第3話 ホラー作家 異世界の怪談事情に悩む

 異世界にとばされたホラー作家、鬼瓦☆ゴンザエモンは悩んでいた。


 ――この世界、ホラーがホラーとして通じない。


 ほとんどの怪異現象は魔法かモンスターで説明されてしまうのだ。


 例えば、学校の七不思議を例にとってみよう。


 仮に勝手に鳴り出すピアノがあったとする。

「ああ、ポルターガイストだよね。楽器を鳴らしたりスプーンが飛んだり、やっかいな相手だよ」

 酒場にいる戦士は、ごく普通にそう答えるだろう。

 この世界だと恐怖ではなく、ありふれた魔物であり駆除対象となってしまうのだ。


 動く骨格標本の話をしたときには

「……スケルトンじゃん」

 の一言で会話が終了した。


 骸骨が動くのは十分恐ろしいし不思議だと思うのだが、あまりにもありふれた光景だと恐怖を感じないらしい。

 まあ叩けば倒せるのもあるだろうが…。


 異世界に通じる怪談はワープゲート。

 階段が一段多ければミミックが化けている可能性がある。


「絶望した!異世界のホラー台無しっぷりに絶望した!!!」

 と鬼瓦☆ゴンザエモンは頭を抱える。


「へえ、異世界から呼ばれて来たなら何か一つくらいチート能力を貰えるもんだと思っていたんだけどねぇ…」

 と隣に住む傭兵 クラウスはトリビアを聞いたような『へぇ』といった顔で言う。

「それなら良かったんだけどねぇ…。最近は手当たり次第に呼び出して才能があるのだけスカウトする形式に変えたらしい」

 いわば、一本釣りから地引網漁に切り替えた感じらしい。

 どうせなら最後まで面倒を見てほしいものだと鬼瓦はぼやいた。

「急に誘拐されてナイフ一本やるから魔王を殺せとか暗殺指令出すとかありえないだろう。普通」

 結局、文字を必死で覚えて作家をする事にしたのだが、ホラージャンルが単なる戦闘の事例集となってしまい、早くも廃業を考えないといけなくなったらしい。

「こんな世界で生きてくには冒険者にでもなるしかないか。でも体を動かすのは苦手だからなぁ…」

 その名とはうらはらに鬼瓦☆ゴンザエモンは弱い。

 戦闘力でいえば1。

 

 ゴミ以下である。

 

 パソコンが無ければ話を書くのも無理だし、家事も不自由する。

 冒険など行けば、1日で立派な犠牲者が出来上がるだろう。


「だったら、とっておきの怖い話をしてやろう」

 とクラウスが言う。


 こちらの世界の住人の怖さのツボを知るのは大変助かる。

 マーケティングリサーチは大事なのだ。

 真剣な面持ちで鬼瓦☆ゴンザエモンは耳を傾ける。

 

『この世界は、ある神様が見ている夢だと言う。』

 とクラウスは おごそかに言う。

『神様に仕える従者が好き勝手に遊ぶため、楽器を作り神様を眠りに誘わせ、緩やかな夢を見させた。

 そして神様の夢を利用して従者たちは人間を作り、それを脅かす魔物たちを作った。人間は魔物に対抗するために魔法を与えられ、魔物は人間を殺すために不死や分裂、変化などの特別な能力を授かった。

 この世界は従者たちを楽しませる一夜の舞台。もしも彼らが飽きて演奏を止めれば神はたちまち起きて世界は消える。人間と魔物どちらかが勝っても舞台は終わり次の演奏が始まってしまう。

 だから魔物は人間を恐れさせる。

 だから人間はひ弱なのに生き延びさせられる。

 我々を見ている従者たちが退屈しない様に。

 薄い薄い湖の氷のような脆い舞台の上に我々の世界は存在するのだ』


 吟遊詩人が歌うように、クラウスは神話の世界を語る。

「どうだ?怖くないか?」

 話し終えて楽しげに聞いてきた。だが、


「うーん。いまいち…」


 と鬼瓦☆ゴンザエモンは渋い顔になった。

 昔のTRPGで聞いたことのある設定だし、それになにより

「俺たちの世界には「杞憂」って言葉があってな」

 と地球の故事を語る。



「……とまあ、天が落ちてくるって毎日おびえた男を笑う話があるんだが」

 天なんて落ちてくる訳がないし、仮に落ちてきたら人間の力でなんとか出きるわけもない。

 みんな一緒に死ぬなら、それは怖くない。

 むしろ自分一人だけ惨めな生活をして、ほかのみんなが成功した世界の方が恐ろしい。

 そうつげるとクラウスはぽかんとした顔をしながら

「そうか、そういう考え方もあるのか」

 と感心したように言う。


「だいたい、この世界じゃしっぽが二つに分かれて人間を襲うネコマタも、人間にそっくりに化けるドッペルゲンガーも当たり前に存在するんだもの。ホラー作家としてはやってられないよ」

 お手上げ、とばかりにてをひらひらとさせる。

「なにか文を書く以外の能力はないのかね?戦闘で活躍できるスキルとか、罠を解除するスキルとか」

「そんなのがあるなら、こんな安い貸し家で頭を悩ませていないよ」

 鬼瓦☆ゴンザエモンをこの世界に送り込んだ奴はよほど面白味のない奴なのだろう。

 現実世界の技術はだいたい宗教的な理由で仕えないし、モンスターとの戦闘で娯楽にうつつをぬかす事はできない。

 エンタメ作家が生存するには絶望的な状態だ。


「そうか、おまえは本当に戦闘で活躍はできないのか」


 そういうと、クラウスはイスから立ち上がった。

 その目が怪しく光ったような気がしたが、気にもせず原稿を眺めていると


「……………っっっ!!!」

 急に背中に激痛が走った。

 痛いなんてものじゃない。生命の危機を感じるレベルで、左右の肺の周辺に灼熱感が走る。

 ふりかえるとクラウスがニヤニヤと嫌らしい笑顔でこちらをみている。


 声を出したいが声が出ない。

 息を吐き出そうとすると、背中から息が抜けてしまうからだ。

「肺に穴が開くと、息を吐き出せないから人間は声が出せなくなるらしいな。前回は失敗したけど、

 そういうと鬼瓦☆ゴンザエモンの体を持ち上げて、隣室に放り込む。

 そこで、鬼瓦☆ゴンザエモンは声に成らない悲鳴をあげた。

 そこには血だらけで倒れたクラウスの姿があったからだ。


 この段になって、鬼瓦☆ゴンザエモンは自分が今まで話していたのが魔物、ドッペルゲンガーだと気がついた。

 身近な人間に化けて、俺がどれだけ危険なのかを調べてから殺害に及んだのだろう。

 そんな事を考えていると。

「ああ、そうそう」


「アンタの世界ではどう言うかしらないけど、こっちの世界じゃ俺たちはシェイプシフターっていうんだよ」

 姿を変える魔物。そこには鬼瓦☆ゴンザエモンそっくりの男が立っていた。

 階段でおなじみのドッペルゲンガーは自分自身に化ける存在で、何にでも化けられるのは別の存在らしい。

 シェイプシフターは、二・三度声を出して声真似をすると、鬼瓦☆ゴンザエモンの部屋へ移住する。あらたな犠牲者を騙すために。


 ――ああ、こうして魔物は従者を楽しませる舞台を作っていくのか。


 ぼんやりと鬼瓦☆ゴンザエモンは自分の後姿を眺めながら


「……………………………」


 ……………………………これ、あんまりこわくねぇな。


 自分の死に様と、魔物の舞台にダメ出しをした。



 近いうちに打ち切りになるであろう世界を考えると、死ぬのはそこまで怖くなかった。

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