エピローグ そして今……

   

 全ては、昔の思い出だ。

 数年間をアメリカで過ごし、帰国してからは、もう合唱は続けていない。

 どこかアマチュアの団体で構わないから、近くで適当な合唱団を見つけて、また歌いたい……。そんな気持ちもゼロではなかったが、本格的に探す前に健康を害してしまい、もはや『合唱』をするには難しい体になってしまった。家で一人で声を出す程度は可能だが、定められた練習時間のために出かけていって……というのは、もう無理だ。


 今回これを書くにあたり、昔の楽譜なども引っ張り出してみた。アメリカで歌っていた頃の録音も見つけたので、例の「Nicht wandle, mein Licht」のソロについても、本当に久しぶりに聴き直してみたが……。

 いやはや、酷いものだ。


 当時も「自分のピークはセミプロの合唱団で歌っていた時だから、もう下手になっている」という自覚はあったが、それでも「この市民合唱団のテナーでは僕が一番だろう」という程度の自信はあった。

 でも、大きく時間が経過した今、改めて聴いてみると、本当に下手くそだ。まず子音の響きが足りなくて、ドイツ語の歌詞がきちんと伝わってこない。合唱初心者にありがちな欠点ではないか。

 また、声の響きも「うーん」と首を傾げたくなる。ピアノ伴奏に合わさって、溶け込むような――埋もれるようなではなく――ハーモニーが聴こえる部分もいくつかあるようだが、これが「いくつかある」という程度ではダメだ。本来、全編を通してきちんとハモるべきだろう。

 それに、高音部の響きが汚い箇所もある。その少し下くらいの、得意な音域はきれいに響いているだけに、余計に『汚い箇所』が目立つ。


 ……というように、自己嫌悪に陥りそうな部分も多いけれど。

 それでも「得意な音域はきれいに響いている」というだけで、個人的には満足して、当時を懐かしく思えるのだった。

 特に最終盤の「その部分は頭声ヘッドボイスで歌って」と言われていた部分。自分の贔屓目かもしれないが、あそこは本当に上手く歌えていた。完全なファルセットではなく、まさに『頭声とうせい』という感じの、美しい響き。今の私には絶対に出せない声であり、あそこだけは全盛期の声に匹敵していたのではないか、とすら思う。


 細かい点を挙げていったらキリがない。それらは別にしても、自分の合唱人生の最後で、アメリカという異国の合唱団で歌えたこと。アマチュアの合唱団ではあるが、そこでソロを歌えたこと。

 自分なりの精一杯のレベルであるセミプロの合唱団で歌えていた時期もある、という点も含めて、色々と貴重な経験を出来たのが、私の合唱人生だったと思う。

 こうして私小説のような形で――ほんの一部に過ぎなかったが――振り返ってみると、改めて「楽しかった」と満足できるのだった。




(「あいのうた ――再び始めたその先に――」完)

   

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あいのうた ――再び始めたその先に―― 烏川 ハル @haru_karasugawa

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