飛ばせ! フィルマーズ!
神崎裕一
第1話
「緊急事態だ。フィルムが廃部になるかもしれん」
広島県尾道市。映画の街。猫の街。
坂の街と複数の名を持つ街にて、アキラがそう述べた。
その瞬間、彼の話を聞いていた三人の視線が部長であるアキラに向けられる。副部長の相模原一馬。紅一点の横山園子。変人の中田修介の三名である。
そして全員、一度顔を合わせ。
「はあ?」「どういうこと?」「ついに宇宙人の攻撃が」
と。各々、それぞれの反応を見せた。そんな彼らの様子に部長のアキラは頷いて。
「みんながそういう反応をするのは当然だろう。千葉県に住む我々が、何故か広島県の尾道まで出向き。この森の家という空き家に来て突然の話なんだから」
うんうん、と部長は一人だけ赤べこのように首を振り続ける。
「全ての始まりは、一週間前になるのだ諸君。それでは聞いて欲しい、全ての始まりを」
☆☆☆
と、言うわけで話は一週間前に遡る。
千葉県柏市。その柏市の西の方にあるE大学の自主制作映画倶楽部の部長こと、鮫島アキラは大人達が顔を並べる席の場にいる。縦長のテーブル席をスーツを着た大人達が並び、全員の視線がアキラと隣に座る顧問の石原に向けられていた。
アキラは全身から冷や汗が滝のように出るのを感じとっていた。無理もない、何故ならばこの場での議題は「自主制作映画倶楽部の廃部」なのである。アキラは部長として、呼ばれ。これから多くの事を言われるのだ。だからこの場を仕切る学長が、言の葉を唱える。
「というわけで、君達に実績はない。このまま、何も活動出来てない部を存続させる程、我が大学は余裕がなくてね。そろそろ君達には消えてもらいたいと思っているんだよ」
その学長が、アキラと隣に座る顧問にはっきりと告げる。その刹那、アキラは滝のように汗が噴き出るのを感じとった。
嫌な予感が当たったのだ。前々からこの時が来るとは思っていた。
「お待ちを。私達映画制作部は確かに実績はありません。ですがいきなり廃部というのは」
「悪いかね? 映画制作部なのに映画も撮らない。ただ部室でまったりするだけ。我々が毎年高い金額を払い、活動してもらうのは大学を盛り上げてもらう為だ。ニートを作る為ではない」
学長の言葉に、会議室の大勢の者が頷いた。その事実にアキラは顔を青ざめる。
このままではまずい。
急遽呼び出され、何事かと思って顧問と一緒にくれば、この有様。
確かに映画部こと、フィルムは映画制作をしていない。
その部分を指摘されれば反論は。
「では、ご提案があります。学長」
その時だ。隣の席に座る顧問の石原が声を上げた。
石原の言葉に、学長の視線が向けられる。
「聞こう、石原君」
「実績が無いのが問題であれば、作ればいい。しかし、ただ作るのはあなた方も納得しない」
「その通り。ただ作れば良い段階は終わった」
「なら、これからの作り方は変えましょう。こうすればよろしいのです」
パチン。と石原が指を鳴らすと、学長の後ろにスクリーンが現れ、プロジェクターが映像を映し出す。そこには大きい文字で『生中継』と書かれ、撮影をしている人々の姿が映し出された。その映像に合わせ、石原が高らかに言う。
「自主制作映画倶楽部はこれからの撮影の全てを、生中継して世界に発信します」
「生中継、かね」
「ええ。面白ければ人は付いてくる。活動実績も一気に増えます。彼らの行動次第ではこの大学も有名になるでしょう。特に大学生と言えば若さと勢いです。一番、力のある時期です。この若さを武器に、面白さを探究すれば。素晴らしいモノが作れますよ」
第一の企画として彼らには広島県の尾道にて映画撮影をしてもらいます。
と、彼は続ける。
「ロケ地は決まっています。尾道にある森の家という空き家を使用します。一泊一五〇〇円でコストは低く、環境は撮影に適しています。さらに、宣伝部分はyoutubeを使い、配信コストも削減。学生達の間で可能であり、後は作るだけの環境が実に簡単に手に入ります」
どこぞの宗教者のように、席を立って両手を広げる石原。
その石原の行動と説明を見たアキラは、青ざめた顔で石原を見つめた。彼はこう思う。先生―――! それすげえ無茶ですよ―――! と。
「ふむ。youtubeを利用した動画配信か。しかしリスクがあるのではないかね?」
「リスクのない利益などありはしませんよ。それに学長、未来を担う若者にチャンスを与えるのも、我々大人の仕事ではありませんか?」
最もらしい事を述べ、石原がたたみかけた。
すると学長はしばらく考える素振りをした後。
「よろしい。何もしないよりかはマシと考えよう。では、自主制作映画倶楽部は広島県の尾道にて映画の撮影を行いなさい。配信の内容などは、君達に任せる」
勿論、君達の行動は全て。私達が見ている事を忘れないように。
☆☆☆
「と、いうわけです」
部長のアキラが事の顛末を述べる。
うんうんと頷きながら全てを明かした部長に対して。
「いやいや! 無茶すぎない? というかアキラ、話が違うじゃん!」
部員の一人。相模原一馬こと、カズマが声を上げる。
「俺達は、普通の合宿って聞いて来たんだぞ! 生中継なんて聞いてねえ!」
「うん。ご意見は最も。でもねカズマ。よく考えてほしい」
アキラは手を前に出すと、間を作る。
そして、彼は目を一度瞑ってから、見開いて。
「水曜どうでしょうだって、大泉洋を騙し続けたからこそ面白いんだよ」
「俺達は北海道の人間じゃねえ!」
勿論、カズマは納得しなかった。
キーッと怒りを露わにするカズマとは、別の手が上がる。
「話はわかったけど、なんで僕らはこんな事になってるんだっけ。もう半年も制作してない」
手を上げたのは映画部の変人こと、中山修介だった。
シューの言葉に、カズマが腕を組む。
「作ってた先輩が消えちゃったからな。それに問題児が多いしな」
カズマがシューを睨んだ。するとシューは頬を朱色に染めて頬を掻いて。
「照れるね」
「褒めてないぞ」
「と、いうわけで何度も言いますが、我々は早急に映画を撮らなければなりません。千葉県からはるばる、広島県まで来たのも。全てはフィルムの存続の為です」
「だとしてもこの場所はないでしょ! ほら見て見ろよここ!」
机をバンバン叩き、カズマが自分達のいる場所について叫んだ。
彼らがいる場所は、広島県尾道市にある森の家と呼ばれる空き家である。ただの空き家を宿泊地として提供され、学生を始めとした多くの人々が利用している。だが、問題は中身である。彼らの前にあったのは、長年、人の住んでいない空き家だった。
ドアは外れ、玄関は泥まみれ。1LDK程の広さの内部に入ると、埃が被っている畳と触れば塗装が剥がれる壁。ボットン便所と呼ばれるトイレは悪臭がし、窓からガラスが割れ。何より室内はムカデなどの害虫が溢れていた。その室内の中央にて、アキラはカズマの不満に対してニッコリと微笑む。
「一泊1500円の、空き家です。森の家です」
「ここは森の家じゃねえ! 森だ! なんでこんな所なんだ!」
「石原先生が、面白そうな場所だからという理由を付けて予約してくれたからです」
「あのニコニコ鬼畜野郎がッ! 今度逢ったらぶん殴ってやる!」
「まあ、話を進めましょうか。ここは、各々の作りたい話を考えるのはどうでしょうか?」
聴く側に徹していた女子部員の横山園子がそう提案した。
彼女の提案に部長が頷く。
「うむ。さすが我が部の紅一点、話がわかっていらっしゃる」
「じゃあ私からの提案なんですけど、ここは部長とカズマさんのBLを」
「却下」
しかし彼女が上げた提案はカズマが真っ先に切り捨てる。
カズマに鋭い目が向けられた。
「なんでですか」
「ボーイズラブなんて作ってみろ! うちがホモ部と思われるわ!」
「失礼な! ボーイズラブは大事な文化ですよ! 戦国時代なんかみんなホモだったし!」
「今は令和! 五〇〇年以上前の話をするんじゃねえ!」
紅一点とツッコミ魔が互いに睨み合う。
そんな両者を置いておいて、変人がある行動をした。
「おい変人。お前はなにしてんじゃ」
気付いたカズマが指摘する。するとシューが旧日本軍兵士の格好をしており、三人を凝視していた。シューは見事な敬礼を行い「森に現れる日本兵ごっこ」と述べる。
「リアリティを出すな! 本当にいるやつかと思ったわ!」
「奥にあったから、もしかしたら本物かも」
「んなもん出してくるんじゃねえよ! 怖いわ!」
「でも日本兵の作りは良さげだね。これは生かしたいね。この環境的に」
「じゃあホラー撮る? やるなら、こんな感じで出来るけど」
☆☆☆
広島県尾道市にある空き地。その空き地には幽霊が出るという噂があった。
その場所に、二人の若者は向かっている。堂々と歩く男と怯える女。暗く、街灯のない道を懐中電灯を片手に。未来を担う若者達は噂を探る道へと進んでいた。
「ねえ、もう止めようよ……。ここ、幽霊が出るって話で有名なんだよ……?」
女が先を進む男にそう言う。だけど、男はケラケラと笑って。
「大丈夫だって。そんなものいないから。ほら、見えてきた。あれだよあれ」
坂道の向こう側に見えた空き家を、男が指差した。人の気配のない、電気も何もない、空き家がそびえ立っている。草木が生えていて、どこか不気味な雰囲気のある場所。
「あれが……?」
「そう。日本兵の幽霊が出るって噂の家。まあ、きっと嘘だけどな」
「日本兵? いったいどうして日本兵が出るの……?」
「なんかネットだと、あの家が日本兵の家だったらしい。帰ろうとしてるらしいよ」
男はそう言い、懐中電灯を家の方へと向けた。人の気配のない家、ネズミや虫の住み家と化した家がそこにはある。だけど、ある場所を照らした時、男は人影を見た。
「お、おい……」
男は思わず、女に呼びかけた。そして女も見てしまう。そこにいたのは確かに人。
旧日本軍兵士の格好をした、ライフル銃を持った一人の男が、いたのだ。
「――ひぃ」
小さな悲鳴を上げ、二人は身をこわばらせた。そんな二人に、銃を持った男が近づいてくる。懐中電灯が、そのシルエットを照らす。銃を持ったその男は、二人の前に立つと、告げた。
「あ、すいません。トイレ掃除したいんで、掃除用具買ってきてもらっていいですか?」
☆☆☆
「ホラー要素を消すんじゃねえ!」
シューの発した台詞に、カズマは脚本をその場に叩きつけた。
そのままシューに迫る。
「なんでそこでそんな台詞を出す! ただの困ってる人じゃねえか!」
「ホラーよりギャグの方がいいかなって」
「ホラーで作る方針だったよな!」
「何を言う。ホラーもギャグも作り方は一緒だ。ゲットアウトとハングオーバーを作った監督は同一人物なんだぞ。あの監督のおかげでホラーとギャグの本質は一緒だと」
「知らねえよそんなうんちく!」
カズマはそう叫んだその時だ。話を側で聞いていた一人の部員が手を上げた。
「部長、やっぱりBL要素が足りないと思うんですよ」
紅一点の発言に、カズマの冷めた目が向けられる。
「お前のBLを挟んでくる感じはなんなんだ」
「ボーイズラブは文明なんですよ。ね、ね、ね。いいでしょ? ねえ、部長」
上目遣いで、横山が部長に訴えた。女性に慣れていない部長はうろたえてしまう。
「え、ええ……。でもさ、BLはなんかぁ、ちょっとぉ……」
「部長! 私達にはネタがないんですよ! なら、少しでも可能性があるネタに賭けるべきですよ! まずはやってみましょうよ! ねえ!」
しかし。部長の逃げようとする姿勢を、決して横山は逃がさない。
結局、アキラはしばらく考えた様子を見せた後。
「うーん、じゃあ。一回だけやってみよう」
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