7 真夜中の思惑

「ハッピバースデー、トゥ……新しいお人形の名前、なんにしよっかなぁ」

 姫野ゆりこは、子供の名を決める親の心地で、愉しい妄想にふけっていた。

 研究棟の屋上に広げられた真夜中のオープンテラス。星が見下ろすなかで、ケーキを囲む一人と四体。山の夜は暗く、四体の人形が持つキャンドルの明かりだけが彼女らを照らす。スポンジがまとう白い生クリームには、赤いイチゴのソースが糸となって交差する。薄暗闇の中で、赤いソースは垂れ零れた血によく似ていた。

「よろしければ、私もパーティーに参加させてくれませんか? 招待状はありませんけれど」

「朱華……本当にお呼びでないよ」

 夜から染み出すように、音もなく現れたのは秋葉朱華とお付きの風早琉花。テーブルの椅子を琉花が引いて、主催者の許可もなしに朱華が腰掛ける。ケーキを挟んで対角線に位置取ったふたりは、しばし剣呑な雰囲気で互い睨み合う。

「そういえば、人形が一体少ないようだけれど?」

 初めに口を開いたのは朱華。彼女は指先で琉花に、ケーキを切り分けるように指示を出す。琉花はうやうやしくスカートをつまむと、どこからともなく白い皿と銀のフォークを取り出しならべる。

「せめて一言ぐらい断ったら? まぁいいけど……新しいお人形を手に入れたの。古いおもちゃは捨てたわ。最後まで彼女は私の役に立ってくれたし、お古を欲しがる奇特な人間もいたからね。思い出はあるけど、飽きちゃった」

「相変わらず子供ね……ゆりこ、私がなにを言いたいか、わかる?」

 朱華は切り分けられたピースを丁寧にフォークで崩す。突き刺して、穴をあけて、かき回す。ぐちゃぐちゃに。白いクリームがソースと混ざってピンク色の肉片のようになる。表情にこそ出さないが、朱華は苛立ちを隠さない。それを察してか、琉花は一歩後ろにさがる。

「そりゃ、こっちの台詞なんだけど。真紀、真紀チャン、真木理真紀だよ! 人間にも異人にもつかない、完全中立だったはずでしょ。それなのに稲生令に味方して、なんのつもり? どうせあなたが私に意地悪しようとしたんでしょ!」

 ゆりこはフォークを振り回し、切っ先を朱華の鼻先に突きつける。

「それは真紀が勝手にやったこと、関係ないわ。どうも彼女に同情的だから。それに先に手を出したのはあなたの方でしょ。ひとのものにちょっかいかけて、それこそなんのつもり?」

 朱華の反論に対して、ゆりこと人形は息を同じくする。

『おもちゃはみんなで仲良く遊びましょう』

 ゆりこと人形たちがいっせいに声を揃えて、標語を唱える。教室で並んだ小学生のような態度に、すまし顔だった朱華の眉がゆがむ。

「癇に障る」

 ざわり、朱華の足元の闇が蠢く気配がした。

 夜の空気が剃刀よりも薄く研ぎ澄まされる。

 一触即発の空気を察知したコッペリアが、主を庇う為に体を割り込ませようとする。

「いいよ、さがりな。どうせ何もしてこない。今の敵は私じゃないから」

 対するゆりこはへらりとして、手のひらをみせる。

「どうかしら? どうせ交換できるのだから、腕の一本や二本。いい機会だわ。首を切り飛ばしても交換できるのか、試してみたいと思っていたのよ」

「こわーい……ねぇ、私は親切で手を貸してあげたの」

「親切ですって?」

「だって、そうでしょ。稲生令……あの子は弱すぎる。とてもじゃないけど、吸血鬼退治ができる器じゃない。とって食われるのが目に見える。朱華、きみは『おねえさま』を侮り過ぎだよ」

 『おねえさま』という単語に朱華の指がひくりと動く。その様子に、後ろに控えていた琉花が所在なく目線を漂わせる。

「姉様のことは私が一番よく分かっているわ。仮に侮っていたとして、そのことと柏李来をあなたの人形にすることがどう関係するのかしら?」

 にやり、とゆりこはいやらしく笑う。

「探偵が弱いなら、相棒を強くすればいい。李来は才能がある。闇に魅入られる才能がね。自分を堕としきる覚悟もない探偵なんて、なぁんの役にも立たないんだから。だから、足りない覚悟と悪意を補ってあげようってわけ」

「余計なことを……自分の剣は自分で磨く」

「いいじゃない、そのぐらいの遊びは許してよ。君がおねえさまに勝とうが負けようが、どちらにせよ私たち異人に影響のある話なのだから。迷惑料だと思って大目にみて」

「勝手にすればいいわ。でもね、私の邪魔だけはしないでちょうだい」

 朱華は念押しすると、席を立つ。琉花を従えて、来たときと同じく、暗闇に溶けるように消えていった。

「お互いに、ね」

 残されたゆりこは、ケーキを口に放り込む。

 真っ赤なソースで口の周りをべたべたにしながら、次の企みを練り始めるのだった。

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少女異譚 ―稲生令の物怪録― 志村麦穂 @baku-shimura

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