第2章 ~対峙~
最初は幽霊であって欲しいと思った。
こういう時は決まって女・子どもの幽霊であり、そうでなければ信じ難いほど猟奇的な状況なのだ。
しかし、噂に聞くように、透けていたり、青白かったりはしていない。
血の通った人間のようだ。
次に思ったのは、泥酔状態あるいはアッパー系薬物で興奮状態にあるかだ。
しかし、目は据わってはいないし、顔色もいいので、どうやら違うらしい。
精神疾患なども考えたが、確認する術はない。
それにしても、真顔で、あるいは時々半笑いで靴紐を引っ張る彼女には狂気以外の言葉は当てはまらないだろう。
元来僕にはこういう状況で声をかける勇気などなく、血の気が引いていき視界が歪んだ。
が、当事者になった今、刺激しないように、下手、下手を意識して声をかける他なかった。
「あの…、何をなさっているのですか?大変申し訳ないのですが、歩きにくくて…。
恐れ入りますが、離していただけないでしょうか?」
すると彼女は、目を見開き、驚いた表情を浮かべた。
いやいや、驚くのは違うだろ。そう突っ込みかけたが思ったが、彼女の言葉で遮られた。
「これはすまない。あなたを駅前で見かけた時、靴紐の解けた状態で歩いていたものだから、ついつい踏みたくなってしまったんだ。正直、踏んだその場で気付かれるとは思ったのだが、心ここに在らずでぼーっと進んでいくから、試しにそれを掴んで引っ張ってみた。されど反応なし。もっと引っ張ったらどうなるか、興味が湧いて、思わずつかんでしまっていたというわけさ。」はははと高笑いした。
「いや、納得できないんだけど。そもそも言葉で教えてくれれば良いのに。」
心の声が常識人でよかった。溢れ出た言葉は意外にも友人のようにフランクで、一太刀浴びせてはいないようだ。
怒りはしなかったものの、
「それじゃ面白くないだろ?人間の反応を見るのが好きなんだ」
なにを当たり前なことをとでも言うような返答に僕は堪えられず、ゾワゾワしたものが全身を駆け巡った。
この人を表すなら枕詞は「ちはやぶる」だろう、神と同一視するのは不相応だが…
不意に立ち上がった彼女を見てまた目を疑った。
モデル体型のように非健康的な体系ではなく、
締まった足腰にピアニストのように細長い指に身長170センチくらいの、
先程の奇行を見ていなければ心底惹かれるくらい美しい女性がそこにはいた。
すると、この奇人は蛮行に満足したようで、
「面白い体験ができた。感謝する。では、失礼する。」
と名乗ることなくそそくさと薄暗い住宅街へと姿を消した。
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