第5話 ○○を召還してしまったため滅びた異世界
「人間の王国が滅びました」
「はぁ?」
魔王は間の抜けた声を上げた。
先日勇者を召還したであろう国へ偵察に向かわせていた者からの報告である。
ある程度追い詰められた人間たちは禁断の被術に手を出し、これから勢力を盛り返し反撃して来るであろう。
そう思っていたのだが滅んでしまったらしい。
一体何がおこったのか?
予想外の事態に魔王は3日前に起こった事を思い出していた。
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(※今回は口裂け女とは別の世界のお話です。)
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三日前の昼。
魔王は何者かがこの世界に召還されたのを感じた。
明らかにこの世の者とは違う力を持った存在が入ってきたからだ。
「小賢しい人間どもが別世界から勇者を呼んできたか」
古来より魔王を討伐するために行われてきた儀式。
だが、そのために魔王はあらゆる対策をしていた。
まず宝箱の撤去。
敵対する王国は資金難のためろくな援助をしない。
なのでこちらの陣営から奪った財産をすべて着服してよいという私掠船団(国が認めた海賊)のような制度をとっていた。
すなわち、資金源さえ断ってしまえばろくな武装もできない状態となるわけだ。
次に魔物の移住。
弱い魔物同士を集めて戦闘経験を積ませては逆に成長の機会を与えてしまう。
なので各地域に強い魔物を配置したことがあったが、それさえも勇者は「バグ」なる裏技で倒してしまった前例がある。
そこで「そもそも、戦闘経験を0にさせれば強くなれないのではないか?」と気がついた軍師の進言通り、勇者が現れた地域の魔物は徹底的に逃げるように指示をだした。
この余った戦力を利用して、一町一城を堅実に侵略し武器防具などを徹底的に破壊して逃げさせる。
焦土作戦により弱いまま勇者と戦うというセコい作戦を魔王は準備し来る日に備えていたのだ。
他にも考えうるありとあらゆる事態を想定して入念な準備を整えた。
その布石がついに生かされる時が来る。
そんな不安と期待が混ざった状態で魔王は勇者の到来を待った。そして
「報告です」
人間の王国を偵察させた魔物から連絡が入る。
ついに戦いの始まりか
勇者がどこに向かったのかさえ分かれば魔物の大移住の始まりだ。
いっさい強くなれずに先へ進む恐怖に恐れおののくがよい。
そんな決意を胸に、玉座から立ち上がろうとすると
「人間の王国が滅びました」
冒頭の報告が来たのである。
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○○を召還してしまったため滅びた異世界
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「本当に誰もおらぬな…」
無人となった王国を歩きながら魔王は現状が報告通りだった事を確認した。
通りには人っ子一人おらず、室内では用意された食事が
そのまま残っていた。
「猫などの生き物は残っているのか…」
うらぶれた道具屋の店先にはけだるそうな黒と白の毛の猫が戻ってこない主人を待つかのように鎮座していた。
なのに、通りにあふれていたであろう人の姿は影も形もないのだ。
いったい何がここで起こったのか?
これだけの人間が消えたというなら大規模な戦いか魔法が使われたはずである。
だが石造りの建物は無事であるし、裏道の今にもこわれそうな木造りの倉庫ですらそのままで残っている。
王宮にも入ってみたが無人である。
「マ?(マジなことであるか?)」
あまりに予想外の様子に略語となる魔王。
「マ(マジだよ)」
同様に驚きを隠せない軍師も律儀に略語で返事した。
王宮の広間にはきらびやかな装飾の王冠が玉座の上に転がっているだけ。
「おや」
軍師が何かに気がついた。
「どうやら地下に生存者がいるようですな」
「牢屋に入った罪人か何かか?」
何の情報も無い今、生存者は貴重な情報源だ。
さっそく階段を降りていく。すると
薄暗い地下牢の最奥、そこで明々と灯る光魔法に囲まれた
一人の老人がいた。
しわだらけの顔は恐怖で固まっており、何者かにおびえるように歯をガチガチとうちつけている。
「これは、前回召還された勇者のようですな」
そういわれて魔王はかつて見た男の面影を思い出した。
勇者 サブロウ
チキュウのニホンという国から召還された男だ。
彼が40年前に先代魔王を倒したため魔族の勢力は一時減退した。
その後、英雄ともてはやされた勇者は老いとともに力を失い、魔族たちは勢力を盛り返したのだが…
「こいつだけ生きているのか」
唯一の生存者である元勇者。だが、その勇者ですら恐慌状態である。
一体ここで何が起こったのか?
ゆっくりと話を聞きだすと、元勇者は言った。
「…………………………………………サトシじゃ」
「サトシ?」
聞いた事のない名前に2人は首を傾げる。
「村の神社…境内の祠…祭りを忘れられた…」
よく分からない単語を、とぎれとぎれ話す元勇者。
「こやつは一体何を言っているのだ?」
「おそらく、召還された男は元勇者となんらかの因縁があったのでしょう」
「お主、ここでいったい何が起こった?」
ただならぬ様子に魔王は元勇者に問いかける。
「…ああ……ううう」
しかし老人の目はうつろで、何もない虚空を見たかと思うと、うつむいて「サトシが…サトシが…影が…影が…」と言うだけだ。
「らちがあかんな。おい、勇者。影がどうした」
そういって牢の中に入ると勇者の前に立とうとした。すると
「ああああああああああああああああああ!!!!!!」
急に叫びだした。
「おい!どうした!」
「サトシ!サトシが!影!影!影だ!いやだぁあああああ!!!」
恐慌状態になった元勇者は泣き出した。
「いったいどうしたというのだ?」
「よく分かりませんが、影を異様なまでに怖がっているようですな」
そういえば、この地下牢はろうそくが明々と灯っている。
それこそ影が見えないほどに。
「一体なぜ、ここまで影を恐れるのだ?」
そういって、魔王が一歩足を踏み出すとその体で軍師に影がかかる。
「軍師?」
振り返ると軍師の姿は消えていた。
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「おい!サトシってなんじゃ!軍師はどこに行った!」
魔王は元勇者の胸倉をつかんで詰問する。
下手な回答では命すら奪いかねない形相だった。だが
「無駄じゃよ。サトシは順番じゃ。順番に襲ってくる」
そういうと、元勇者はロウソクを蹴りとばした。
先ほどまで大事にすがるように
「あーーーーーーー!!!」
「異世界に来て、やっと逃げられると思ったのに!何で!こんな!クソ!クソが!クソクソクソクソクソクソ!!」
精神が崩壊したかのように頭を何度も壁にたたきつける元勇者。
「サトシは無敵の存在…何者もサトシを」
「だからサトシってなんじゃー!!!!」
「サトシは順番なんじゃよ、ワシの次はお前、お前の次はワシ…」
そういって互いを指さすと「フフフ」と不気味に笑いだし
「ヒヒヒ…ヘヘ…ヘヘヘヘ…アヘラヘラヘレ…」
ヒー。ヒー。と浅い呼吸を何度も何度も繰り返し
「終わりだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
絶叫した。
「破滅だ!破滅だ!なぜこちらの世界にまでサトシがくるのじゃ!!!破滅!破滅!フヒーフヒーッ!!!!」
急にヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!と奇声をあげる。
その姿は今まで見たどの人間や魔物よりもおぞましく恐ろしい存在に思えた。
「来るなら来いよ!わかっとるんじゃぞ!お前がそこにいるのは!影の隅から!星辰の彼方から!わしを狙っておるのを!」
そういうと手当たり次第に極大魔法を唱えはじめる。
地下通路が爆発と衝撃で崩れ出す。しかし、勇者は何かにおびえたように「死ねっ!死ねよ畜生!なんでここまできたのに、せっかく安らかに死ねると思っていたのに!ふざけんなよ神様!おかしいだろこんなの!!!」
魔王さえも殺されかねない大魔法の連発に、周囲は爆炎の煙があふれ、何もみえなくなる。
「はーっはっはっは!ざまあみろ!これでワシは安全…は?なんでお主が?いや、ちょっ!嘘だろ!やめてく…いや、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだごめんさいごめんさいごめんさいごめんさいごめんさいもうしませんもうしませんもうしません」
立ちこめる煙の向こうに何かがいる。
そう魔王は感じたが、足がすくんで動けなかった。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」
何かが確実に削り取られていく感覚を感じながら魔王はその様子をただ聞いていた。
ベヒモスやヘカトンケルとは異なるおぞましくて強大な何かにみつからないように、必死に声を押し殺して部屋の隅でガタガタ震えて「神様助けて」と泣きながら、かつての宿敵が消えていくのを感じていた。
どれほどの時が過ぎただろう。
夜が明け、天井から日の光が射し込んできた時、そこには何もいなかった。
助けて。
そんな声が聞こえた気がしたが、煙が晴れた牢獄には何も残っていなかった。
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「あー」
大魔法の連発でがれきと化した王宮。あたりにはやっぱりだれもいない。
その惨状の前でたたずんだ魔王は
「………………………帰るか」
何も見なかった事にした。
どっとはらい。
異世界怪談 黒井丸@旧穀潰 @kuroimaru
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