第5話 独りよがり

 「いらっしゃいませー」

 「どうぞー、お預かりします」

 「傘の袋開けますか?」

 「レシートはご利用になりますか?」

 「ありがとうございましたー」

 よし。丁寧でいい接客が出来たなぁ、と太郎は満足げな表情で店を出る客の後ろ姿を眺める。

 ん、やっぱり雨結構降ってるなぁ。

 太郎は左腕を前に一度突き出してから格好をつけて時計を見た。

 時計の針は、19時丁度を指していた。


                ー5ー


 突然、頭の一点に冷たい感覚が走る。そしてその感覚は数秒後、頭の至る所に広がった。あぁ、雨か。

 「チッ、まじかよ」

 突然の雨に鈴木は思わずそう呟いた。

 天気に悪態ついたってしょーがないでしょ。鈴木は自分に言い聞かせて黙々と歩くスピードを上げる。

 まったく、せっかくの早上がりがこれで台無しだぜ。

 急いで一張羅のスーツの上着を脱ぎ、丸めてかばうようにして抱えた。

 鈴木は金のないサラリーマンであった。しかも、勤めるのは長時間残業、休日出勤当たり前の超がつくブラック企業。今は若さで何とか乗り切っているが、それでも年々体力的にも精神的にも辛くなってくることは間違いなかった。

 しかし取り敢えず今日はなんとか早く退社できた、と思ったらこの雨である。

 鈴木は募る苛立ちと疲れを振り払い、降りしきる雨の中を歩き続けた。

 自宅のアパートの近くまで歩いたところで、ぼうっとした白い明りが目の端に止まった。コンビニだ。

 まぁ早く帰れたんだし折角だからコンビニでビールでも買ってパーッと贅沢でもするか。

 普段カップ麺やレトルトの買いだめ等で食事を済ませている鈴木にとって、コンビニのお惣菜やつまみは細やかな贅沢だった。ましてビールなど普段は絶対に飲まない。残業終わりにビールを飲むと朝起きれなくなるからだ。

 鈴木はやっと見つけた小さな幸せに心躍らせながらコンビニに入った。

 「いらっしゃいませー」

 店員の声など聞こえないかのように、びしょ濡れの手で買い物かごを掴み、急いで商品を探しに店内奥へ足を進める。

 いったい何を急ぐことがあるのだろう。しかし、鈴木は少しでも長く家での時間を満喫したいという事しか頭になかった。

 ビール、ハイボール、ポテトチップス、ナポリタンスパゲッティ、総菜は・・・

 鈴木は考えうる限りの贅沢を詰め込んだ買い物かごを持ち、レジに突っ込んだ。

 「はい、お預かりします」

 ピッ、ピッ、ピッ、

 この時間が鈴木には途轍もなく長く感じられた。

 「こちら温めますか?」

 家であっためて食うか、早く帰りてぇし。

 「あ、大丈夫です」

 「レジ袋にお入れしますか?」

 は?入れるに決まってんだろうが、ボケてんのか?あ?

 「はいお願いします」

 「1854円になります」

 うわたけー、ちょっと買いすぎたか?まあいいか、早くうちに帰って、――

 「レシートはご利用になりますか?」

  ―― チッ

 あ、やっちまった。

 鈴木は思わず舌打ちしてしまったことに気が付き、はっと我に返った。

 しかし無言でそのまま、逃げるように店を後にした。

 店員は何とも言えない表情で鈴木が出ていったの自動ドアの先を見つめていた。

 雨はいつの間にか土砂降りになっていた。

 

 


 

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コンビニ店員とは、徒然草。 鈴木 クレオパトラ @skgansam

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