第19話 日向ぼっこ
真希がトイレの個室に入り、腰を下ろした。その時だった。
「あっ」
突然上から大量の水が降ってきた。真希は一瞬で頭から全身水浸しになった。真希は、濡れた顔を手で拭うと、何が起こったのか現状を認識しようと、すぐに顔を上に向け視線を彷徨わせた。すると、トイレの入り口付近で鋭い女子の笑い声が木霊したかと思うと、すぐにその向こうの廊下の方に消えて行った。それで今何が起こったのかすべてを真希は悟った。
「・・・」
よくいじめられっ子がトイレの個室にいると、いじめっ子が上から水をかけるという場面があるが、それを正に今自分が体験しているのだった。真希はなんだか信じられないような、現実感のないふわふわとした感覚にいたが、でも、濡れた制服を自ら見下ろし、やはりこれが現実なのだと、ため息を一つついた。
最近、自分に対する空気が厳しくなっているのは感じていた。視線も鋭くなっているのも感じていた。しかし、まさかいきなりこんなことをしてくるとは、さすがに真希も思ってもいなかった。
「はぁ~、まったく・・」
濡れた制服が妙に体に引っつき冷たかった。これから授業がある。どうしたものか・・。真希は、途方に暮れ・・、だが、考えた。
「神居はどこ行った?」
授業を始めようとした佐川がふと教室を見回し言った。全員が真希の席を見つめる。そこに真希の姿はなかった。
「さあ」
担任と目のあった前列の席の小柄な小杉が首を傾げる。朝のホームルームにはいたし、前の授業にも確かにいた。授業を突然、バックレる子でもない。授業にはしっかりといつも出ていた。
「誰か、知ってる奴いるか?」
佐川は女子たちを見る。女子たちは、知らないわと言わんばかりに、首をかしげる。しかし、その口元は微妙に笑っていた。それは注視して見ないと分からないレベルの微妙さだった。しかし、それは確かに笑っていた。
「おい、田代、中条、探してきてくれ」
佐川は、クラス委員の真人と亜里沙を見た。
「はい」
真人と亜里沙は立ち上がった。
「私は女子トイレを探してみるわ」
しばらく何となしに二人で真希の行きそうなところを探した後、亜里沙が言った。
「ああ」
真人が答えると、亜里沙は、女子トイレの方に行ってしまった。
「・・・」
一人になった真人はとりあえず、思いつく、女子生徒の行きそうなところを探してみようと歩き出した。
「・・・」
が、いない。
「う~ん・・」
真人は立ち止まり考えた。
「もしかして・・」
そして、ふと思い立ち、再び歩き出した。真人は階段を上がった。家に帰ったのでなければ、もうそこしかない。
真人が屋上の扉を開けると、屋上の中央辺りに真希が一人、体育座りでポツンと座っていた。
「何してんだよ」
真希の丸まった背中に真人が話しかけた。真希が振り向く。
「・・・」
目だけが鋭く真人を見る。真希は何も言わない。
「何してんだよ」
真人がもう一度訊く。
「いいでしょ。別に」
真希はまた真人に背を向け、真人の方を見もせずに言った。
「日向ぼっこか?」
真人は場を和ませようと冗談めかして言った。
「・・・」
しかし、それは逆効果だった。真希の表情はさらに険しくなる。真希からしたら、そんな呑気なものではない。結局、考えに考えた末、着替えもなく、先生に言うのもめんどくさかったので、太陽と風に乾かしてもらおうと考えた。そして、ここにいる。ここなら滅多に人は来ない。真希はそのことを知っていた。
「なんで全身ずぶ濡れなんだよ」
少し乾いてきてはいたが、やはりまだ真希の前身は濡れていた。それを真人が気づくき訊く。
「・・・」
「どうしたんだよ」
「・・・」
しかし、真希は何も言わない。
真人は空を見上げた。そして手の平を上にしてみる。しかし、どこをどう見ても空は晴れ渡っている。地面を見ても、雨がふった形跡はない。
「にわか雨か?」
真人は首を傾げた。しかし、濡れているのは真希だけだ。
「日向ぼっこよ」
真希が言った。やはり、つっけんどんな言い方だった。
「授業中にか?」
「そうよ。天気がいいんだもん」
「その割には、機嫌が悪いな」
「いいでしょ別に。機嫌の悪い日向ぼっこだってあるわ」
「まあ、そうだけどな」
真人は笑った。
「あなただって授業中でしょ」
それに対してさらに口を尖らせて真希は言った。
「お前が教室に来ないから、先生に頼まれて探しに来たんだ。クラス委員だろ。俺」
「よくここだって分かったわね」
「ただの感だよ。なんとなくここかなと思ったら、お前がいたんだ」
そう言って、真人は真希の隣りに座った。
「何よ」
真希が左の顔を向け、真人を睨むように見る。
「日向ぼっこ」
真人は真希を見て笑った。
「授業中でしょ」
「お前を探すという口実がある。先生に頼まれたんだからな」
「・・・」
真希は黙る。二人は、しばし黙って太陽の心地よい暖かさを感じた。
「勉強遅れるわよ」
真希が言った。
「ちょっとくらいいいさ」
「・・・」
真希は口を尖らせ再び黙った。
「お前、もしかしていじめられたのか」
真人が真希を見る。
「・・・」
真希は黙っている。
「麻美たちか?」
「知らないわ。誰かなんて」
「やっぱりそうなのか」
「・・・」
「お前もう少し、愛想よくしろよ」
真人が少し遠慮がちに言った。前回、真人が真希に声をかけた時も、余りにその態度が酷く、真人でさえキレた。
「余計なお世話よ」
「お前のそういうところがだな」
「お説教なんかいらない」
真希はピシャリと言った。
「・・・」
真人は黙った。
「濡れたなら一回家帰ればいいじゃないか」
真人が話題を変える。
「・・・」
真希は黙っていた。
「お前んち遠いのか?」
「・・・」
真希は答えない。そういえば真希の家がどこかを真人は知らなかった。どの辺かといった噂もまったく聞かなかった。
「ていうかさ、お前、ブレザー買ってもらったら?めっちゃ目立ってるぜ。それ」
真人は真希のセーラー服を見た。
「・・・」
「そういうのも原因の一つだぜ。目立つ奴は叩かれるからな。学校じゃ」
真人は、魔女だとか呪いだとか黒魔術だとかいう真希の噂については黙っていた。
「そんなことでいじめられるなら、何やったっていじめられるわ」
「まあ、正論だな」
「それに私はこのセーラー服を着たいから着ているの」
真希は、そこでなぜか急に激しく怒り出した。
「なんで怒ってんだよ」
「あなたには一生分からないわ」
「なんでそんなに突っかかって来るんだよ。そういうところが」
「余計なお世話だわ」
「なんだよ」
真人には本当に真希という人間が分からなくなってきた。
「親に買ってもらえばいいだろ」
「私はセーラー服が好きだって言ってるでしょ」
「だからなんで怒ってんだよ」
真希のその突然の態度に真人は困惑する。
「お前、女子たちに目つけられてるんだぞ」
「・・・」
「もう少し社交的にだな・・、そうすれば」
「余計なお世話だわ。目をつけたきゃつければいいのよ。気にしないわ。そんなの」
「強いんだな。お前は。俺なんかすぐビビっちまうけどな。そういうの。石村たちも言ってたぜ。お前は強いって」
そこで真希は真人に向かって、キッと顔を向けた。その表情は、怒りを通り越して鬼のような形相になっていた。
「強くなんかないわ」
真希は叫ぶと同時に立ち上がっていた。
「な、なんだよ。急にむきになって」
真人がそんな真希の剣幕に、真希を見上げたじろぐ。
「私は強くなんかない」
「おっ、おい」
そして、真希はもう一度叫ぶとどこかへ行ってしまった。
「気の強ぇ女だな」
しかし、一瞬、去り際の真希の目に薄っすら涙が見えたような気がした。
「・・・」
真人はそれが気になった。
「見間違いか・・?」
屋上に一人取り残された真人は一人呟いた。
セーラー服少女 ロッドユール @rod0yuuru
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