第2話

 硫黄島の戦い。日本軍とアメリカ軍による戦いから八年が経過した。


 退役軍人のリー・タチカワは日本国の広島県尾道市に降り立った。


 太平洋戦争が終結してから五年以上の月日が経ち。核兵器が落ちたエリア。

 そのエリアに、リーを待っている男がいた。


 その男を捜し続け、長い月日が経過した。


 彼との出会いは、硫黄島だった。味方とはぐれてしまい、撃たれた自分を助けてくれた男がいたのだ。日本兵に囲まれ、銃を向けられた時は終わりと思った。だけど、一人の兵士が助け出してくれたのだ。敵である自分に味方用の医療キットを使い、傷を治してくれた。その男が、戦争が終わってから。自分の故郷に帰ってきたと話を聞いたのは二年前だ。


「ここが、ジュウベエの家か」


 地図を片手に夜の尾道を歩き、目的地の家に到着する。明かりの付いた古い家。

 その家の庭で、日本刀を持つ男をリーは見かけた。羽織り袴姿の、背丈の高い人物。


「また逢えたな、友よ。傷の具合はどうだ?」


 月明かりに照らされた男が、古傷の具合を尋ねてきた。リーは笑みを見せる。


「おかげさまでな。あの時の礼を言いに来た」

「そうか。遠い国からわざわざご苦労な事だな。似た顔をする友よ」


男はそう言うと刀を鞘に収めた。その刀を、リーに差し出す。


「持つがいい。その血に流れる日本人の血が、この刀を求めているはずだ」



           ☆☆☆



「これはどんな話なんなんだよぉ!」


 演者をしていたカズマが耐えきれず、手に持っていた刀を地面に叩きつけた。

 それを見た横山が脚本をカズマにぶん投げる。


「何してるんですか! 今、いい雰囲気だったじゃないですか!」

「意味わかんないの! そもそもBLはきっついの! しかもこれ中継中!」

「世界中に、BLが拡散するチャンスじゃないですか! なんでここを活用しない!」

「しちゃいけない活用だわ! あそこで縮こまってるシューを見て見ろ!」


 カズマが端の方で膝を抱えているシューを指差した。


「……もうお嫁に行けないね」

「ほら見ろ! シューがあんなに落ち込んでるわ!」

「シュー先輩。大丈夫です。AV男優は高収入ですよ」

「なにしれっと道を示してるんじゃオドレは!」


 カズマが横山にツッコんでいると、部長のアキラが腕を組んだ。


「うーん、雰囲気はよかったね。素材としては良い。でも生かしきれてないね」

「方向性が定まらねえな。雰囲気はよかった。でもBLはやりたくねえ」

「でも雰囲気はいいんだよね。万人受けする形でいけないかな」

「よし部長。ここは俺に任せな。俺がよくしてやるよ」




           ☆☆☆



 日本が無条件降伏したと聞いたのは、終戦してから二年後の事だった。


 それまで、ペリリュー島でゲリラ戦闘を続けた。三四名の戦友と共に、いつか来る友軍を待ち続け。敵兵を倒し続ける日々を送ってきた。しかしその日々は無駄で、もう日本は負けたと知り。ようやく母国に帰る事が出来た。そうだ、ようやく帰ってきたのだ。あの思い続けた日本に。家族の待ち続ける日本に。


 あぁ懐かしい。この坂道が懐かしい。家まで足腰に来る急な道が、懐かしい。

 顔を上げてみれば、見えるのは我が家だ。あぁ、なんてことだ。やっと帰ってこれたんだ。


「……馬鹿な」


 しかし、帰還兵は視界に入る自宅を見て絶句してしまう。


 無理もない。そこに彼が求めたものはなかった。あるのは、廃墟と言える代物。

 だから、彼はその場に膝を落とした。涙を流して、悔いを叫ぶ。


「私の家が空き家にぃいいいいいい!」



             ☆☆☆



「カットォ! おいおいおい! なんでそんな台詞を出したんだよ!」


 シューの発した台詞に、カズマが二度目の脚本叩きつけを行った。

 当のシューは照れくさそうに頬を掻いて。


「やっぱギャグ路線に行けば、面白いかなって」

「なんでその路線に行った! 感動ルートはどこに! すげえシリアス感動だったろ!」


「時代はギャグ。ハングオーバーだって」

「お前のハングオーバー押しはなんなんだよ! 俺も三部作見たけどさぁ!」


 カズマが頭を抱え、演者の暴走を止めようとする。そんな中、部長が声を上げた。


「やっぱ方向性はいいね。ここまでやってわかったけど、地盤が固まってないね」


 部長のその一声に、全員の視線が集中した。部長が手を叩く。


「よし。アイデアをそろそろまとめよう。まず、ロケ地はここだ。ここで何が出来る?」

「今の段階だと、日本兵の話が出来るね。それ以外だと、何か」


「方向性が固まってんだから、日本兵の話で固定だろ。ただ、感動系だな」

「感動系なら、やっぱりセオリー通り攻めるのはどうでしょう? 家族ドラマ的な」


「やっとまともな案を出したなホモ女。じゃあ、バックストーリーをしっかりしようぜ」

「演じるのはシュー先輩ですから。シュー先輩の周りに誰がいるのかを考えてみましょう」

「じゃあ。この家は日本兵の実家だね。この日本兵には目の見えない奥さんがいるってのは」

「優しい夫婦が出来るな、それなら。目の見えない奥さん置いて戦場に行ったのは?」

「ありだねカズマ。そういう奥さんがいるなら、絶対帰るよ」


「もう固定出来たな。硫黄島からの手紙だ。問題は内容だ。どんな話にする?」

「いや待って。そもそも生きてるの? この日本兵」


「……ここは、最後の最後までわからないようにしよう。その方向性で」

「よし、シナリオ書くわ。登場キャラは奥さんと日本兵の二人な。演者はシューと横山な」

「監督はカズマだね。僕はマイクをやるよ。カメラは任せるね」


 四人は顔を合わせると、部長が大きな吐息をした。


「うむ。全てまとまったね。さっそくやってみよう」


 部長の声に、映画部のメンバーは大きく頷いた。

 その時だ。カズマが思い出したように。


「そうだ。今回のタイトルは?」


 と、部長にそう尋ねた。部長は一瞬だけ、考えるように腕を組むと。


「――帰還、日本兵!」



               ☆☆☆




 それから、一週間が経過した。


「と、いうわけで。彼らが制作した映画と、制作過程の内容となります」


 学長室で、石原はそう報告した。プロジェクターを使用し、映像を垂れ幕に映した状態。そのスクリーンには、自主制作映画倶楽部の姿が映し出されていた。時に喧嘩をし、時に真面目に撮影し。何度も何度も道筋から離れては戻っていく。


「……石原君、これ遊んでないかい?」


そんな彼らの様子を見た学長が、そう苦言した。石原が笑みを見せる。


「いえいえ。彼らは遊んでいるように見えて、まじめに制作する為に話し合いをしています」

「私には話し合いというより、殴り合いに見えるけどね」

「ですが実際、彼らは作りましたよ。たった一日で。制作過程もウケています」


 学長はしばし考え込むように顎に手を乗せた。やがて彼は、こう結論する。


「まあ、内容はともかく、注目度は高い」


石原がそれを聞き逃すはずがなかった。彼はすぐに確認を取る。


「なら、学長。彼らの活動は継続という形でよろしいですね?」

「うん、いいよ。ところで石原君。これはまた出来るのかい?」



            ☆☆☆


  

広島県尾道市での撮影から、二週間が経過した。

 この日、自主制作映画倶楽部のメンバー全員はクラブ棟にある部室に集合していた。普段、彼らがきちんが集まる事はあまりない。だが、この日だけは集めた。


 ――何故ならば。


「と、言うわけで。我々は明日。沖縄に行くことになりました」


とんでもない事実を、全員に伝える為である。

 部長の一言に、全員の顔が合わさり。


『冗談じゃねえよぉ!』


という叫び声が、部室中に響いた。

彼らの映画制作は、これからも続いていく。

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飛ばせ! フィルマーズ! 神崎裕一 @kanzaki85

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