読み終わった後、あんまり胸がいっぱいで、何と感想を書いたらいいのか分からないくらいでした。
空に浮かぶ島で空魚と呼ばれる生き物とともに暮らす少女たちのお話です。
『黄金の雨』と名付けられた空の国、青い空を巧みに飛ぶ空魚たち、夢の詰まった世界観が広がっています。
人名も空魚の名前も国の名前も語感が綺麗で、まるで穏やかなピアノの音楽でも聴くように美しい世界観を堪能できます。
今作は主人公ネアの成長物語でもありましたが、第二部ではとある陰謀に巻き込まれ、命の危機に曝されます。
もう自分は助からないんだ、駄目なんだという状況まで追い詰められたとき、人は希望を信じることもできないし、自分は無力だと感じるものだと思うのです。
ですが、ネアはどんなに苦しい窮地に陥っても希望を捨てませんでした。
友人のペトラや師であるイルマを信じ、自分の力も信じ、『私たちは絶対にあきらめない、絶対に大丈夫』そんな気持ちで窮地に立ち向かっていきます。
繊細ゆえにちょっと後ろ向きで苦手なものが多い印象のネアですが、ペトラやイルマに支えられ、自分の力で伝説の空魚と出会い、飛空船での旅を経て、凛々しい勇気が開花したように思います。
人々とともに空に棲む空魚たちも、体の大きな子、スピードの早い子、穏やかな子、個性豊かで魅力的です。
夢のような空の国に住む勇気ある少女たちのお話、ぜひ読んでいただきたいです。
世界には差異が存在します。
それは読者である私たちの住む現実でもそうですし、本作『竪琴鯨の伝説』でもそうです。
主たる語り手であるネアは、空魚使いという存在が憧れられる世界で彼女は適性に欠けていて、かつ彼女自身も空魚使いになりたいわけではありません。
親友のペトラは空魚使いを目指し、才能あふれる存在でネアとは対照的です。
ペトラはネアと共に在りたい、共に同じ世界を見ていたいと思っていますが、それでも二人の間には明確な差異があります。
彼女たちを師事するイルマもそうです。彼女は優れた空魚使いではありますが、彼女には彼女の夢があります。
この物語では皆のそれぞれの夢や想い、得手不得手が明確に描かれます。
そしてそれは断絶でもあります。
ネアが空魚に乗ろうと思っても乗れないように、
ペトラがいくらネアと空魚使いになりたいと願ってもネアとその夢は共有出来ないように、人々の間に断絶は確かに存在しています。読者である私たちの住む世界にもその断絶があるように。
しかしその断絶、差異をただの絶望としてこの物語は描かれていません。
竪琴鯨という伝説の存在とネアが想いを交わす歌があります。
人間の音域では到達できぬ音域のある歌。
それは人間であるネアだけでは決して歌えず、同時にまた竪琴鯨だけでもまた成しえないものです。
これはこの物語における差異とその向き合い方の象徴であるように思えます。
このネアが始めた歌をきっかけに物語は大きく動きます。
異なる存在との邂逅を機に、ネアは自らのその差異を周囲の人に示すことになります。
ネアが自らの差異を示すと共に、ネアもまた自分の知らなかった身近な世界と人々の側面を知ることなります。
親友のペトラの葛藤と願い、厳格であると思っていた空魚使い達は自分たちと変わらぬ様々な表情や感情を持った人間であるということ。
それは空魚と人間のように決して同じではない、明確な差異を持った存在でありながら互いに敬意を持った美しい世界です。
見えなかった、気づかなかった世界をネアが見つける第一部。
広がった世界でのネア、ペトラ、イルマの旅が描かれる第二部。
ネアが生きる世界はただ優しいだけではありません。
困難も、理不尽な出来事も、不幸も確かに存在している世界です。
それでも、その差異のある世界の美しさや素晴らしさを見出すこと、諦めないこと。
竪琴鯨、空魚、自分ではない他者を含んだ差異のある世界に生き、それを信じるということ。
その強さと美しさがそこに確かに生きている者たちの描写から、ちょっと人々の会話に至るまで通底して描かれているのが『竪琴鯨の伝説』です。
世界はどこまでも広大で、どんなことも起きて、それでもその世界を信じる強い勇気を持つネア、ペトラ、イルマたち。
そんな世界に生きる存在への敬意に満ちた物語です。
ぜひ、ご一読ください。
きっとこの物語は心地よい世界へと誘い、今私たちの生きるこの世界に向かう勇気も与えてくれることでしょう。