第23話 想定外の展開

 いつも通りのおバカな会話を聞けてうれしかったが、その反面、あまりにも意外な出来事に、驚き、興奮し、訊かなければならないことが喉元でつっかえている状態だった。私は落ち着くために深呼吸した。

「係長、私たちは、北海高校で係長の担任だった青島さんに会ってきました。そこで相田さんにも会いました。お二人から、21年前の事件のことを聞きました。係長のお父様、千島荒江らこうさんが殺人の容疑をかけられたまま殺害されたこと、その事件を相田さんが目撃していたこと。尾崎刑事の発案で相田さんが誘拐されたことになったこと。無料動画サイトの番組でお父様のラッコのコートを着て腕にラッコの刺青がある男を発見したこと。その男は北網走漁業組合会長の桜井さんであること……」

「さすがは俺の部下だ、よくそこまで調べられたな」

「私らは優秀だけどー、係長の部下だってこととは関係ないですけどねー」

「係長は、北網走漁業組合の桜井さんのことを、21年前の事件の犯人だと考えているんですね?」

「おう、そうだ」

「でも係長ー、21年も前の事件ですよー。ラッコのコートがお父さんの物だって、どうやってわかったんですかー?」

「ラッコのコートをお父様の物だと証明できるんでしょうか?」

「ああ、できる。21年前の時点で、ラッコの毛皮を取ることは世界的に禁止されていた。親父のラッコのコートは特注でな。親父は身長が190以上あった。だからコートは特別に仕立ててもらった物だ。俺はコートの証明書を持ってる。サイズがぴったりと合うはずだ」

「実際にコートを確認したわけではないのですね」

「ああ、まあ、そうだな。桜井の所有する倉庫に侵入したんだが、泥棒と間違えられてな。逃げて、別の倉庫に隠れてたら、通報されたんだ」

「いや、あの、係長、それって普通に不法侵入では……」

「れっきとした警察官の捜査だろが」

「だったらー、手帳見せたらよかったんじゃないんですかー」

「手帳はT県警に保管してあるだろが」

「じゃあさー、職務以外だから、不法侵入じゃーん」

「……まあ、そうなるな……」

「……それで、コートはあったんですか?」

「いや、そこにはなかった、どこか別の場所に保管されてる」

「えー、ならー、サイズが合わない可能性もあるじゃん?」

「その心配はない。俺は『萌えろ、オホーツク・フィッシング』を何度も何度も見返した」

「あー、あの水着ギャルが出てくる動画ですねー」

「ああ、夏場になるとアシスタントが水着になる確率が高くなるんだ……ってそんなことはどうでもいい……ことはないか……」

「……」

 私は周りを見回した。全員が呆れていた。

「とにかく、俺は何度も見返した。親父のコートのことははっきりと憶えている。毛の流れ、色合い、大きさ。絶対に間違いない」

「はぁ、わかりました。コートの証明書とサイズが一致するということで。……青島さんと相田さんは、係長が警察にはできない方法で桜井さんを追い詰めようとしているって、言ってました。一体何をしようとしているんですか?」

「今俺が話した理由では、捜査令状が取れない。だから、俺流のやり方で桜井を捕まえる」

「どうやって?」

「乗り込むんだよ。桜井の本拠地にな」

「乗り込むって……」

 私は首をかしげていた。

「僕と村田さんと、それから店の主人の増岡さんの三人で、北網走漁業組合に乗り込むんですよ」

 尾崎刑事が拳にテーピングしながら真顔で言った。

「えーーーっ! それって道場破りみたいなやつー?」

「そうだ、武力行使に出る。お前らも一緒に来るか?」

「面白そー、私行きまーす」

「ちょっと、京子!」

「大丈夫よ、小春ー」

「相手はヤクザもんばかりだ。正義はこっちにある」

 店主の増岡さんが真顔で言った。

「いや、そういう問題では……」

「前にも言いましたが、桜井は地元民からヤクザだと思われてます。ヤクザにケンカを売っても誰も怒りませんよ、警察以外はね」

 尾崎刑事が真顔で言った。

「いや、警察が黙ってないからダメでしょ。京子、失敗したらまずいわよ」

「失敗しなければいいんですよ」

 尾崎刑事が鉢巻きをしながら真顔で言った。

「いや、そんな。向こうは何人いるんですか?」

「おう、30人から40人くらいだろうよ」

「数なんて問題じゃねえよ、姉ちゃん」

 店主の増岡さんが特攻服を着ながら言った。

「……なぜ、特攻服……」

「そうよー、小春ー、数なんて単なる数字、記号なんだからー」

 京子はたすき掛けしながら言った。

「……京子、意味わかんない……それに、なぜ、スーツの上からたすき掛け? そのたすき、どこから持ってきた……」

 私以外、やる気満々だった。

「おい、香崎、磯田、お前ら、腕っぷしのほうはどうだ?」

 係長はラッコの着ぐるみに着替えながら尋ねた。なぜか私もすでに殴り込みのメンバーに含まれていた。

「私は空手と柔道の有段者でーす。大学時代はー、女子空手の日本チャンピオンでしたー」

 京子が空手の型を披露しながら言った。

「やるじゃないか、磯田。おう、香崎、お前は?」

「えっ、私? ……け、剣道が二段ですけど。なので、竹刀がなければ、なんとも……」

 私は殴り込みに行くつもりはなかったが、いつの間にかみんなの気迫に押されていたようで、思わず剣道二段だということをばらしてしまった。

「で、係長は?」

「俺は囲碁二級だ」

「……は?」

「ほら、姉ちゃん、持って行きな!」

 増岡さんがリーゼントしながら、私に竹刀を渡した。

「……えっ……なぜ、こんな都合よく竹刀が……」

 増岡さんを見ると、竹刀を数本、背中に背負っていた。

「……えっ、いや、あの、私は……」

「なんかー、燃えてきたんだけどー!」

 京子がポーズを取りながら叫んだ。

「久しぶりに燃えてきたぜーーー!!!」

 尾崎刑事がテンション爆上がりで咆えた。

「……あ、あの、私は行くとは、まだ……」

「俺も久々に燃えてきたぜーーー!!!」

 増岡さんが両手に持った竹刀を床に叩きつけながら咆えた。

「……、あ、あの、私はやっぱり……」

「俺も萌えてきたぜーーー!!!」

 ラッコの着ぐるみを着終えた係長が咆えた。

 係長、尾崎刑事、増岡さん、京子の四人は意気揚々と店から出て行った。私はその場の空気に釣られてついて行くしかなかった。

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