第18話 集団ヒステリー
噂が噂を呼び、真希に対する周囲の視線は鋭いものになっていた。みんな真希を何か恐ろしい者でも見るみたいな目で見ていた。目が合うこと恐れ、真希の触れたものに、触れることをみんな嫌がった。自分に何か呪いがかかるのではないか、そんな疑心暗鬼が教室内に蔓延していた。
「はい、プリント後ろに回して」
先生によって、いつものように前の席の生徒たちに配られるプリントが一枚ずつ生徒が取り、後ろに流れていく。しかし、真希が一枚とり、後ろの席に回した時だった。その後ろの席の女生徒が、それを受け取るのをためらった。
「何しているの?」
女教師がそれを見とがめ声をかける。そして、渋々その女子生徒はそれを受け取った――。だが、その受け取った女子生徒は、その授業後の休み時間に泣いていた。
「大げさだよな」
その姿を見て、石村が真人に囁きかける。
「ああ」
真人も呆れている。
「なんだよ」
しかし、木田が二人に同調せず黙っていたので、真人と石村が木田を見る。
「でも、もしかして」
「バカバカしい、何言ってんだよ」
真人が木田に言った。
「でもなぁ」
「そんなことあるわけないだろ」
石村も言う。
しかし、集団心理とは恐ろしいもので、みんながそうだと思い込むと、それがたとえ現実ではなかったとしても、それを信じる者たちの間ではそれが現実になっていく。
「夜中に、神居が体育館で黒魔術をしてたって目撃情報があるぜ」
「ほんとかよ」
「ああ、見た奴がいるんだ」
「マジかよ」
「さすがにそれはないだろ」
「でも、みんな言ってるぜ」
「みんなって誰だよ」
「みんなだよ。学校中の噂だぜ」
「マジで!」
そして、噂が噂を生み、それを生徒同士共有されることで、それはさらに強化され、それがさらに根も葉もなく膨らんでいく。それは集団ヒステリーの様相さえ呈し始めていた。
「おいっ、それ神居が触ったやつだぞ」
女子生徒の一人が何気に学級日誌を手に取った時だった。男子生徒の一人がそれを指さし言った。言われた方のその子は固まる。そして、すぐに学級日誌を汚いものでも放り投げるように教卓の上に放り投げた。
「あっ」
気づくとそのすぐ後ろに真希が立っていた。教室中が静まり返る。
みんな真希を見ていた。それはまるで、真希がまるで魔女ででもあるかのような、そんな目だった――。
「お前はまだ神居のファンなのか」
休み時間、真人が呑気に石村を見る。
「当たり前だろ」
「今ちょっと、どもってたぞ」
「どもってねぇよ」
「ためらいを感じたな」
真人がにやりと石村を見る。
「ためらってねぇよ」
「ちょっと揺らいでんじゃねぇのか」
真人が疑いの視線を向ける。
「ああ、今ちょっと揺らいでたな」
木田も真人の石村いじりに加わる。
「揺らいでねぇよ。俺の愛は不変だ」
「むきになってんじゃねぇか」
いつかのお返しとばかりに真人は石村をいじる。
「むきになってねぇよ」
石村は明らかにむきになっていた。
しかし、石村は真希に対して、好意を失わなかったし、真人たち三人は教室の空気に流されるようなタイプではなかったが、真希に対する悪感情は日に日に悪化し、それは今、クラス内で最高潮に達しようとしていた。
「なんかすごい空気になって来たな」
木田が言う。
「さすがにかわいそうじゃねぇか」
石村。
「自業自得さ」
真人は、自分に言い聞かせるように呟いた。真人は、まだあの真希に声をかけた時の真希の態度を思い出すと腹が立つ。意外と真人はあの時のことを根に持っていた。
「それにしても」
しかし、人のいい真人は、真希を憎み切ることもできず、完全に浮いてしまっている真希をかわいそうとも思った。それに、何か真希を憎めない何かを感じていた。それは、よく分からない何かで言葉には出来なかったが、真人はそれをどこかで感じていた。
「・・・」
真人はちらりと真希の座る席の方を見る。真希は相変わらずクラスのそんな空気などどこ吹く風で、落ち着いた態度で自分の席に座っていた。そんな態度にも、真人は感心するのだった。自分には絶対にできない態度だった。真希の中に芯のようにあるその得体の知れない強さに真人は、尊敬の念のようなものまで感じた。
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