【掌編小説】休日のすごし方
ほしむらぷらす
休日のすごし方
労働は健康に良くない。
私は世間にそう流布しようと活動しているのだが、いまいち誰も真剣には耳を傾けてくれないのが現状だ。
そこで、労働の逆――つまり休日がどれだけ健康に良いか証明できれば、少しは耳を傾けてくれるのではないか、と金曜日の朝に気が付いた。
まずは同僚のオオバさんに、休日について聞いてみることにした。
オオバさんは、20代半ばのキレイな女性で、髪を明るい茶色に染めて、左手の薬指には指輪が輝いている。契約形態はパートだが週5で労働、家に帰れば二児の母という、いわば二重生活を送っている多忙の人だ。
私は独身なので既婚者の大変さをよく知らないが、そんな彼女にとっても、やはり労働は健康に良くないはずだ。
そして、休日は健康に良いと思い、話を切り出した。
「オオバさん。明日と明後日、ご家族で何か予定はありますか?」
「急にどうしたんですか? 休日出勤はしませんよ?」
「身構えなくていいですよ。私も休日出勤はしません、絶対に。ただ純粋に、休日をどのように過ごしているのか、気になっただけです」
「どのようにって、普通ですけどね」
「普通……とは」
「ああ、旦那がお寿司食べたいって言ってたから、お寿司屋さんには行こうって話をしてましたね。もちろん廻るヤツですけど」
「オオバさん。お寿司、実に良いです。きっと健康にも良い」
「健康? お肉よりはヘルシーだし、気分は良くなる……かな?」
気分――つまり、精神的な観点からも食事に出かけられる休日は、健康に良いことがお分かりいただけただろうか?
それにしてもお寿司は、間違いなく休日を魅力的なモノへと昇華させることができるでしょう。私も食べに行こうかな……お寿司。
いや、待てよしかし。お店や時間帯がたまたま被って、オオバさん家族と遭遇するかもしれない。それは、オオバさんの休日に、仕事の同僚である私が介入することになる。であれば、労働が脳裏でチラつくはずだ。その状態では、健康に良い休日とは言えない! かもしれない!!
よし、お寿司は止めよう。……では、代わりに海鮮丼だ。
時は過ぎ、苦行ともいえる労働を終えることができた私は、最高の週末を体験するために計画を立てる。といっても、脳内でざっくばらんにやりたいことを思い浮かべるだけだ。
ここでは、私のプライバシーに関わることなので、海鮮丼の件だけを記載しておこう。
『午前中のうちに某所へ行き、ちょっと高めの海鮮丼を食べに行こう』
翌日。私は、最高の休日のはじまりにふさわしい朝日を浴びて起床する。詳細は省かせてもらうが、私は順調に計画を実行していった。そうこうしているうちに出かける準備が整い、お気に入りの靴を履いて某所へと向かう。
私は計画通り、事前に調べていた料理屋へとたどり着いた。もちろん注文するのは、この店一番人気の海鮮丼である。
温かいお茶を運んできてくれた店員さんに注文を伝える。店員さんは元気な声量で注文を復唱し、店の奥へと入っていった。
お茶を飲みながら待つ。しばらくして、注文通りの海鮮丼を店員さんが運んできてくれた。
注文通りの海鮮丼と記したが、注文以上の海鮮丼だった。見た目や味などの情報や感想は割愛させていただく。なぜならば、もうすでに食べ終わってしまったからだ。ただ一言『良かった』とだけお伝えしよう。
食後のお茶をすすりながら、私はしばし思考を巡らせていた。
休日はまだ半分以上残っている。だが、私が感じている充実感は、すでに完成されたように思えた。私は今、心身ともに健康を得ているのだ。
しかし、困った点がある。
健康を得ることができた(であろう)私の休日は、誰かの労働によって成り立っているのだ。空になった丼も、お気に入りの靴に付いた汚れも、私が誰かの労働を消費した証なのだ。
そう考えると、私の労働も、当然誰かのためにあって、誰かのために消費されていく。
労働は健康に良くない。だがしかし、誰かの労働が私を健康にしたという結果がある以上、労働に対して再評価せねばならないような気がしてきた。
そう思考するほどに、私は休日を満喫することができたのだろう。
ここからは余談になるが、私は不健康な休日も非常に好みである。深夜の4時まで動画配信サイトで好みの動画を漁り、小腹が空けば夜食という名のインスタントラーメンを貪り、国民的日曜夕方アニメが放送される時間帯まで爆睡し、満喫したはずの休日を帳消しにするほどの不健康さを体験する。
ついには、労働にふさわしい鬱々とした朝日が、私を包み込む。
そしてメンタルは負の方へとリセットされ、一週間は始まり、改めて私は再認識するのだ。
労働は健康に良くない。
【掌編小説】休日のすごし方 ほしむらぷらす @asihuzak
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