人魚姫 ~悲涙の最期編~


 もしも王子が王位継承順位第一位であったなら、正妻のチョイスは見た目よりも家柄重視になる。だが王子は危険な船旅にホイホイ行かせてもらえるところからしてその可能性は低い。


 王子の好みで選ぶとなると、当然ながら容姿は人魚姫に近いものになる。彼女こそドストライクだったからだ。


 そうして愛する王子の元へ、自分そっくりの女が嫁いでくる。

 嫉妬に気が狂った人魚姫は、短剣をたずさえて初夜の寝室へ侵入した。どちらを狙った犯行かはわからないが、見張りの兵士に取り押さえられ、絶望のあまり自害した。


 当然、遺族は大激怒。王国側へ訴えた。


「よくも私たちの大事な妹をもてあそんでくれたわね、ケダモノ! これだから四本足の動物は!」


 王様ピンチ。ロイヤル・スキャンダルは民衆の好物であり、政敵の大好物だ。


 そこで以下のような声明を発表した。


――王子に一目惚れした人魚は、ストーカー行為を繰り返した挙句、魔女の元へ赴き、あやしい取引に手を染めた。外部機関が調査したところ、そこに王子の関与はとの報告を受けている。


 あとはこれに「世間をお騒がせして申し訳ない」とか「大変遺憾いかんに思う」とか定型句を挿入する。


 だがこれだけでは弱い。世論は女性を中心に、人魚姫への同情に傾きつつある。

 そこで王様は腹心を国中に放ち「人魚姫は姉たちにそそのかされて王子を刺殺しようとした」と吹聴させた。


 自国の王子が狙われた、しかもそれが部外者の差し金となれば、国民のヘイトは一気に外へ向く。王子は非難されるどころか、被害者扱いだ。


 外に敵を作っておけば、為政者への不満は目減りする。

 裏工作ではない。政治手腕だ。


 こうして人魚姫のストーリーは作り上げられ、語り継がれる。

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白鷺姫と一人の小人(あと、王子) 上田 直巳 @heby

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