異世界怪談

黒井丸@旧穀潰

第2話  口裂け女さん 異世界にいく

 とある王国のとある宮殿。

 魔王が現れたので駆除のために異世界から勇者を召還しようとした広間で、とある女性が呼び出された。

 漆黒の長い髪に目のさめるような赤服。顔は布で隠されていたが、美人と呼べるだろう。


 そんな異世界からきた彼女は、周囲を見渡すと こう言った。


「ワタシ キレイ?」



 ~口裂け女さん 異世界にいく~



 お約束というのは、知っている者たちの間で通じる方言のようなものである。


「ワタシ キレイ?」


 この言葉の意味を知っているものなら、警報のように聞こえただろう。

 口裂け女から殺されるか殺されないかの判定を告げる言葉「ワタシ キレイ?」。

 だが、何も知らない王様は『自分の美貌自慢か?ずいぶんと自意識過剰な女だ』とおもいながら、社交辞令として

「ああ、それなりに美しいぞ」

 と言った。

 言ってしまった。

 

 その言葉を聞いて、王様は勇者である女の目が笑ったような気がした。

 いや、口が見えないし目も髪に隠れてそこまで見えるわけではない。

 だが、笑ったような気がしたのだ。

「?」

 空気は乾燥しているはずなのに、汗が出てきた。

 何だ?何なのだ。この女は。

 まるでレイスやグレーターデーモンに遭遇したかのような圧迫感を出す小娘は、ゆっくり口元の布に手をかけて、はずすと こういった。


「……これでも?」


 その言葉と同時に王は驚愕した。


 女の口は耳から耳まで裂けていたのだ。


 悲鳴が上がった。

 勇者を歓迎するために集められた女官は異形の女に恐怖を抱き、王を警護していた兵士は女に槍を向けた。

 それくらい女の容貌は奇怪だった。


 本来繋がっているはずの頬と頬が裂けた顔。

 勝手に呼び出しておいておきながら、女の顔を見た王は


「化け物!!!」


 次の瞬間、3mはある大きな鋏で 王の頭部は切断された。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「化け物に王様が殺されたぞ!」

「槍隊!陣系を組め!盾は前に出ろ!あの化け物の攻撃を防げ!」

 数を頼りに、殺人鬼を退治しようとする大臣と兵士たち。


 その顔に山刀のような大型のナイフが突きたった。

 口裂け女には色々なバリエーションがある。

 鋏を持つというものがあれば、ナイフを持つというものもある。

 統計によると人目の多い都会では、隠し持つことのできる鋏や鎌、メスなどが愛用され、田舎では出刃包丁や鉈、斧など殺傷力の高い凶器を好む。

 変わり種で岡山県岡山市では、片手にツゲの櫛を持っているという。

 そんなのでどうやって殺害するのか分からないが、世の中にはタワシを拷問用具に使う場合もあるそうなので残虐な拷問器具なのは間違い無いだろう。


「この化け物め!」

 王国一の剣士である切り込み隊長が剣を振るうが雷光の如き素早さで4連の剣は回避された。

「なんと!」

 口裂け女は剣撃をかわしたかと思うと切り込み隊長の顔面にはメスが突きたっていた。

「くらえ!化けもの!」

 その先に30人がかりによる槍ふすまが一斉に襲いかかる。

 高さ3m 幅6mの回避不可能な槍の壁。

 ところが紐のように、ゆらり と態勢を崩すとまるで槍のほうが女の体をかわしたかのように一本も刺さる事はなかった。

 次の瞬間、化け物と叫んだ兵士の鎧の隙間に鎌が突き立った。

 どれだけ刃物を隠し持っているのだ?と兵士たちは思ったが、彼女が所持する刃物の数は測定不能で無数の刃物をコートの下に隠しているというものもある。


 だが、これも回避不可能な攻撃に誘い込むための罠だった。

「サンダーストーム!!!」

 宮廷魔術師40人がかりによる野戦用魔法が広間の全体を巻き込んで広がる。

 その範囲は半径5mにわたり、100メートルを6秒で走ると言われる彼女でも回避は不可能だっただろう。

「やったか!」

 フラグを立てつつ宮廷魔術師が叫ぶと、もうもうと立ち上る煙が晴れた先には

「傘…?」

 真っ赤な真っ赤な傘をさした女性がたたずんでいた。

 あれは何だ?と鑑定士が傘を見てみると


[口裂け女の傘;全ての攻撃を無効化。返り血を浴びるほど攻撃力が増加する」


「……ばけものめ」

 己の渾身の魔法が、たった一本の傘で防がれた宮廷魔術師は畏怖を込めてそう言うと、次の瞬間メスの投擲を受けて絶命した。


 彼らは忘れていたのかもしれない。


 彼女は、自分たちではどうにもならない問題を解決させるために呼び出された存在であると言うことを。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・


 王国中の兵士を巻き込んだ戦いは一方的な結果に進んでいた。

「腕が!俺の腕が!」

「救護班!急げ!まだ息がある!」

 逐次投入される兵力は次々と消費され、天文学的な損失をはじき出していた。

 戦いは36時間に及んだが、目標はまったく疲れる様子を見せない。

 悪魔でも消耗すれば動きが鈍くなるのに、そのようなそぶりもない。

「もしかして我々は神を呼び出してしまったのかもしれないな」

 一人の騎士はそう言った。

 無尽蔵に表れる刃物、百発百中の奇跡的な命中力。どんな攻撃でも傷つける事ができない回避性能。

 人間や悪魔の知恵の及ばない存在。そんなのは全ての超越者、神しかいないではないか。

 そんな存在を化け物と呼んだ王様や自分達は罰されても仕方ないのだろう。

 そう諦めの境地で生存を諦め騎士は神に祈った。


 まあ、まさか自分たちが召還したのが、人間殺害能力をチートレベルに強化された怪異だとは思わなかっただろう。

 何をしても死なない相手に兵士たちは恐怖を感じていた。

 昨今では意志疎通ができたりスマホを使いこなしたり、男に恋をするかわいい性格などが付与されている作品により感覚が麻痺しているが、


 怪異は会話が通じない。


 一方的に死ぬか生きるかの理不尽なニ択を迫り、間違えば容赦なく殺される。

 体はチート。頭脳はマシーン。

 異世界転生でチート能力は倍率ドン。さらに倍。

 卑怯さマシマシブタアブラニンニクカラメ レベルの強さなのである。


 どこから現れるのか、そもそも生物なのかも分からない圧倒的な殺人道具。


 こうして気楽におちょくりながら書いてる筆者だが、仮に彼女が目の前に現れたら脱兎のごとく逃げ出して、捕まって泣きながら許しを乞うて惨殺される自信がある。


 それくらい怪異とは人間が絶対かなわない圧倒的強者なのである。


 人間の力では傷つけることさえできない。そして相手の攻撃はどれも即死クラス。

 だから恐ろしいのである。

 それは異世界人も例外ではない。

「くそっ!!!当たれ!アイシクルフォース!」

 そういうと床から氷の刃が目にも止まらぬ早さで生えてくるが、口裂け女はひらりとかわす。

 そして、魔術師の胸にはメスが立っている。


 決死の覚悟で騎士たちが数十人、切りかかった。

 しかし、これはフェイクである。

 雷光のごとき早さでかわされるのは目に見えている。ならば大勢で掴んで身動きを止めてしまえば一矢報いる事ができるかもしれない。

 そんな思いで剣を捨て飛びかかる騎士たち。

 しかし


「………おお、神よ」


 まるで赤い三日月のように、それはそれは大きく大きく、30人くらい簡単にかみ殺せそうなほど大きく開いた口で口裂け女は騎士たちを待ち受ける。

「…………化け物」

 そう言うと、騎士たちの首は口先女にかみ砕かれた。


 瀕死の状態で生き残った魔術師の一人は、渾身の力で女を鑑定した。

 死ぬ前に自分達は一体何を呼び出してしまったのか知りたかったのだ。

 すると


『口裂け女 種族;不明

 HP;不明 MP;不明 力;不明 体力;不明 速さ;不明 智恵;不明

 装備;不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不活不明不明不明不明不明不明不明;不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不死不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不眠不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不;明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明』


 全く何も分からなかった。


 それでもなお鑑定を続行すると


『能力;このクリチャーは全ての攻撃の対象とならない』


 という文言が読めた。

「………やっぱり、化け物クリーチャーやん」

 そう言うと、魔術師の後頭部にメスが刺さった。


 ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・


「一体何が起こったというのだ……」


 なにもしないうちから王国が壊滅したとの報告を受けて、魔王は単身人間の王宮へ赴いた。

 どれほど恐ろしい化け物が暴れたのか分からない以上、大事な部下を危険な場所にはおいておけない。

 そんな責任と自覚にあふれた覚悟で魔王軍で一番強い魔王は敵地に入った。

 あれほど豪壮さを誇った王宮は今や閑散としており廃墟のようだった。

 広間以外は血しぶきが飛んでいる他は何も変わった所はなく、徹底的に破壊された広間と比べると不気味だった。


 いったいどのような化け物が召還されたのか?


 ドラゴンやベヒーモス級の神獣だろうか?


 そんな事を考えている魔王の後ろに一つの影が近づく。


 


 真っ赤な衣装に身を包んだ女はそう尋ねた。

 まるで人間の血を吸ったような真っ赤な服に真っ赤なマスク。その布に隠れた口はにっこりと笑っているかのようだった。


 どっとはらい。

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