10
〈海竜の日〉から一夜明けると、それまでの喧騒が嘘だったかのように、オザンナはまた静かな港町へと返った。一帯を彩った飾りも露店も消え、観光客たちはみな、それぞれに帰路に就いた。来年の公演を約束して、〈宵の楽団〉も去った。
あいつらと行くことにした、と早朝、レナートさんは私に告げに来た。例によって飄々とした調子で、「なんたって楽団は稼げるからな。今度こそ真っ当に、親父の薬代を捻出するさ」
「じゃあ、しばらく会えなくなりますね」
と当たり前のことを言った私に、
「たった一年だろ。今はそう思えないかもしれないが、すぐだよ。どのくらいお前が上達するか、楽しみにしてる。お前は――俺の一番弟子だからな」
フリオさんはその後も海の見える工房に留まり、変わらずに楽器を拵えて過ごしている。〈海竜琴〉の定期的な調整も、彼は快く引き受けてくれた。コインではなくピックを使ったらどうかと提案されたが、この特殊な奏法に慣れてしまった今、変えるのは難儀だ。分厚くて硬く、縁がぎざぎざとしているコインでないと出せない、夢のような音色があるのだ。
私もまたオザンナで、一日の大半を〈海竜琴〉を抱えて暮らしている。いつか腕を上げて〈宵の楽団〉に加入する日が来るのかもしれないが、それはきっと、遠い未来の話だ。
ときおり〈海竜の浜〉を訪れる。エメラルドから深い青へと変じる海のどこかにある海竜たちの住処に思いを馳せながら、私はあの懐かしい旋律を爪弾く。
たった一年だろ、というレナートさんの言葉を、胸の内で繰り返す。〈海竜琴〉の音と海竜の歌声が響き合ったなら、私たちの時間は、再び動き出すだろう。
私は靴を脱ぎ置いて、素足を波に濡らす。海竜たちの訪れを、音楽とともに待ちつづける。
波打際から来た少女 下村アンダーソン @simonmoulin
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