第3章 ~発見~

家に着くと素早く戸締りをしてソファーになだれ込んだ。

あまりにも恐ろしい体験をしたことで、全身から力が抜けてしまった。


『アレ』が新手のナンパだったら笑い話にもできただろうが、こんな話をしたら、空気は沈没船のように沈んでいくだろう。

こういう話でも共有できる誰かが欲しいなんて思いながら、瞼は重く閉じていき意識は遠のいていった。


翌朝、カーテンの隙間から煌々と差し込む暖かな日差しに包まれて目覚めた僕は、しばし夢心地でいた。

時間を確認すべく枕元のスマホに手を伸ばす。海面煌めく写真が背景の画面には午前10時半の文字。

寝坊かと慌てて飛び起きたのだが、よくよく見ると土曜日の文字があり安堵した。


画面からの刺すような光で一気に現実へと引き戻された僕は、

「ほっとしたらお腹空いてきたな〜。冷蔵庫に何かないかな?」

とキッチンへ向かい、冷たく重たい扉を開けたところで、今日は外食にしようと決めた。

「そういえば、昨日は夕食を食べてなかったっけ。なら、今日は朝からガッツリと食べよう」

と駅近くのファミレスに向かうことにした。

『アレ』にまた遭遇するのではと外出はやや躊躇われたものの「昨日のことは夢だったんじゃないか?きっと、そうに違いない、夢なら忘れてしまおう」と言い聞かせ、外への扉を開けた。


この歳になって、社会の恐ろしさに気がつくとは、日本人は平和ボケしていると言われても仕方ないかもな、なんて考えながら住宅街を少し歩いていると、見慣れない看板が出ていた。

看板と言っても、A2サイズくらいの黒板に『café カフェ Observateurオブサーベーター|』と『コーヒーあります』と簡易的なランチメニューが書かれているものが、路上に置かれていただけだった。


「こんなところに店あったっけ?」


一瞥しただけでは、それなりに高い門と柵、それから庭木のコニファーが目隠しとなって店の様子は伺えない。

漸く隙間を見つけて少し覗くと、庭はイングリッシュガーデンのように手入れされており、そこにテーブルが一席置かれていた。ここが店なのだろうかとしばらく眺めていると、中から呼びかける声が聞こえた。


「入るの?入らないの?そこにずっといられても迷惑だから、とりあえず入りなよ。」


どこか監視カメラでもあるのだろうか。見渡してみたが見当たらない。

驚くことに、聞こえてきたその声は、昨日の女性の声によく似ていたのだが、

まあ、そんな偶然ないよねと思い、また、この得体の知れぬ店に心惹かれたこともあって、

「わかりました。ここの門からで良いですか?」と答えた。


「うん。大丈夫。勝手に開けて入ってきて」

と良くいえばフレンドリーに、悪くいえば馴れ馴れしい返答が来た。

門を開けると、そこにはエプロン姿の見覚えのない女性が立っていた。


「やっぱり…」僕は安堵して独りごちた。

「やっぱりって?」と不思議そうに尋ねられたことで、心の声が漏れていたことを知り赤面した。

「え?聞こえてました? いえ、なんでもないです。」

「いやいや、結構大きい声で言ってたよ?気になるじゃん、教えて?」と距離を詰めてきた。

鼻をくすぐる甘い香りに惑わされかけたが、これで確信を持てた。

やたらぐいぐいくるこの人はフレンドリーではなく、馴れ馴れしいのだと。

(人の家をまじまじと覗いていた僕に言える義理ではないが。)


普段は良識ある行動を心がけているのだが、通報されるリスクを冒してまで覗いたということは、

やはり店には惹かれる何かがあるのだろう。

となれば、店員の印象くらいで折れるわけにはいかない。

「わかりました。あとで話します。せっかくですし、座ってからでもよろしいですか?」

とやや不快感を示すと、

「あ〜。ごめんね。じゃあ、こちらへどうぞ!」


僕は、エプロン姿の女性に連れられ店内へと進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る