえに責任をとらねばと思っているんじゃないか?

 などと最悪の想定をして、ある程度、心構えをしてから私も啓太を見遣る。

「ええと、『取り返しのつかないこと』って?」

「その、とてもショックを受けるかもしれないから、どうか、気持ちを強く持って見てほしいんだが……」

 恐る恐る尋ねれば、彼も恐る恐る言いながら、隣の椅子の上に置いていたらしき何かを取り出した。

 これは後者か? 認知を迫る手紙や写真の現物か?

 と、覚悟を決めたその時、目の前に置かれたものは。


「ああああああ! キュア・アラビアータ!」


 チラシの上に載せられた、胴体と腕がぽっきり折れた『アルデンテ! ハピキュア』のキャラクター、キュア・アラビアータの限定版フィギュアとその破片だった。

 5年前、限定商戦をくぐり抜けてゲットした数量限定の精巧なレアものフィギュアの無惨な姿に、私が思わず悲鳴を上げれば、啓太は勢いよく頭を下げた。

「本当に申し訳ない……!」

 テーブルに付かんばかりに深々と頭を下げて、啓太は謝る。

 普段フィギュアは買わないけど、どうしてもこれだけは入手したくて購入したものだから、確かにショックはショックだ。それでも。

「えっ? 『取り返しのつかないこと』って、これのこと?」

 別れ話を覚悟していた身としては、拍子抜けして聞き返してしまった。

「ああ。荷物が当たって落ちたのに気づかず、踏んでしまって、こんなことに……俺の不注意で、大事なものを壊してしまって、本当に申し訳ない」

 彼は大きな身体を縮めて心底申し訳なさそうに言う。

「えっ、踏んじゃったの? 折れたパーツが刺さって怪我してない? 大丈夫?」

 心配になって尋ねれば、彼は目を丸くした。

「ああ、怪我はない……壊してしまったのに、心配してくれるのか」

 驚いたように訊かれて、私は苦笑した。

「いやまあ、壊れたのは本当にショックだけど、それはそれ、これはこれじゃん。折れた破片を踏んだら危ないでしょう。怪我してないならよかった」

 私が言えば、啓太はますます申し訳なさそうな顔になった。

「本当にすまない……なんとか、同じものを入手できないか、探してみる」

 何やら覚悟を決めた顔で言われて、今度は私の方が驚いてしまった。

「えっ、そこまでしなくてもいいよ。それに、見つけて入手するのは難しいんじゃないかな。まあまあ前のものだし、数量限定版だから、あってもかなり高くつくと思うし。とりあえず、自分でくっつけてみるよ。私が器用なの、知ってるでしょう?」

 私が、はまっているジャンルのキャラクターのイメージアクセサリーを作っては二次創作イベントに売る側で参加するタイプのオタクであることは、彼も知っている。

 私が答えれば、目に見えてしゅんとした。

「重ね重ねすまない……」

「事故だもん、気にしないで。形あるものいつかは壊れるんだから。諸行無常ってやつよ。それに、折れ口が綺麗だから、たぶんちゃんとくっつくと思うし」

 さっきまで採点していたテスト範囲の平家物語冒頭を思い出しつつ、折れたフィギュアの断面を合わせてみながら言っても、啓太はまだ申し訳なさそうにしている。

「では、代わりに何かお詫びをさせてくれ。このままだと、こんなに優しい汐里に合わせる顔がない」

「やだ、そんな大袈裟な」

 啓太が大真面目な顔をして言うので、照れて笑ってしまった。

「いや、正直な気持ちだ。俺の姉や妹だったら、心配するどころか散々に俺を罵倒した挙句、直ちに買いなおしに行けと家を叩き出されている」

 遠い目をして彼は言った。

 啓太の家はお父さんを早くに亡くしていて、お母さん・お姉さん・妹さんに囲まれた女所帯で暮らしていたため圧倒的に女性が強かったらしい。

 私の実家は九州の田舎のかなり家父長制の強い地域にあって、兄二人ばかり優遇されて窮屈な思いをしてきたから完全に真逆だった。

 だからそういう話を聞く度に、そんなおうちもあるのかとびっくりしてしまう。

「それは大変な思いをしてたんだね……うーん、そしたら、ケーキを買ってきてよ。駅ビルの地下のお菓子屋さんエリアのやつ」

 最寄り駅がそこそこ大きい駅で、駅ビルの地下にはちょっとお高くていいお菓子屋さんが並んでいるのだ。

 お詫びと言われて、ぱっと思い付いたのがそれだった。

「そんなことでいいのか。分かった、行ってくる」

「えっ、今!?」

 すぐさま立ち上がる啓太に驚いて聞いてしまった。

 駅まで自転車で10分くらいとはいえ、既に18時30分を過ぎている。

「今行けば、まだ閉店までに間に合うだろう。何が食べたい?」

 優しく微笑んで聞いてくるので、少しだけ悩む。

「じゃあ、売り場で一番可愛い苺のケーキを2個買ってきて。一緒に食べようよ」

 私がお願いすれば、啓太は少し戸惑う。

「その、『一番可愛い』というのは、『汐里がそう思いそうなもの』という基準でいいのか?」

 アバウトな指示について尋ねてきた。

「啓太がそう思ったものの方がいいかな。たまには自分で選ばないようなやつを食べるのもいいかなと思って。まあ、どっちでもいいけどね。任せるよ」

「分かった。期待に応えられるよう頑張ろう」

 彼は神妙に頷くと、財布と自転車の鍵を持って玄関に向かった。

「いってきます」

「いってらっしゃい、気を付けてね」

 そんなやり取りをしながら、いそいそと家を出る彼を微笑ましく見送って、私はダイニングに戻った。

 折れたフィギュアを片付けて、夕飯を作りしながら待つとしよう。



 折れたキュア・アラビアータのフィギュアをチラシにの上に置いておくと破片が散らばりそうなので、適当なお菓子の空き箱に入れる。入れながら状況を確認すると、思ったより綺麗にくっつきそうだった。

 彼が細かい破片まで綺麗に集めてくれたおかげである。

 180センチ越えの大きな身体で床に這いつくばって、この小さな破片を丁寧に拾い集めてくれたんだと思うと、いい人だなあ、としみじみ思った。

 父や兄だったら『そんな落ちそうなところに置いておくお前が悪い』と非を認めず、女で末っ子の私に謝りもしなかったことだろう。

 昔から『女だから』と低く見られて、『女らしさ』を強要されて、旧帝大の中でも最難関大に受かるくらい勉強もできたのに『女のくせにそんなに勉強が出来たら嫁の貰い手がなくなる』と言われて、それを褒められることもなく育ってきた。

 そういう家だったから、本当は最難関大にも受かる実力は有ったのに、父から反対されて家から通える公立大を受けるよう言われていた。

 しかしそれでは学力的にあまりにもあんまりだからと、当時の担任のおじいちゃん先生が粘って交渉してくれて、なんとか家から一番近い旧帝大まで最大限の譲歩してもらったのだった。

 そういう抑圧があったので、初めて『アルデンテ! ハピキュア』のキュア・アラビアータを見た時、私は衝撃を受けた。

 『アルデンテ! ハピキュア』とは、私が中学生の頃から続く日曜朝放映の女の子向けアニメ『ハピキュア』シリーズの第8弾である。

 パスタモチーフの設定の魔法少女達が悪と戦う、料理系の話題の多いストーリーだ。

 その中でもちょっと異色なのが、このキュア・アラビアータで、彼女は歴代のハピキュアシリーズの中で唯一、変身後の衣装がスカートではないのだ。

 キュア・アラビアータこと荒島あらしまヒカルは良家のご令嬢で、ずっと『女の子らしく』と言われ続けていて、本当は運動が好きでサッカーをしたいのに親に認められず、お茶やお花、日本舞踊などを習わせられていた。

 主人公のキュア・ポロネーゼに魔法少女ハピキュアの力を見出されて仲間になる回で、

「長い髪も、フリルのワンピースも、お稽古ごとも大っ嫌いだ! ユニフォームを着て、ボールを蹴って、思いっきりフィールドを駆け回りたいのに、なんで、女だからってだけで認めてもらえないんだろう……でも、一番嫌いなのは、これを『仕方ない』と受け入れてる、弱い自分だ……!」 

 と泣きながら心中を語ったこともあり、彼女の衣装にはスカートやワンピースの要素がない。

 赤を基調にしたひざ丈のハーフパンツにショートブーツ、半袖シャツに燕尾のベストと蝶ネクタイという出で立ちで、変身前は長い髪をポニーテールにしているが、変身後はスポーティーなショートカットになる。

 そして仲間になる回の最後で、主人公や既に仲間になっていたキュア・カルボナーラやキュア・ジェノベーゼも一緒になって母親を説得し、女子サッカー部への入部を認めてもらうのだった。

 私は『女だから』と抑圧されていたキュア・アラビアータの気持ちが痛いほど分かって、大学時代に偶然その回を見て号泣してしまったし、こういう女の子にもスポットライトが当てられるいい時代になったと思った。

 監督のインタビュー記事で『自分の意志を貫く“芯のある”女の子を描くことで、少しでも世の中の不平等な状況を変える力になりたいと思い、“アルデンテ”というシリーズ名にしました』という話を読んだこともあって更に好きになり、バイトに入る日を増やしてなんとかこの限定フィギュアを入手したのである。

 入手したキュア・アラビアータのフィギュアを見て、実家に居てはとてもできなかった行動だとしみじみ思い、私もやれば出来るじゃん、と少しだけ自分を肯定できるようになったきっかけでもあった。

 啓太と出会ったのも大学時代で、初めて見た時はガタイもいいし、顔も厳ついし、口数も少ないし、父や兄のようないかにも私の苦手なタイプの人かと思ったら、その正反対の女性を下に見ない人で、そのギャップに惹かれてしまった。

 私自身も『男の人だから』と無意識に偏見を持っていたことを恥じるくらい、本当に、良い人だったのだ。

 それは付き合って同棲してからも変わらず、こうして彼に非があれば素直に謝罪と反省をしてくれるし、家事もきっちり分担してくれるし、私のオタク趣味も理解してくれて、リビングにフィギュアを飾ることにも同意してくれたし、出来すぎた婚約者である。

 まあ今回みたいに、ちょっと言葉が足りなくて混乱することもあるけれども、こうしてちゃんと話を聞けば問題ないので、それくらいは可愛いものだ。

 啓太と関わることで、これまで蓄積してきた『女だから』の呪いが少しずつ解けていった気がする。

 だから、私にとって女の子の殻を破った象徴のキュア・アラビアータのフィギュアが壊れたのはもちろんショックだったけど、それでも、思ったほどのショックではなかったのだ。

 きっと、啓太が呪いを少しずつ解いてくれたおかげなんだと思う。

 などと考えつつ作業していたら、啓太が帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり。ケーキ、どうだった?」

「ああ、最善は尽くした」

 台所にやってきた彼へ気軽に聞いたら、手術後の医師のようなことを真面目な顔で言ってくるので、思わず笑みが零れる。

「ありがとう。じゃあ、冷蔵庫に入れといて。夕飯後に食べよう」

「分かった」

 箱ごと冷蔵庫へ入れるために中身を整頓する啓太を横目に、夕飯を仕上げるのだった。



 簡単にナポリタンと切って並べただけのサラダと作り置きのポトフで夕飯を済ませ、お待ちかねのケーキタイムだ。

「色々種類がありすぎて、『可愛い』が途中からゲシュタルト崩壊してきたから、直観で選んできた。気に入ってもらえるといいんだが……」

 啓太は自信がなさそうに言いながら、冷蔵庫から取り出したケーキの入った箱をダイニングテーブルに置く。

「ふふっ、楽しみ。早く食べよう」

 お皿とフォークをスタンバイしていた私はワクワクしながら、箱からケーキを取り出す啓太の大きな手を見つめた。

「この度は誠に申し訳ございませんでした。どうぞお納めください」

 啓太は大仰に言いながら、粛々とケーキを私の皿に取り分けると頭を下げて差し出す。

「よかろう、おもてを上げい、なんてね。ありがとう」

 皿の上には、注文通り、『一番可愛い苺のケーキ』が鎮座していた。

「うわあ、可愛い! 美味しそう!」

 受け取ったケーキを見て、思わずとても国語科とは思えない小学生のような感想が口からまろび出た。

 淡いピンクの苺クリームでコーティングされたドーム状のケーキで、ダークブラウンのチョコレートでゆるっとした可愛いウサギの顔が描いてある。

 ドームのてっぺんに刺さっているウサギの耳は半分に切った細長めの苺で、これは文句なしにファンシーで可愛い苺のケーキだった。

「良かった、喜んでもらえて」

 テンションが上がってはしゃいでしまう私を見てホッとしたように笑いながら、啓太自身もケーキを皿に移す。

「だって、啓太がこれを買ってきてくれるって、それだけで愛だなと思うよ」

 このファンシーさは私の趣味ではないので、啓太自身がピンクのウサギのケーキを可愛いと思ったのだな、と考えるとそれだけで愛しさに胸が震えた。

 筋骨隆々の大男を可愛いと称するのもなんだけど、これを可愛いと思う啓太が可愛いと素直に思う。

「まあ、お店の人にも、ものすごく微笑ましそうにされたよ」

 この厳つくて大きい成人男性が、ウサギの顔の形をしたケーキを買うなんて、今の日本社会ではだいぶ勇気のいる買い物だろう。

 それをものともせず買ってきたのだから、それを愛と言わずに何と呼ぼうか。

「まあそうなるよねえ。何にせよ、本当にありがとうね。それじゃあ食べようか」

「ああ」

 私がフォークを手に取って言えば、彼も私より二回りは大きい手で華奢なケーキ用のフォークを持った。

 啓太はしばらくケーキのウサギと見つめ合ってフォークをうろうろと彷徨わせ、顔の描かれていない後ろの方にフォークを入れる。

 何も考えずにウサギの脳天からフォークを入れ、左耳の苺ごと口に入れた私とは正反対だ。

 甘くてふわっとした苺クリームの下は、コクのある滑らかなレアチーズケーキになっていて、さらにその中に酸味の効いたクランベリーソースが入っている。生の苺も糖度が高くてケーキと食べても程よい甘酸っぱさだ。

 もっと子供向けの甘い味かと思ったら、見た目ほど甘すぎず、酸味とのバランスが取れていて美味しい。

「うん、美味しい!」

「そうか、よかった」

 美味しさにニコニコして言えば、啓太も嬉しそうに言いながら、ケーキを口に運んだ。

 彼の手に持たれると、ケーキ用のフォークがおままごとの食器のようだ。

 彼のがっしりした下顎が動いて唇の薄い口があんぐり開き、ちまっとしたサイズ感で掬われた可愛いケーキの一部が口の中に消えていく。

 強面をほころばせて、ウサギのケーキをもぐもぐしている様子を見ていると、全世界に『私の婚約者が可愛い!!!!』と叫びたくなる。

「そういえばさ、付き合いたての頃にもこんなことがあったよね」

「こんなこと?」

「啓太が深刻な顔して謝ってくるから何事かと思ったら、そこまで深刻じゃない事象だったこと。『実は甘い物が好き』って教えてくれた時のことだよ」

 私は笑って言った。

 啓太は甘い物が好きなのだが、その見た目から周りに散々似合わないと馬鹿にされ続け、あまり人前で甘い物を食べないようにしていたらしい。

 付き合い始めてしばらくした頃、『幻滅されるかもしれないが、隠しておくのも誠実ではないと思って……』と深刻な顔をして切り出されたことがあって、ハラハラとしていたら、『実は俺、甘い物が好きなんだ』という告白だったのだ。

「いや、あれは俺にとってはかなり勇気のいる告白だったんだぞ。馬鹿にすることなく『私も甘い物が好き! 気が合うね』と汐里が言ってくれた時、どんなに救われたことか」

 しみじみと言いながら、啓太はまたしても顔の描かれていない方にフォークを入れる。

 ウサギの左耳の下を食べ進めてたどり着いた、クランベリーソースがじゅわっと染みた少しビターなココア味のスポンジを食べていた私は、それを飲み込んでから、口を開いた。

「そうだったの? 一緒にスイーツを食べに行けるし良かったなあくらいにしか思ってなかった」

「そういう何でもない態度が嬉しかったんだよ」

 照れたように目を細める彼の表情にきゅんとする。

「そうだったんだ。私も知らないうちに啓太の呪いを解いてたんだね」

 啓太も私と似たように『男らしさ』という呪いを掛けられてきたんだろう。

「呪い?」

「ううん、なんでもない。私、啓太が可愛いケーキの顔を崩すのが勿体なくて後ろ側から食べるところ、好きだよ」

 私が笑って答えれば、啓太はますます照れたようにはにかんだ。

「俺も汐里の、どれだけ可愛かろうとケーキはケーキと言わんばかりに大胆に食べていくところ、嫌いじゃないよ。本当に美味しそうに食べるもんな」

 顔半分がなくなった私のウサギのケーキを見ながら、啓太は微笑ましそうに言った。

 私のこういうところを情緒がない、女らしくないと言わないのが私にとっても救いなのだ。

「だって美味しいんだもん」

「違いない」

 そう言ってお互いに顔を見合わせて笑い合う。

 こうやって、お互いの考え方の違いをこれからも尊重し合えたらいいなと思いつつ、ウサギの右耳の苺にフォークを刺すのだった。

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