第八十一話ー聞かせて、君の事。
東雲総合病院を出て、真澄、雪之丞、南天の三人は大統領府の詰め所へは戻らず、一度真澄の自宅へと戻った。
何かあれば巡回組や待機組からは連絡があるし、数日も家を空けるのは不用心だった。
春樹の一件があってから喫茶アンダルシアも休業になっている。元々老後の楽しみとして柏木に現在の隊発足の条件として今の家を手に入れたが、最近ではほとんどの運営を晴美に任せていた。
怪夷の出現も増し、徐々に職務も忙しくなっている。そろそろ店の先の事も考えねばと思いながら真澄は薄暗い台所に立った。
台所で三人分の夜食を作り、真澄はそれを居間へと運ぶ。
湯気の立つ即席ラーメンをちゃぶ台を囲んで啜りながら、真澄と雪之丞は先程の雨から聞いた話を整理し始めた。
「つまりだよ。五年前、陸軍か祭事部かは分からないけど、連中は事前に上野の博物館に保管されていた聖剣の写しを入手し、何処かに破棄したか隠したかしたのが、僕が飛ばされた未来」
「で、神戸の御方様から事前に知らせを貰った雪が博物館から研究の名目で聖剣の写しを持ち出したのが、現在…聖剣の写しをどうしたかによって未来が異なるのがはっきりしたな」
ずずっと、麺をすすり真澄は雪之丞と顔を見合わせる。
「でも、聖剣は怪夷の封印には関わっているけど、生み出す事には関わってないんだよね…あ、そうか、滅する事が出来なかったから、最悪の事態になったのか」
「俺と柏木が雪の飛ばされた未来で暗殺されていたのも、それが関係してんのかもな。そういや、他の特夷隊の面々、朝月や隼人達は向こうではどうなってたんだ?」
ラーメンの汁を飲みながら真澄はそれとなく雪之丞に尋ねた。
自分に起こる事は鬼灯や桔梗などからも聞いていたが、他の友人や知人達がどうなったかまでは今のところ聞いていない。
真澄からの質問に雪之丞は溜息をついて重い口を開いた。
「ごめん…実は僕もあんまり知らないんだよね…ただ、少なくともあの時代に生きていたのは僕だけ。他は何らかの理由で消されたか、混乱の中で命を落としている…」
「そうだったのか…」
覚悟していたとはいえ、改めて聞いた仲間達の様子に真澄は顔を曇らせた。
ならば、なんとしても雪之丞が飛ばされた未来のような状況は避けなくてはならない。
「なあ、この際だから色々聞いていいか?」
唐突な真澄からの改まった問いかけに雪之丞は即席ラーメンに醤油と卵を落としながら頷いた。
「お前が聖剣の核を宿した鞘人達ってのは、何処で知り合ったんだ?やっぱり、この前言っていたみたいに人体実験の被検者から引き抜いたのか?」
同じくラーメンを啜りながら真澄は気になっていた事を問い掛けた。
確かに、鞘人の最初の被検者である三好や紅紫檀達は怪夷化歩兵へ対抗する為の新たなる強化歩兵を生み出すために集められた人物達だ。
だが、その後、鬼灯や清白については違う出逢い方をしていた。
「鬼灯達は既に未来の僕の傍にいたんだ。彼等がどんな経緯で秋津川博士の研究に協力していたのか、僕も詳しく知らない。ただ言えるのは、彼等が聖剣の関係者と浅からず関りがある事。それ以上は僕もよく知らない。聞きたかったら本人達に詳しく聞くといいよ。あ、でも鈴蘭と南天は僕が見つけてきた被検者だから、そこに関しては少し話せるよ」
真澄と雪之丞に挟まれてラーメンを啜っている南天は、雪之丞の視線に気づいて顔を上げた後、真澄の方を見た。
「鈴蘭は元々海軍の飛行機乗りをしていて、出撃で負傷し、傷病兵として病院に入っていた所を僕が引き取ったんだ。南天もそう。彼の場合は暗部での潜入任務の時に大怪我を負って同じく傷病兵になっていた。そこを僕が連れ帰ったんだ。ね、南天」
雪之丞に話を振られ、南天はこくりと頷く。だが、自ら話を始める事はなかった。
「南天はその時には既に聖剣を宿していたんだよな?」
「そうそう、僕も驚いた。もしかしたら僕が向こうで失くした聖剣と南天が契約したのかなって今は結論付けているけど…」
「南天はその辺覚えてないのか?」
今度は真澄から訊ねられ、南天は困ったように眉を垂らした。
南天が記憶喪失という話は、彼がオルデンに拉致される少し前に思い寄らないタイミングで知った事実である。
「…すみません、本当に何も覚えていなくて…ドクターの所に引き取られて、他の聖剣を見て初めてボクも自分の中に聖剣が宿っている事を知ったので…」
「そうか…何か分かればいいんだけどな…」
「それについては調べようがないしね。向こうにいた時も南天に関しては色々調べたけど、僕が飛ばされた年に暗殺部隊に所属したくらいしか記録なかったし…余程酷い事があって記憶を飛ばしたんだろうってことしか推測できないかな」
「なあ南天、お前は自分の記憶を思い出したいとか思わないのか?もしかしたら辛い記憶かもしれないが、家族の事とかさ」
考えてもいなかった事を尋ねられ南天は小首を傾げた。自分が五年前より前の記憶がない事は別になんとも思っていなかったが、改めて聞かれると本当にどうしたいのか、南天は初めて考える事になった。
「…分かりません。特に不自由がないから今まで知りたいとか思い出したいとか思わなかったんだろうし…ボクは今のままで十分です」
俯いてラーメンのスープに映った自分の顔を眺めてから、南天は首を左右に振った。
「ただ…もしボクが忘れている事の中に、マスター達が求めている答えがあるなら、その時は何が何でも思い出します。そうですね…まずは、ボクがどうして聖剣を宿すに至ったかでしょうか?何か失くした記憶を呼び起こす術でもあればいいのですが…」
「そうだね。無理にとは言わないけど、聖剣と鞘人の結びつきについては僕も詳しく知りたいところだし、最初の一歩がはっきりした方が今後怪夷との戦いや封印の事も上手く運ぶかもね」
「はい。だから、どんなにボク自身が忘れたいと思っていても、その時はどうか気にせず記憶を引き出してください」
背筋を正して進言する南天の真っ直ぐな表情に、真澄はずきりと胸が痛むのを覚えた。確かに情報を得る為には手段は選ばないのがセオリーだ。情報戦はあらゆる局面において重要になる。
けれど、本人があまりに潔く覚悟を決めている様子に真澄は複雑な気持ちになった。
目の前の成人にも満たない少年の覚悟がどうしてか素直に受け入れられなかった。
「…その件に関しては別に焦る事でもないだろう。ゆっくり考えればいい。それより、オルデンや陸軍が探している陰と陽の鍵についてどうにかしないと」
「そうだね。五年前に怪夷復活の実験に失敗している要因は、今回も陰陽の鍵に何らかのトラブルがあったって考え方が自然だよね。そうじゃなきゃ、連中が未だに探しているのはおかしな話だし」
話題を変えるように真澄の口から切り出された内容に雪之丞はすぐさま切り替える。
いつの間にか雪之丞の手元には一冊の古い草紙が置かれていた。
「大先生の話だと、最初に怪夷を呼び起こした時はあらゆる呪術の術式が使われたらしいね」
ぺらぺらと捲られる草紙は、先刻東雲総合病院を辞する時、
なんでも、雪之丞の母親である雪那が密かに記し、息子達に渡るように預けられていたものらしい。
「この間春樹が巻き込まれていた蟲毒の術もその一端か」
「だろうね。他に当時何か奇妙な事件があったとかないかな」
草紙のページを捲りながら雪之丞は麺を啜り、小さく溜息をついた。
雪之丞の呟きを聞き、ふと真澄は過去の出来事をそれとなしに思い返した。雪之丞があの震災の際に行方知れずになった後、真澄自身も色々な事があった。
怪夷の封印が解かれたとして、特夷隊の発足の為に奔走した日々。
その人選の中で聞いたある事件の話。
最初は特に気にしていなかったが、彼等を引き抜く条件として付きつけられた事。
(…そういや、あの頃、隼人と拓を引き抜くのに震災前から起こっていた連続婦女殺害事件の話…拓が嵌められて事件に巻き込まれたとは聞いていたが、俺もきちんと詳細を聞いていなかったな…犯人だった人物の名前がこの間の小菅監獄からの囚人失踪事件の失踪者の中にあった時に酷く動揺していたし…もしかしたら…)
ラーメンのスープを飲み干し、真澄は1人頷くと、同じくラーメンを食べ終えた雪之丞に視線を戻した。
「雪、一つ気になる事件を思い出した」
「え?ホント?」
雨から譲られた草紙に目を通していた雪之丞は、唐突な真澄の言葉に顔を上げて食いついた。
「明日、出勤したらその関係者たちに話を聞こうと思う。いいか?」
「勿論、あれ?その関係者って?」
真澄の言葉に引っ掛かりを覚えた雪之丞は首を傾げて問いかけた。
僅かに視線を揺らした後、真澄は静かに唇を持ち上げた。その眼には複雑な感情が浮かんでいた。
「赤羽隼人と月代拓の二人だ。震災の前、ある連続殺人事件の調査をしていたらしい…それが、どうも引っかかってな…本来、俺が特夷隊に引き抜きを打診したのは、赤羽志狼さんの息子である隼人だけだった。けど、志狼さんと隼人の希望で拓も一緒に警視庁を退職する形で特夷隊に異動してきたんだ。その頃は特夷隊の人員集めや俺自身の陸軍での引継ぎに忙しくて意識してなかったんだが…お前がこっちに戻ってくる前、最初にオルデンとの関係性が見えてきた事件の調査の際に、五年前の事件の犯人の名前が出て、酷く拓が動揺してな。俺もその事件がかなり二人に根強くしこりになっているのは聞いていたが…真相は知らないんだ」
「つまり、その連続殺人事件がもしかしたら旧江戸城の封印を解く事に関わっているんじゃないかと?」
「ああ、実際、調査…小菅監獄から失踪した囚人の行方を調査中に、怪夷化された人間に出くわしたり、オルデンが接触してきたりしたからな。隼人と拓がかつて捕まえた犯人の名前がその失踪者にあって、オルデンと行動を共にしているのも気になる」
「真澄…それ、ほぼ黒じゃん。よし、明日隼人君と拓君に聞いてみよう…きっと、二人にはかなり辛い事を聞く事になるかもだけど…」
真澄からの話を聞き、雪之丞は隼人と拓、二人の事を思った。二人とも幼い時からよく知っている弟分だ。正義感も強く、警視庁に就職した時は天職だなと思っていた。そんな二人がどういう経緯で現在特夷隊にいるのか、雪之丞はずっと気になっていた。
隼人はともかく、拓については怪夷や聖剣とは直接関係はない。そんな彼が隼人と共に特夷隊にいるのは不自然とは言わないが、奇妙だった。
何かあったとしか言いようがない状況に雪之丞は胸が痛むのを感じながらも、二人に話を聞く決意をした。
「そろそろ休もう。真澄、今日は泊まってもいいかな?今夜は大翔は当直だし、戻っても仕方ないから」
「分かった。俺の部屋使っていいぞ。俺は居間で寝るから」
「マスター、ボクの部屋を使ってください。ボクがここで寝ますから」
真澄と雪之丞の話を静かに聞きながらラーメンを啜っていた南天は、今夜の寝床の話になった途端、自ら話に入ると、真澄へ進言した。
だが、それに真澄は渋い顔をして眉を顰めた。
「南天、気持ちは嬉しいがお前は自分の部屋で寝ろ。ここ最近俺に付き合って碌にちゃんと休息が取れていないだろ?今夜くらいゆっくり自分のベッドで寝なさい。俺は、畳に布団敷いて寝るからさ」
苦笑を浮かべる真澄に南天は不服そうに眉根を寄せる。そんな南天の頭を真澄はわしゃわしゃと銀髪を掻きまわすように撫でた。
ひとしきり撫で回されてから解放された南天は、まだ少し不満げだったが、真澄の柔らかな微笑みに促され渋々頷いた。
「分かりました。布団、取ってきます」
気持ちを切り替えるように南天は腰を上げると今を出て二階に上がっていった。
居間を出て行く南天の背中を見送り、雪之丞はちらりと真澄を横目に見やると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「なんだよ雪…気持ち悪いな」
「いやいや、随分南天の操縦が上手いなと。あの頑固なあの子をどうやって懐柔させたのやら」
「人聞き悪い事言うなよ…俺はただ、アイツとはちゃんと向き合わなきゃと思っただけだ」
「そかそか、仲良くなったなら良かったよ」
にこにこと微笑む雪之丞に薄ら寒さを感じ、真澄は身震いした。
「今夜は冷えるな、もう二階上がれよ。突き当りの部屋がそうだから。手前に晴美ちゃんが使ってる客室があるから間違えるなよ」
「はあい、それじゃお言葉に甘えて。お休み」
丁度南天が敷布団を手に戻ってきた所で雪之丞は腰を上げて南天と入れ替わるように居間を出て行く。
「二人とも、おやすみ~」
ひらひらと手を振って二階に上がっていった雪之丞をキョトンと見つめて南天は、小さな声で「おやすみなさい」と返した。
突っ立ったままの南天を見かねて真澄は南天の腕から彼が持ってきた布団を取り、畳の上へと下ろした。
「布団、ありがとうな。おやすみ、南天」
「あ、はい。おやすみなさい。マスター」
流れに載せられるまま南天は真澄に会釈をすると、居間を出て自身の寝室がある二階へと上がって行った。
南天の足音を聞きながら布団を敷き、真澄はワイシャツとスラックスを緩めて布団の中へ潜り込んだ。
灯りを消せば、辺りは一瞬で暗闇に包まれる。居間がある場所の二階が南天の寝室だ。今頃着替えてベッドに入っている頃だろう。
春樹の一件から数日、無意識に緊張していたせいか、自宅という安心感に瞼が自然と重くなる。
明日からまた、怪夷やオルデン、過去との因縁と今を繋ぐ謎を解く為に奔走しなくてはならない。
今夜くらいは、ゆっくり寝ようと、真澄は舞い降りた眠気に抗うことなく目を閉じた。
真澄に促されるまま南天は自室として与えられている寝室へと戻り、そっと扉を閉めた。
『ミイ』
部屋に入ると、飼い猫として飼っている怪夷の猫・くろたまが懐に飛び込んで来た。
ふよふよと宙に浮く球体の身体を抱き締め、南天はその毛並みに頬を埋めた。
「ただいま、くろたま…」
ゆらゆらと嬉しげに揺れる尻尾を見つめ、南天は擦り寄ってくるくろたまの背中を何度か撫でると、くろたまを抱えたままベッドに腰かけた。
この部屋で寝るのも久し振りだ。そんな事を思いながら、くろたまをベッドに下ろし纏っていた上着を脱いだ。
下着だけになると、南天は無意識に胸元にある大きな古傷にそっと触れた。
(ボクの過去か…)
いつできたのか分からない古傷をなぞりながら南天はぼんやりと薄暗闇の中を見つめた。
雪之丞達に拾われるまで、自分の過去など考えた事もなかった。気が付けば自分は荒れ果てた瓦礫の中に座り込んだまま、何も覚えていなかった。
目を閉じても思い出すのは軍に拾われてからの日々ばかり。
名前すら雪之丞が付けてくれるまでなかった。
これまで思い出したいと思った事はないが、現代の東京に来てから、不意に奇妙な夢を見る様になった。
更に、ある人物との邂逅から、脳裏に何かの光景が過るようにもなっていた。
それが自分の失った過去と関係があるのは分からないが。
ここ半年の間に己の中に起きている変化を、どうしてか南天は清白や鬼灯、雪之丞はおろか、真澄にすら話せずにいた。
ぼんやりと天井を見上げながら、こてんとベッドのシーツの上に倒れ込み、身体を丸める。
擦り寄って来たくろたまを胸元に抱き寄せて南天は目を閉じた。
失われた過去に差して興味はない。けれど、不意に蘇る感情が胸をきゅっと締め付ける。
その感情の理由は知りたいと思っていた。
そして、その手掛かりの所在を南天は薄々感じ取っていた。
それに確証がある訳ではないが、微かな可能性。
(…今頃、どうしているんだろう…)
暗い天井を見上げるように身体をごろりと回転させ、南天は胸中にある人物の姿を思い浮かべる。
いつしかうとうとと舟を漕ぎ始めた意識を南天はそのまま手放した。夢の海に沈む刹那、誰が自分を呼ぶ声を聴いた気がした。けれどそれは、急激に押し寄せた眠気によって押し流された。
真澄と雪之丞、南天が過去の出来事を聞くためにかつての英雄の1人である東雲雨の病院へ行き、大翔達巡回組が巡回へ出かけた頃。
隼人と拓は月代家の書斎で机を挟んで顔を突き合わせていた。
二人の間にある机には、何冊ものファイルが積み上がっている。それは、五年前の震災が起きる以前に彼等二人が追っていた事件に関する捜査資料だった。
「隼人、あの頃は気付かなかったけど、春樹さんが幽閉されていた環境が蟲毒の術を行う場所だったって聞いてピンときたよ」
かつての忌まわしい資料に改めて目を通しながら、拓はゆっくりと抑揚をつけて呟いた。
「どういう事だ?」
「湯崎が医学生を使って婦女から取り出していた臓器、一つ一つを確認してみたんだ。僕はどちらかというと陰陽道とか神道とか日ノ本古来の呪術の家系の出身だから気付かなかったんだけど、湯崎は錬金術に精通しているという情報を思い出して、錬金術について調べてみたんだ」
隼人に説明しながら拓は真新しいファイルを取り出して隼人へ差し出した。
「そこに錬金術や西洋の魔術についての記述を纏めてみたんだけど、そうしたら少し気になる事を見つけて」
「気になる事?」
ファイルを受け取り、表紙を開きながら隼人は眉を顰めてちらりと拓を見遣った。
頷き拓は、資料の中から婦女が殺された状況を記した資料を取り出して、そこに記された一文を指さした。
「殺された女性達は、全員何かしらの臓器を抜き取られていた。この抜き取られた臓器は時に錬金術や西洋の魔術で惑星に当て嵌められることがあるんだよ」
「惑星?」
疑問を浮かべる隼人に分かるように拓は、隼人に渡したファイルのページを捲り、その中に星図の描かれたページを開いた。
「これは、太陽を中心に僕等が住んでいる星を図面にしたもの。太陽は心臓、腎臓は、みたいに惑星と人間の臓器が当て嵌めて術式を展開する魔術があるんだよ」
「それが、怪夷の復活に湯崎が関わっていたのと何か関係があるのか?」
「これは、あくまで僕の推測。正直生物学や天文学は専門外だから、そうとは限らないけど、かつて怪夷を生み出した水銀の錬金術師、メルクリウスになぞらえているなら、関係があるんじゃないかと」
言葉を選びながら拓は自らの中に沸いた考察を隼人へと聞かせる。
もし、自分の予想が正しいなら、五年前、旧江戸城で怪夷の封印が解かれた時、それは前々から綿密に計画されていた事に他ならない。
一朝一夕で怪夷の封印を解くなど、恐らく出来なかった筈だと、拓は踏んでいた。
「でも、僕の憶測は憶測でしかない。確証がない。だから、真澄さんと雪之丞さんにあの忌まわしい事件の全てを、僕は告白する」
「なッ」
真っ直ぐな視線を向けられたまま告げられた一言に、隼人は驚愕した後愕然と目を見開いた。
「お前ッ何のために親父が例の件をもみ消したと」
「分かってるっ。でも、あの事件の全容が分からないと真澄さん達は真実に辿り着けないと思うんだ…感謝してるよ、隼人や志狼さんがいなかったら、きっと僕は今頃小菅の監獄の中だ…だけど、いつまでも過去から目を背けたくない。僕は僕が持てる全てでもって、己の罪を償うよ…湯崎の名前が出た時からこんな日が来ると思ってたんだ…」
俯き、額を押さえて拓は古巣から齎された囚人失踪事件の事を思い出す。あそこにあった忌まわしい名前。
それを見た瞬間、過去から逃れられないと拓は理解した。
自分が今こうして特夷隊として普通の生活を送れているのも、愛する妻や子と共に生きていられるのも、全てはこの贖罪の瞬間の為にあったのだと。
自暴自棄ではなく、真剣に悩んだ末の決断だと、隼人は直ぐに気付いた。それはきっと、幼馴染であり、相棒の絆があってこそだった。
「…分かった。けど、お前1人に背負わせるわけにはいかない」
「隼人…」
「真澄兄さんや雪之丞兄さんなら分かってくれるさ。だから、俺も一緒に二人に話す。いいか?」
僅かに震えた拓の肩を、隼人は軽く叩いて真正面から相棒の顔を見詰めた。
その強い眼差しに拓は僅かな不安を宿した瞳を揺らし、小さく頷いた。
「…ありがとう…いつもごめん」
「気にすんなよ。何年一緒にいると思ってんだ…お前が罪だと思っている物の半分は俺が背負う」
パンパンと、背中を叩かれ拓は泣き出しそうな顔を上げ、頬を緩めた。
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暁月:さてさて、次回の『凍京怪夷事変』は……
三日月:陸軍の企みを突き止めようと奔走する特夷隊。そんな中、隼人と拓は過去の事件が今に繋がっているのではと考え、真澄達に例の事件の話をする事に……
暁月:第八十二話「繋がる点と点」次回もよろしくお願いします!
凍京怪夷事変 夜桜 恭夜 @yozacra-siga-kyouya
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