『見世物小屋と蛇女の少女』

朧塚

僕は祭りの見世物小屋で、彼女と出会った。

 いわゆる00年代の時期だ。


 僕の父は変わり者で、よくバブル期にあった怖い話などをしてくれた。

 父は「見世物小屋」の話をしてくれた。

 蛇を食べる女や喋る生首の話などだ。


 都内の某所で祭りが開催されていて「見世物小屋」なるものが開催されていた。

 出店が並び、浴衣の男女が歩く、祭りの幽玄な雰囲気の中、見世物小屋の看板は昭和風のタッチの絵柄でおどろおどろしい妖怪の絵が描かれていた。


 カップルや親子連れが興味深そうに入っていく。

 入場料は千円といった処だ。

 代金は見ての帰りに徴収するらしい。


 昭和を舞台にしたアングラな漫画に出てきそう小屋の印象だった。

 裸電球が光っていた。

 呼び込みをしている「タンカ」という者が法被を着て、口上を並べ立てていた。

 蛇女に、火吹き芸。人間ポンプに、喋る少女の生首と面白いものが並んでいるよ、と。


 僕は見世物小屋に入る事にした。

 中には人がぎっしりと密集していた。

 舞台には着物を着た三十代くらいの女がいて、火吹き芸を披露してくれた。

 口から炎の吐息を吐く芸だ。彼女はその後、火の点いた蝋燭をくわえて食べていた。

 大きな金魚を生きたまま丸呑みしては、そのまま金魚鉢の中に吐き出す男もいた。男はその後、口の中に長い刀を刺し込んでいた。すっぱり、刀が抜ける。刀に血は付いていなく、男は平気そうな顔をしていた。


 その後は、真っ赤な炎が灯された金網の上を歩いている女性の姿があった。


 日本版のサーカスやマジック・ショーかな、という印象もあった。

 ただ。やはり、おどろおどろしい。

 マジック・ショー同様に人体切断のショーも行われていた。

 ちなみに、見世物小屋の舞台で芸をする女達の事は太夫と言うらしい。


 僕は、見世物小屋にて、ある少女に恋い焦がれてしまった。

 長い黒髪が美しい少女だった。

 少女と言っても、二十歳前後であっただろうか。

 若い太夫だ。


 名前は小雪と言うらしい。

 小雪は可愛らしい顔で生きた蛇を口にして、エロティックに生きた蛇を舌で舐め始めると蛇の頭を噛み千切った。

 その後、小雪は、背中を晒すと、背中に釣り糸を引っ掛けて、両腕を広げる。

 すると、彼女の身体が天井へと引き上がっていく。

 僕は気付くと、小雪に強く惹かれていた。

 そして、その後、幾つかの芸があったが、僕はぼうっと小雪の顔を想い出しながら、中年くらいの太夫が帰りを施す口上を行った。

 僕はふらふらと、非現実感に包まれながら、お代の千円札を出して見世物小屋を出ていった。


 祭りは次の日にもあった。


 僕はその少女の会おうと考えた。

 例の見世物小屋に入る。今日は、祭り最後の日なので、昨日よりも客が多かった。

 見世物舞台のステージでは、小雪が何匹もの生きた蛇を手でなでまわし、艶めかしく舌をちろちろと冷たい鱗に這わせた後、口にくわえて、そのまま噛み千切って次々と 生き血を飲み干していく。その光景を見て、観客達は歓声を上げていた。


 高校生の頃から、友人と一緒に街中でナンパ行為をしていた。その要領で声を掛ける度胸はあった。僕は顔立ちにも自信があったので、水商売の女を口説き落とした事だってある。だから、気になった子には声を掛けずにはいられなかった。


 祭りが終わり、見世物小屋が折り畳まれている時を見計らって、僕は、見世物小屋の裏側で煙草を吸っている太夫の一人に声を掛けた。その中に小雪がいて、小雪が一人は倦怠そうな顔でビールを手にしていた。


「すみません。他に何処かでお会い出来ませんか?」

 僕は小雪に笑い掛ける。


「此処では借金を返す為に働いております。もし貴方が替わりに工面してくだされば、私も此処を出ていく事が出来ます」

 そう彼女は答えた。

 そして、ツン、と不貞腐れたように、トイレのある場所へと向かっていった。


「おいおい。ウチの看板娘に手を出すのはよしてくれよ。伊達男の兄ちゃん」

 大柄の男が僕に声を掛ける。

 彼は見世物舞台の上で、軽業をやっていた男だった。


「彼女は借金の返済の為に、此処で働いているのですか?」

 僕は心苦しくなる。あんな若くて可愛い娘が、そんなに借金があるのか。


 男は僕に何か紙切れを握らせた。


「ウチはヤクザな稼業じゃないから、サーカスの人さらいの御伽噺みたいに、借金塗れの女を閉じ込めて、芸をしたりなんてしないよ。ウチはこれでも劇団だからね。祭りが無い時は、普通に別の仕事をしているからな」


「そうですか」

 声を掛けてくる男に対する口上なのだろう。僕は短い恋だったと思い、小さく溜め息を吐いた。


「ああ。でも、小雪の借金は五百万はあるって聞く。ウチの劇団に来る前に、付き合っていた男が悪くて、借金をさせられて、水商売をしているって聞かされている。ウチは何て言うか、そういう連中が多い。小雪もそんな中の一人だなあ。そうだい、兄ちゃん」


 男はペンとくしゃくしゃのコンビニのレシートを用意して番号を書いた。


「これは小雪の電話番号だ。惚れたんなら、力になってやりな。なんでも、小雪は、うちの劇団で覚えた芸を、筋モノの客相手に披露している、って話だ」


 そう言うと、男は僕の背中を叩いた。


 家に帰った後、僕は小雪に電話した。


「なんで、あたしの電話番号を知っているの?」

 彼女は驚いた声だった。

 僕が軽業師の男から電話番号を教えて貰ったのだと聞いた。


「じゃあ。分かった。あたしが普段、働いている店に来てくれる? 源氏名も教えるから。そこで、あたしを指名してくれたらメル友くらいにはなってあげてもいいよ」

そう彼女は答えた。

 チップも弾んでね、と、彼女はちゃっかりと言う。

 僕は当然、と答えた。


 そして、二日が経過した。


 雨が、じとじとと降る夜だった。


 僕は小雪の働いている店へと向かった。


 キャバクラかガールズ・バーではなく、本番アリの風俗だった。

 汚い路地裏に、そのソープランドはあった。

 外装は酷く汚れているが、中を見てみると、それなりに清潔感があった。

 値段はそれなりに高い。

 店舗には写真が貼ってあった。確かに小雪の顔があった。

 此処では、サユという源氏名を使っているらしい。

 そう言えば、彼女の本名はどちらなのだろう? きっと、どちらでも無いのだろう。


 僕は貯金を下ろしてくると、小雪を指名する事にした。


 部屋に入ると、しばらくして、小雪が入ってきた。


「小雪ちゃんで良い? それとも、此処ではサユちゃんかな?」

「どっちでも。ほら、マットで寝て。サービス多めにしてあげるから」

「あ、でも、なんか雨降りでさ。身体がベトベトしていて、少し身体を洗いたいかな」


「じゃあ、最初に身体を流そっか」


 シャワールームの中に、二人一緒に入った。

 彼女の裸身の背中が見える。

 彼女の背中には禍々しいタッチの和彫りの巨大な蛇の刺青が彫られていた。

 蛇は二匹いて、互いの尻尾を飲み込み、円を描いていた。

 蛇の周りはまるで地獄の業火のような、真っ赤にオレンジの炎が彫られている。

 僕はその刺青を見て、息を飲んだ。


 たっぷり、二時間もの間。僕は小雪との行為に至った。彼女はまるで、あの夜の小屋の中で、生きた蛇を撫でるかのように、僕の身体をほぐし、触れた。そして、僕は何度も、小雪の身体で達した。小雪の背中が見える度、あの禍々しい和彫りの二頭の蛇が見えて、僕の網膜に焼き付いていく。


 しばらくして、僕はシャワーを浴び、小雪もシャワーを浴びる。


「また来てね」

「ああ。また来るよ」


 僕はチップとして何枚かの一万円札を小雪に渡した。小雪はとても嬉しそうだった。これで、ブランド物の財布でも買うと言う。借金はどうしたのだろうと思った。彼女の表情は明らかに強がっているようにも見えた。


 僕は彼女が欲しがっているブランド物の財布は、今度、僕が買ってあげると言った。

 すると、彼女は次に店に来た時にプレゼントしてね、と言った。


 しばらく、僕はバイトの給料日には、彼女が働いているソープランドに向かい、彼女を買った。彼女に会う為にバイトも掛け持ちした。

 小雪は店の外でも、頻繁に僕にメールをしてくれた。

 二回目に彼女からお願いされたブランド物の財布を送ったら、大層、喜ばれた。数万円はした。


 僕はあくまで彼女の金蔓。

 嬢と客の関係。

 僕はそう割り切って、店に向かい、彼女を抱いた。店に行った夜には、あんたは、最高の良客だよ、と、メールで送ってくれた。


 ある日の事だった。

 小雪の働いている店に行くようになって、四か月が経過しようとしていた。


 店の外で会いたい。


 彼女はそんなメールを送ってくれた。

 最初は、同伴だろうなあ、と思った。所謂、水商売の人間の使う手法で、店外デートと言う奴だ。もっと、店に来て貰う為に、向こうからデートを申し込んだのだろう。

 ただ、バイトの給料には限界があるし、借金してまで、彼女に会おうとは思わない。僕は客で彼女は嬢。今の処、それ以上の関係を僕自身は求めていなかった。

 ただ、小雪のメールでの態度は何処か尋常じゃなかった。


 誰か人のいない、誰にも声が聞かれないBARか、なんなら、僕の家に行ってもいいと彼女はメールで送ってくる。

 嬢と客のやり取り。世辞にしては、妙だなと僕は思いながらも、実家から大学に通っている僕は、家に彼女を呼びたくなかった。


 なので、たまに行く静かなBARを紹介した。

 駅で、僕と小雪は会った。

 店の外で会う小雪は、化粧っ気が無く、素朴な服を着ていた。


「あたし、本名は雪菜(ゆきな)って言うんだよね」

「そうなんだ」

「BARの代金。あたしが出そうか?」

 そう言うと、雪菜は財布を見せる。

 僕がプレゼントした、財布だった。


 僕はBARの場所を教える。静かなジャズが流れる場所だった。

 僕は二人分のジントニックを注文する。


 ジントニックが運ばれてきて、二人でそれを口にしていた。


「あたし、あんたの事が好きなんだ……」

 雪菜は淡々とそう言った。

「じゃあ、付き合う?」

「うん。でも、あたし、彼氏作れないから」

「借金の事? 筋モノに借金しているって聞いた」

「うん、そう…………。特殊な人達………」

 彼女はジントニックを飲み干す。


 彼女は僕の手を握った。


「お願い、怖いの。あたしは二ヵ月に一度、彼らの前で余興をやる事になるの。貴方も付いてきてくれない?」


 雪菜の表情は、心底、怯え切っていた。


 そして、僕はその週の夜、雪菜に呼ばれた。

 場所は、彼女が働いているソープランドから、数キロ程離れたビルの中だった。ビルの中は事務所になっているのだと彼女は言う。その事務所の中を改装して、余興は行われるのだと。

「僕も事務所に入れるの?」

「ええ。貴方の分の入場料も払っておくから」

 入場料を払えば、一般人でも筋モノの余興に参加する事が出来るのだろうか。そんなものは聞いた事は無い。けど、意外と裏社会なんて、簡単に脚を踏み込めるものなのかもしれない。

 僕達二人はエレベーターに乗る。

 八階で見世物が開催されるのだと言う。雪菜も、太夫の一人だと。

 八階へと入った。

 薄暗い裸電球が光っていた。

 スーツを着た、顔のよく見えない男が、受付をしていた。

 

「この人の入場料」

 そう言うと、雪菜は財布から、ぽんと五万を出した。

 

「じゃあ、少し、待っておいて。あたし、楽屋裏で準備しないといけないから」

 そう言うと、雪菜は先に部屋の奥へと入っていった。


 しばらくして、いかつい顔の男達が次々とエレベーターを入り口から出てくる。かなり、ヤバい場所に来たんだな、と、僕は悟る。

 待てと言われて、二十分くらい経過した頃だろうか。

 僕は受付の男からドリンクのチケットを渡されて、中へと入れられた。


 席が並んでいた。

 僕は席の一つに座る。


 着物を着た女性が現れて、マイクを持って口上を述べる。

 あの、祭りの見世物小屋の中での口上に似ていたが、何か得体が知れなかった。


 そして、見世物は始まる。

 

 女の生首を傘で回す男。

 生首の女は、ケタケタと笑っていた。

 次は、口の中に何本もの日本刀を入れていく大男だった。大男は七本目の日本刀を口の奥に押し込んだ後、一気に全ての日本刀を引き抜いた。

 

 全身に長くて太い針を刺し込んでいく、半裸の女の姿もあった。

 女は眼や鼻。手足、そして、胴体のあらゆる場所に針を通していく。

 針は引き抜かれ、女は客達に一礼する。


 次に、雪菜が現れた。

 彼女は、着物をまとっていた。

 雪菜の隣には、大量の蛇の入ったガラスケースを運ぶ男達がいた。

 雪菜は客達に一礼すると、生きた蛇を手に取って、蛇を自らの服の中に入れていく。何匹も、何匹も。雪菜は蛇をくわえ、以前のように噛み千切らずに、飲み干していく。三匹程、飲み込んだ頃だろうか。雪菜は着物をはだけさせて、腹を見せる。すると、彼女の腹は妊婦のように膨らみ、腹は中から蛇がのたうち回っているみたいだった。

 しばらくして、雪菜は蛇を生きたまま吐き出していった。

 彼女は一礼して、その場から去っていった。


 その後。手も足も無いチャイナドレスを着た、十五、六歳程の可愛らしい少女が歌を歌っていた。彼女は車輪の付いた椅子に引かれて、まるでお姫様のようだった。

 やがて、手足の無い少女は口から幾つものシャボン玉を吐き出した後、一礼して舞台から去っていった。


 その後、僕は、ぼうっと舞台の様子を眺めていた。

 空気が異様に淀んでいた。

 僕は気付いた。

 辺りには人魂らしきものが飛んでいる。これも、劇の趣向なのだろうか。


 僕は気付いてしまった。

 他の観客全員は人間の顔をしていなかった。

 それぞれ、蜘蛛や蠅。鶏や牛、トカゲやアマガエル。……みな、人間の顔をしていなかった。被り物だろうか? 断じて、そういうものには見えない。

 僕はようやく、気付いてしまった。


 ああ。僕は妖怪や物の怪達の巣窟に来てしまったのだと。

 そして、雪菜は、妖怪達に、何百万もの借金をしてしまったのだろう。そして、彼らの為に芸人として働いている。


 やがて、ショーは、一通り、終わったみたいだった。


 拍手喝采が行われる中、僕は静かに部屋を出ていった。

 エレベーターに乗り、外の空気が吸いたかった。


 時刻は12時を過ぎていた。

 僕は漫画喫茶に泊まって、その夜を過ごした。

 雪菜からのメールが送られていた。


 ありがとう、と。


 それ以来、雪菜からのメールが途絶えた。

 大学を卒業して、社会人になった。

 僕は趣味らしい趣味も無かったので、風俗街で女を漁り、夜の街でナンパした女をホテルに連れ込んでは、怠惰な生活に追われていった。

 雪菜は元々、妖怪達の仲間だったのだろうか?

 それとも、彼女は妖怪達の世界に身売りした二十歳そこらの少女だったのだろうか。


 僕は彼女をBARに連れていった日に、彼女から蛇の形をした指輪を貰った。

 あのビルで劇をしている最中、雪菜もまた、僕とお揃いの指輪を薬指にはめていた。

 そう言えば、彼女はそもそも、雪菜という名前も本当に本名だったのだろうか? 苗字は聞かされていない。……今では、あのビルでの出来事があって以来、見世物小屋の太夫どころではなく、彼女も妖(あやかし)か何かなのではないかと疑っている。


 ただ、今は。

 僕は雪菜から貰った指輪を、今も捨てられずに持っている。

 

 僕はあれから他の女と付き合っても、一月足らずで別れた。

 彼女達は決まって言う。

「貴方から蛇が見えて、私を威嚇している」のだと。


 いつか、雪菜が僕を迎えに来るだろう。


 僕はペットショップで売っている冷凍マウスを頻繁に買ってきて口にするようになった。

 またアマガエルなどを見つけると、生きたまま口にする事があった。

 生餌(いきえ)が好物になった。


 僕の身体の節々には模様なものが出来ていた。

 僕の舌はちろちろと二つに分かれ始めていた。

 僕は少しずつ蛇に変化していく。


 いつか、彼女は僕を迎えに来る…………。

 その頃には、僕は蛇人間として生きているのか。

 それとも、完全に蛇へと変わっているのか。


 人間で無くなった僕を、雪菜はどうしたいのだろうか。

 僕は彼女の生餌にされるのだろうか。

 それとも、彼女と生涯を共にするのだろうか。


 その日が来る時まで、僕には何も分からない…………。

 夢の中で僕は蛇になり、雪菜に頭が齧られ血を啜られ、全身を食べられていく夢を見る。


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『見世物小屋と蛇女の少女』 朧塚 @oboroduka

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