第24話 北網走漁業組合へ

 私は四人の後を追って店から出た。四人は横並びでゆっくりと歩いていた。まるで昭和のドラマのようだった。

「あ、あの、係長、歩いて行くのですか?」

「おう、そうだ。北網走漁業組合まで徒歩で20分あれば着く」

「……20分て、なんか、微妙……」

「香崎、お前も隊列に加われ」

「え、いや、あの、それは……」

「小春ー、早くしなさいよー」

 京子にも急かされた。四人は左から、尾崎刑事、京子、係長、増岡さんの並びだった。私は係長と増岡さんの間に入った。

「おう、わかってるじゃないか、香崎」

「男、女、男、女、男の並び順ねー。ナイスよ、小春ー」

「いや、京子、あんたいつもジェンダーのことで文句言ってるくせに」

「小春ー、細かいことはこの際どうでもいいのよー」

 私たちは横並びのまま歩いた。


 ゆっくりと歩いたためだろうか、約30分後に北網走漁業組合のビル前に到着した。私たちがその3階建ての小さなビルを見上げていると、中から、ガラの悪い連中がぞろぞろと外に出てきた。彼らは口々に「何だこら!」、「何の用だ!」と威嚇してきた。

「俺たちが怪しい人間に見えるか!」

 ラッコの着ぐるみを着た係長が連中に言った。

「あの、係長、間違いなく怪しく見えてますよ……」

 私はこっそりと係長に耳打ちした。

「桜井を出せやコラー!」

 増岡さんが二刀流の竹刀を地面に叩きつけながら威圧した。

「あの、増岡さん、脅迫・強要行為になりますよ……」

 私はこっそりと増岡さんに耳打ちした。

「警察だ! 桜井を出してもらおうか!」

 尾崎刑事が手帳を見せて叫んだ。連中は少し動揺したように見えた。

 騒ぎを聞きつけて、ビルの中から桜井本人が出てきた、ガラの悪い取り巻きを引き連れて。

「何だ、どうした?」

 タバコを吸いながら、コートを着てイルカの帽子をかぶった桜井はぶっきらぼうに部下に尋ねた。

「何だと、警察が来ただと!? おや、これは尾崎さんじゃないですか」

 桜井を睨みながら、係長が一歩前へ進み出た。

「おい、桜井! 21年前の事件、憶えてるか? 漁師の牧田明さんと、俺の親父の千島荒江らこうを殺害したのはお前だな!」

「ああ? 誰だお前? 会長の俺に向かって、何だその態度は?」

「お前が殺した千島荒江らこうの息子だ。『萌えろ、オホーツク・フィッシング』でお前が着ていたラッコのコート、あれは俺の親父の物だった。お前は親父を殺して、コートを奪ったんだ!」

「知らんな、そんなことは。見間違えだろ」

「いいや、見間違えじゃない。俺は子どもの頃、あのラッコのコートをずっと見ていた」

「昔のことだろ、記憶違いだ」

「俺が見間違えるはずがない。なぜなら、俺は、日本ラッコの毛皮研究会の会員だからだ!」

 係長は会員カードらしき物を取り出して自信満々に桜井に向けた。

「何だと!」

 桜井は驚きのあまりタバコを地面に落とした。

「小春ー、それってすごいの?」

「知らない」

「おい、それってすごいのか!?」

 桜井も部下たちに訊いた。部下たちは皆、お互いの顔を見ながら首をかしげていた。

「ぐぬぬぬ……くそ! ラッコの毛皮の会だか何だか知らんが、捜査に来たんなら、令状あるのか、ええ!?」

「ない」

 係長が普通に答えた。

「ない? ないだと! ふざけてんのか!」

「令状などない!」

「令状ないんだったら、不法侵入だ! 危ない奴らが私有地に勝手に入って来た。返り討ちにしても正当防衛ですよね、刑事さん?」

「西網走漁業組合の佐々岡さんを殺したのもお前だな、桜井!」

「だとしたら何だ? 生きて帰れると思ってんのか! 野郎ども、やっちまえ!」

 桜井が昭和のドラマのセリフのようなことを言うと、ビルの中からガラの悪い部下たちがさらに湧いて出てきた。私が子どもの頃に父がよく見ていたドラマのノリだった。

 しばらく、ほんの20秒か30秒だったかもしれない、お互いににらみ合いが続いた。そして、尾崎刑事が戦いの火ぶたを切った。尾崎刑事は先陣を切って桜井の部下たちに突進した。

「おら、ヤクザども、元ヤンなめんなよ!」

 尾崎刑事は拳で連中を殴り倒していった。

 次に増岡さんが竹刀の二刀流で連中に突っ込んでいった。

「元北北海道爆走天使6代目総長増岡徹とは俺のことだ! 夜露死苦!」

 増岡さんは竹刀で連中を叩き倒していった。二人はメチャメチャ強かったし、メチャメチャに連中をぶった倒していった。

「……いや、どっちがヤクザなの……」

 私が呆然と二人の戦いを見ていると、横から連中が襲いかかってきた。

「小春、危ない!」

 京子が一人目の顎に掌底を打ち込んで、二人目の懐に飛び込んで背負い投げし、あっという間に二人の男を倒した。

「小春、ボケっとしないでよ!」

「ごめん!」

 私は竹刀を構えて、突進してくる連中に“突き”をくらわして、それぞれ一撃で倒した。剣道の試合では中々“突き”を使えないので、私は興奮した。

「やるな姉ちゃん!」

「はい、有段者ですから!」

 私は身構えていると、ふと気づいた、ラッコの着ぐるみの男が私たちの中心にいて、まともに戦っていないことに。いや、着ぐるみのせいでまともに戦えなかったのかもしれない、いや、そもそもなぜ着ぐるみを着て戦いに来ているのだろうかと考えた。何もしていないように見えたが、係長は何かをしているようだった。よーく見てみると、係長はおかしなポーズで、倒れた連中に何かを撒いていた。

「おら、お前ら悪党は塩でも食っとけ!」

 係長は、倒れた連中の顔を目掛けて塩を撒いていた。

「……お前もまじめに戦えよ……」

 係長を見て、私は思わず心の声が表に出てしまった。


 そうこうしているうちに、桜井の部下は全員地面に倒れていた。

「誰が誰を返り討ちにするだって?」

 尾崎刑事が凄んだ。まるでヤクザのようだった。

「ひい、ひいい、くそっ!」

 桜井は走って逃げだした。

「えっ? 逃げた! 追わないと!」

 私が追いかけようとしたら、係長が止めた。

「香崎、竹刀を貸せ」

 係長は私の竹刀を取って、助走をつけて、逃げる桜井に向けて投げた。竹刀はきれいな放物線を描いて飛んでいき、見事桜井に命中した。

「うぐあっ!」

 桜井は豪快にうつ伏せに倒れこんだ。

「俺は、元やり投げの選手だ」

 係長はカッコつけながら言った、ラッコの着ぐるみのままで。そして桜井に近づいていった。尾崎刑事たちも係長に続いた。桜井は顔面から血を流して立ち上がれないでいた。

 尾崎刑事は倒れている桜井に蹴りを入れた。

「警察なめんなよ、こら!」

 それから、増岡さんも桜井に蹴りを入れた。

「北網走漁業組合とか西網走漁業組合とか、ややこしいんだよ、こら!」

 それから、京子が桜井の顔を踏みつけた。

「漁業組合なのにー、何で会長っていうのよー!」

 京子は、新選組なのになぜ局長なのかという小学生レベルの質問を浴びせた。

 そして、係長が桜井の横に立ち、顔めがけて上から塩を撒いた。

「桜井、お前が俺の親父と牧田さんを殺した。それから佐々岡さんも」

 塩を指でつまんで撒いていたのが、手づかみになり、そして塩の袋をひっくり返すというふうにエスカレートしていった。

「うげ……う、うご……しょっぱっ……目に入……痛っ……はい……私が……やりました……」

 桜井は自分の罪を認めた。それを聞いて、尾崎刑事は網走署に連絡を入れていた。

「北網走漁業組合会長の桜井が、殺しを認めました。至急組合ビルまで応援をお願いします」


 十数分後、網走署のパトカーが数台到着した。

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