第4章 ~観測者~

こちらのお席へと、カウンター席へ通された。

店内を見渡すと、幅20m,奥行き5m程度の空間に、ソファー席が2席、テーブル席が1席あるのみだった。


「いらっしゃい、メニュー置いておくから、決まったら呼んで」

「すみません、庭のあの席でも食事できるんですか?」

「あそこは予備席だから、基本は遠慮してもらうことにしているの。と言っても今日オープンだし、まだ来たお客さんはあなただけだから、これからそうするつもりというのが正解かな。メニューはどれ頼んでも後悔させないからとにかく選んだら呼んでね」

そう告げると、彼女は厨房に通じると思われる扉の中へと姿を消した。


今日オープンだったのか…そりゃ、知らないわけだ。そうメニューに目を落とすと、


『ランチメニュー』

今日のメイン ¥1,200

・A (鶏肉料理)

・B (卵料理)

・C (魚料理)

ソフトドリンク ¥450

・烏龍茶

・コーヒー

・カフェラテ

・紅茶

・オレンジジュース

デザート ¥550

・バニラアイス

・日替わりデザート


とだけ書かれていた。


「すみませーん。」と呼びかけると、30秒足らずでやってきた。

「お決まりですか?」

「いや、メニューに大した内容が記載されてなくて、選びにくいのですが。」

「あ、ごめん!説明してなかったね。実は、今日仕入れられた食材や、お客様の雰囲気なんかを見てその場で作るから、固定のメニューはないの。あなたを観察したところ、寝れていないのか、だいぶ疲れが溜まってるでしょ?それから、昨日の夜ちゃんと食べた?あまりそうは見えないから、胃に負担がかからないように鳥料理のササミと緑黄色野菜のパスタサラダと鶏もも肉の甘酢煮とかだといいかな?他に何か食べたいものがあれば作ってあげても良いけど、どうする?」


意外にも的確な提案に感嘆の意を覚えた。


「驚いたな。正直、ただの非常識な女性という印象だったけど、よく見てるんですね。じゃあ、とりあえずそれでお願いいたします。」

「非常識とは失礼な!まあいいわ、少々お待ちください。」とやや笑いながら、あっさりと厨房へと戻っていった。


待っている間、改めて庭を見た。

門から店の入り口まで伸びる石畳の通路に沿って色取り取りの花が植えられている。噴水やハーブやミニトマトを植えている花壇もある。いかにも洋風な庭だ。

しかし、奥の一角に、梅の木が植えられていた。

「洋風な庭に梅の木なんて植えるんだ。」私にはこういうセンスがないので、よく分からない。


そういえば、梅の花を見ると、小学校でのボランティア活動を思い出す。学校で希望者を募り、週末行われる地域のレクリエーションのお手伝いをしていたのだが、梅さんだか、花さんだか、なにさんかは忘れたけど、その人が振る舞ってくれたお弁当が舌鼓を打つほどに美味しくて、ボランティアを毎週の楽しみにしていた。


そう色々な思いを巡らせながら、料理が来るまで店内を眺めていると勢いよく扉が開いた。


「おまたせ〜。ササミと緑黄色野菜のパスタサラダです!」

平皿に盛られた黄色く光るパスタの上に、キャベツ、小さくカットされたブロッコリー、ささみが綺麗に盛り付けられており、合わせて乗っているトマトが見た目を華やかにしてくれる。肝心の味は、野菜や鶏肉の旨味がしっかりと出ているさっぱりとした味わいで、病みつきになりそうだ。


「あと、こっちが鶏もも肉の甘酢煮です!」と言われ、小鉢が出てきた。香りからして間違いなく美味しい。


箸を伸ばした瞬間、

「そろそろ教えてくれない?さっきのやっぱりってなに?」と尋ねてきた。なんとも間が悪い。


「話しても良いですけど、その前になぜ僕が疲れているだろうということがわかったんですか?」と尋ねると、

「あー、それ?簡単なことだよ!だって、肌はすごく綺麗なのにやや乾燥気味で、髪の毛が寝癖で跳ねてるでしょ?着ているシャツはアイロンがかかっているけど、こんな土曜の昼間に一人で外食しようとする人に同棲している恋人がいるとは思えないから、普段、仕事用のYシャツにアイロンをかけるついでに、私服にアイロンをかけているんじゃないかと思ったの。まあ、今の時代、女がそういうのを面倒見るのってどうかとは思うけどね。ちゃんと襟元や袖口までアイロンをかけ、肌の手入れもしているような几帳面な人が寝癖頭で出歩くなんてよっぽど疲れているんだろうなと推理しただけだよ。それに、やたらお腹も鳴っていたし眠そうな顔を見たら、ただ疲れているだけじゃなく血糖値も低いのかなと推察した。だから、昨日の夜ご飯食べてないのかなと思ったんだよね。」

としたり顔で語った。


てか、寝癖直さず出かけてたのか。少し赤面し、俯いた。


続けて彼女は、

「じゃあ、君の話を聞かせて?」と待ちきれないというように笑顔で身を乗り出してきた。


約束は約束だ。


気乗りはしないが、回想録でも聞かせるかのように語ることにした…

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「僕と靴紐女 人生ハードモードなんていうが僕のそれに比べたら虚構に過ぎない」 R.M.ヒロ @Rohdea24

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