そうじゃない
スマートフォンの画面から顔を上げると、定食屋のテーブル越しに友人の得意げな顔があった。
私は視線を落としてドヤ顔から眼を逸らすと、今まで読んでいたweb小説投稿サイトに思考を戻した。
主人公の前にニンジャが出てきたところで本文は終わっていた。何度見ても次のエピソードはない。完結済みである。
「どうだった? 俺の書いた小説」
友人が尋ねる。
日頃からいい加減なことばかり喋っている自覚はあるが、さすがにこれには即答できない。継ぐ言葉が見つからない。
まずこいつが「そういえば俺、小説書き始めたんだよ」と打ち明ける。それはいい。
続いて「お前の好きな『一人称があたしの倫理観がおかしい女』の小説書いたんだよ」と言う。それもまぁいい。
「そんなに長くないからちょっと今読んでみて。それで感想聞かせて」と頼まれてそいつのページを開く。まぁそういうこともあるだろう。
そういう経緯で読まされた作品がこれである。
我ながらめんどくさい自覚はあるが、私の好きな「一人称があたしの倫理観がおかしい女」はこういう感じのじゃない。うまく言えないがもっとこう、もっと突き抜けておかしいというか、おかしいなりにちゃんと方針があるというか……とにかくこれでは、単に不愉快な人物の独白を聞かされただけである。主人公は自分勝手な決めつけが多すぎるし、自分のやったことに対する反省がなさすぎる。というか単純に頭が悪い。確かに一人称が「あたし」で倫理観もおかしい女だが、それにしてもこれはない。
加えてこのラストシーン。あまりに唐突な幕切れだ。こいつ、ニンジャを出しさえすれば、物語を終わらせていいとでも思っているのか?
「いやぁ、ラスト全然思いつかなくって、ニンジャに殺されたことにしちゃった」
本当に思っているのかもしれない。
呆れていると、友人はテーブルごしに、こちらにグッと乗り出してきた。
「で、どうだった? 全然評価つかないんだよね、それ」
「ああ、だろうね、うん……」
「流行りの長文タイトルとかじゃないし、目に留まらないせいかもしれないな」
「ああ、どうかな……」
「でも主人公のキャラクターは、我ながらいいと思ってるんだよね!」
「はぁ……そうなんだ……」
友人の笑顔はキラキラしていた。
その顔を見てしまうと「全然違う」とは言い難く、私は黙って(今すぐどこかからニンジャが出てこい)と祈った。ニンジャは出てこなかった。
地雷女と黒い影 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます