第4話 人と人

 「いらっしゃいませー。はい、お預かりします」

 「お弁当温めますか?」

 「ありがとうございましたー」

 最近、何かいい感じかも。

 話す台詞も増えたし、お客さんに感謝されることも増えたよなぁ。

 太郎はすっと、少し格好をつけて腕時計を見る。

 時計の針は、もう20時になろうかという所を指していた。


              ー4-


 「ありがとうございましたー」

 深めのお辞儀をしてから太郎はチラリと腕時計を見た。21時30分ちょうど。

 ああ、今日もようやくここまで来たか。

 しかし、17時~22時までの長丁場にしてここからの30分がとてつもなく遠く感じる。

 「いらっしゃいませー」

 太郎は入店する客の顔をちらちらと確認していた。

 まだかなぁ。

 太郎が仕事を終えるのに、時間の他に大切なプロセスがある。

 当たり前といえば当たり前なのだが、夜勤メンバーとの交代だ。これをしなければいくらシフトの時間が過ぎようと永遠にバイトを終えることが出来ない。

 別に30分前に来なければならない決まりはないのだが、太郎はキムさんとコリンさんが気がかりで仕方なかった。

 キムさんとコリンさんは今日の夜勤メンバーだ。

 2人はいわゆる外国人留学生というやつで、太郎よりも3つほど年上だから、太郎は敬意を込めてさん付けで呼んでいる。

 アルバイト業界での外国人留学生は低く見られがちだ。

 年上の外国人留学生に対して呼び捨て、ため口などは当たり前、仕事を押し付けて自分はスマホでゲームなんてのもザラだ。

 しかし、太郎だけはこの様な外国人留学生への態度を嫌い、さん付け、敬語で話すことにしている。

 働き者で、気さくでユーモア溢れる性格の彼らだが、欠点が一つだけある。よくシフトの交代時間に遅れるのである。

 太郎はこれをあまりよくは思っていなかった。

 5時間のシフトを一人で回している太郎にとっては、5分の遅刻だってどうしても気にかかってしまうものだった。

 終わりと思っていた時間が延びることほど辛いものはないよな、と太郎はいつも思う。

 結局、今日も2人は22時を少し回ったくらいにコンビニに入ってきた。時間にして5分ほどなのだが、これが気に食わない。

 いつもより疲れていた太郎はイラついた様子を隠そうともせずに、

  何で遅れちゃったんですか? ――

 聞こうとして口を閉ざす。

 太郎はなぜ2人がよく遅刻するのか知っていた。

 彼らの通う日本語学校ないし専門学校の終業時刻は15時から17時当たりが相場なのだが、家に帰ってから彼らが何をするのか。

 寝るのだ。夜勤に備えて。給料の高い夜勤で朝まで働くために。

 知っていた。彼ら外国人留学生は常に学費、家賃、食費と金に困り、少しでも給料の高い夜勤でバイトしなければやってゆけないのだと。

 前にそう、彼らから聞いた。

 その時は、

  ―― わかったから時間は守れよ 

 なんて言った気がするが。

 などと一人考えていると、

 「ゴメンゴメン、お疲れサマデスー」

 「ゴメンナサイネー」

 と、ひどく外国訛りの日本語で謝る2人の申し訳なさそうな声が聞こえた。

 「いいよいいよ大丈夫、お疲れさまです!」

 笑顔で言った。

 とても疲れていたのにいい気分だった。

 2階にある事務所で帰り支度をしながら、太郎は

 「ふっ」

 と小さく笑った。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る