第2話 人を見る

 「いらっしゃいませー」

 「はい、お預かりします」

 「はい、ありがとうございます」

 太郎は今日もたった一人でコンビニ店員鉄板の台詞を機械のように口から発して客を捌く。

 腕時計を見ると時計の針は19時を少し回った所だ。

 太郎がコンビニのバイトでワンオペを任されてから早くも1週間が経った。

 ふと右腿のポケットを撫でるように触ると硬い感触がある。スマホだ。

 ワンオペ初日を経て、バイト中にスマホをいじることは時間を潰すどころか返って時間を長く感じさせてしまうだけだということに気付いた。

 2人や3人でシフトを回しているときに比べ、レジに客が来ないかと気が散って集中してスマホを見ていられないからだ。

 太郎は、時間を何とか潰せないか、何とも安直だけど人間観察なんてしてみようかなぁ、などと思っていた。

                ー2-

 人間観察とはいったい何だろうか。

 顔を見る?性別や体形を見る?服装?はたまた行動?

 そんなことを考えながら太郎はレジを叩く。

 60代くらいの背の低い根暗そうなおっさんがレジに来た。

 「これ、あっためて」

 太郎はいつも来るこのおっさんが大嫌いだった。

 おっさんは決まっておにぎりを2つと小さな紙パックの野菜ジュースを買うのだが、その時いつもおにぎりを温めろといつも言ってくる。

 実は普通のおにぎりはコンビニのレンジでは温められられない。

 というのも、コンビニのレンジは家庭用とは違い、ワット数が1500W固定と高くなっているからだ。要は、商品に表記があるもの以外は容器の破損等が考えられることから温められない決まりになっているのだ。

 こうした事情をいくら話してもおっさんは毎回頼んでくる。

 しかも見た目通りの根暗野郎で、声は小さく口調は偉そうといった調子だから余計に腹が立つ。

 太郎は心で溜息と悪態をつきながらいつも通りの説明を繰り返そうとした。

 刹那、ふとおっさんのある一点に目が留まった。指輪、それも結婚指輪だ。

 こんなやつにも奥さんがいるのか?この年齢だと孫なんかもいるのだろうか。

 そんなことを考えた。

 「はぁい」

 間の抜けた返事をしておにぎりをレンジに入れて温めた。

 「ありがとうございますー」

 不思議な気持ちだった。

 実は太郎は、おにぎり1つ程度なら10秒ほど温めればいい感じになると経験から分かっていた。しかしいちいちレンジに物を入れて待つ面倒臭さから、ルールを盾にほとんど温めたことはなかった、が。

 おっさんが帰った後、太郎はしばらく無表情でぼーっとどこか一点を見つめていた。

 そして、

 「ふっ」

 と小さく笑った。

 心の中で何かが変わった気がした。

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る