第25話 終わり
桜井は手錠をかけられ、パトカーに乗せられて署まで連れて行かれた。
私たちはその場でまずは簡単に事情聴取された。それから、網走署で本格的に聴取される予定だった。
しかし……、係長は萌えていた。北網走漁業組合のビル内で父親のラッコのコートを探そうとして警官に止められていた。その反動かどうかはわからないが、自分が着ているラッコの着ぐるみに萌えていたのだ。
「萌えーーー!」
「係長ー、何やってるんですかー?」
「見てわからんのか、磯田。海に向かって叫んでるんだ。バカヤローなんて叫ぶのはもう時代遅れだ」
「ださっ」
「どうだ磯田、事件解決を祝って一緒に海で泳がないか?」
「お断りしまーす」
「遠慮すんなよ。ほら、水着ならあのビルにたくさんあったぞ」
「えー! 盗んだんですかー!?」
「……あの、係長、それって窃盗では……」
「細かいことは気にするなって、お前、さっき言っただろ」
「それとこれとは別ですー」
「さあ、好きな水着を選べ!」
「係長、県警のセクハラ相談窓口に通報しますねー」
係長は少ししょんぼりした。
「俺は泳ぐぞー!」
係長はそう言って堤防から海に飛び込んだ、着ぐるみのまま、とても冷たいオホーツク海に。
「えっ、いや、ちょっと、係長ー!」
「村田先輩!」
「おい、村っちゃん!」
「もうこの際、死んだら?」
私も尾崎刑事も増岡さんも思わず叫んだ。京子は冷たく言い放った。
周りの警官たちもあたふたしていた。ラッコの着ぐるみは始めこそ浮かんでいたが、徐々に沈み始めていった。警官が数名、服を脱いで海に飛び込んだ。尾崎刑事と増岡さんも同様に。近くの漁船が2隻やってきて救助を手伝ってくれた。そして、係長は着ぐるみのまま、クレーンで漁船へと引き上げられた。私たちは着ぐるみを脱がして、係長を地面に横たえた。
「係長!」
私が呼んでも反応がなかった。
「マジでー! 係長!」
京子は係長を数回ビンタした。しかも思いっきり。しかし、反応はなかった。
「おい、こりゃ、意識がねえなあ」
漁船の漁師がそう言って、心臓マッサージをした。そうすると、係長は「ゲホッ」と水を吐き出した。
「係長! しっかりしてください!」
呼びかけても無反応だった。係長は、しばらくして到着した救急車で病院へ運ばれていった。
係長は緊急入院することになった。肺炎による発熱と低体温症のために、退院するまで13日かかった。
私と京子は一足先にT県警へ戻った。
桜井は、取り調べで21年前の事件について供述した。漁師の牧田明さんと、係長の義父の千島
西網走漁業組合の佐々岡さんについては、桜井が部下に殺害命令を出したということだった。彼の部下が二名、佐々岡さんを殺害したことを認めた。
二カ月くらい前から続いていた漁港での窃盗は、警察に文句を言う理由をつくるために、桜井の一味が行なっていたことがわかった。
私たちが北網走漁業組合へ殴り込んだことは、警察内で当然問題視された。特にキャリア組が関わっていたことが、俎上に載せられた。しかし、迷宮入りしていた事件を解決し、地元民を反社会的組織から解放した功績を称えられたことで、警察上層部の情報操作によって、今回の事件は表面化することはなかった。今回の事件のことで、網走警察は地元民から暖かいまなざしを向けられているということだった。桜井一味への対処に長年手を焼いてきた網走警察は、今回の事件の結果と警察上層部の賢明な判断に歓喜した。なので、誰も何もマスコミに話すことはなかった。
高木先輩と嶋村先輩からの新情報によると、係長が警察庁に採用される時、殺人の容疑がかけられた
相田さんの雑貨店は、観光客のたくさんいる場所へ移転した。
“萌え”で過去の犯罪が暴かれた桜井、“萌え”で命を落としかけた係長。二人のことを、自業自得だ、バカだ、と私は思うし、他の刑事たちも思っているだろう。だがどうあれ、“萌え”が21年前の事件を解決へと導びき、住民と21年間自責の念に駆られてきた女性を救ったのだ。あっ、それと、とあるおバカな男が、殺人の容疑をかけられたまま亡くなった自分の義父の名誉を回復することができたのだった。
ただ、私は推理で事件を解決したかったのだが、最終的に武力で解決してしまった。何とも滑稽な事件だった。
オホーツクで萌え 真山砂糖 @199X
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