第57話 講和

 日本政府は合衆国政府との講和交渉と並行して英国やソ連とも話を進めていた。

 国内の政界や各省庁に巣くっていた親独派については、事前にあらゆる手段を使ってその影響力を排除している。

 その代償として「超軍神」である山本大臣がひどくやつれてしまっていたのだが。

 交渉については、英国とはもちろん講和を、ソ連には米英との仲をとりもってもらうことを目的としていた。


 英国からみた場合、日本との講和が成ればインド洋を取り戻すことができた。

 英印航路が復活するということは、英米航路一本しか無い現状の海上交通路が元通りの二本体制になり、物資の困窮が解消される。

 これがすぐに成されるということであれば、日本軍によって占領されている植民地の問題は多少後回しでも構わなかった。


 ソ連の場合は、日米が講和すればそのことによって米国は海軍戦力をすべて太平洋から大西洋へシフトすることが可能になる。

 それは援ソ船団の復活にとって絶対に必要なことであった。

 さらに、米国と日本が戦うことが無くなれば、西海岸に蓄積してある膨大な戦争資源をそのまま北太平洋を経由して直接ソ連領に持ち込むことができる。

 運び込まれた物資は鉄道を使って欧州の戦域まで送り込めばいい。

 なにより、北太平洋にはドイツの航空艦隊やUボートといった天敵は存在しない。

 損失率の高い援ソ船団よりも、むしろこちらの方が確実だった。

 それに、ソ連が米国の物資でドイツを押し返し、その健在ぶりを示せば日本の対ソ強硬派に掣肘を加えることもできる。


 英ソ両国にとって、日本と米国が講和することは明らかにデメリットよりもメリットの方が大きかったし、なによりそれは国の存亡にすら影響を及ぼすほどの意味を持つものだった。

 日本と米国を戦争に引きずり込んだ両国は、こんどは日米の講和にその全力を注ぎこんだ。


 日本や米国の国内事情、それに英国やソ連の思惑も絡んで日米講和の機運は一気に高まった。

 どの国も駆け引きをする余裕は無かった。

 それゆえに妥協のハードルは低く、交渉は比較的順調に進んだ。

 そして昭和一七年一二月八日、日米ならびに日英の講和は成った。

 それは決して平和を希求した結果ではなく、各国の思惑や打算の産物ではあったのだが・・・・・・




 昭和一八年は連合国陣営にとって忍耐の年だった。

 強くなりすぎたドイツに対して連合国は防戦に手いっぱいでとても攻勢に出られるような状況ではなかった。

 それでも年後半になると、それまで地の利を活かしてぎりぎりのところで踏みとどまっていたソ連軍は、だがしかし米国から北太平洋を経由して送られてくる戦略物資のおかげで一息つけるところまで持ち直していた。


 英国もまた、英印航路が復活したことでかつての力を取り戻しつつあった。

 さらに、英国にとって幸運だったのは、日本が同国の求めに応じて艦艇を「スクラップ」と称して売却してくれたことだ。

 いち早く世界大戦の惨禍から抜け出した日本は五五〇〇トン型以前のすべての旧式軽巡とさらに「睦月」型以前の旧式駆逐艦を「くず鉄」と称して(書類上は第三国経由の迂回ルートを使って)すべて売ってくれたのだ。

 その数は六〇隻あまりにのぼる。

 英国は購入した旧式軽巡に多数の高角砲や機銃を据え付け、旧式駆逐艦には最新の対潜装備を施し、対Uボート戦の貴重な戦力とした。

 一方、日本側の残る問題は中国とのごたごただけであり、海軍艦艇が減ったとしても問題は無かった。

 なお、中国との関係については大陸に対する野心を一時棚上げした米国、それにドイツとの戦いが終わるまではアジア東部で事を荒立てたくないソ連の仲介によって収束に向かっている。

 それと、日本としては海軍艦艇の数を減らすことで各国に対して平和に向けた姿勢をアピールすることもでき、さらに戦災復興のための貴重な外貨を獲得することができた。




 米国では日本の看護婦が意外な人気を集めていた。

 ネタ元はウェーク島沖海戦で捕虜になった元海軍将兵たちだった。

 当時、米国と日本はまさに戦争という極限状態に置かれていた。

 その中で、重傷を負った敵国の兵士である自分たちに日本の看護婦たちは、それはもう献身的な介護をしてくれたのだと言う。

 日本との戦いが終わったとは言え、いまだに米国はドイツやイタリアを相手に戦争を継続している。

 勇ましい話か悲惨な話しか聞かないこの戦時というご時世に、人情味あふれるこのストーリーは元米兵捕虜の勘違いのロマンスという尾ひれがついて新聞などのマスコミに大きく取り上げられた。


 ところで、上流階級における口コミの影響力を熟知していた金満提督は、米兵篭絡任務にあたっていた看護婦に対し、政治家や経済界の大物の息子、それに高級士官や将来有望そうなアナポリス出身の若い士官らに対し、特に丁重に看護するよう頼んでいた。

 中にはユキカゼ(元ズイコちゃん)のように「丁重」の意味を深読みしすぎてしまい、余計なサービスを施して婦長からこっぴどく叱られた看護婦もいたが、そんな彼女らの働きが米国の権力者階級の日本に対する好感度の向上におおいに良い影響を与えていた。

 それもあってか、海軍病院には米国から匿名で多額の寄付がいくつも寄せられているという。

 そのうちの一部は当時任務にあたっていた看護婦らに臨時賞与として支給されるのだそうだ。

 この話を聞いた金満提督はとても喜んだ。

 近々結婚を予定しているアカコさんやカガコさんは何かと物入りだろうから、とても助かるだろう。


 それと・・・・・・


 「巴戦に持ち込めなかった」


 意味不明の言葉をつぶやいて落ち込んでいるホウコさんもこれで少しは元気が出てくれればなあ、と金満提督は思うのだった。



 (終)












































































































































































































幻の第58話 奔放妖精ユキカゼ



 「あら、今日はユキカゼさんが夜勤?」


 深夜、所用で海軍病院に戻ってきた婦長がユキカゼの姿を認めて声をかける。

 着衣が少し乱れているようだが、指摘するほどのひどさでもないので婦長は黙っておくことにした。

 目の前のユキカゼは自由奔放な一方で、任務のほうはそつなくこなす得難い人材でもあった。

 少しばかりの着衣の乱れを指摘して機嫌を損ねるような真似はするべきではなかった。

 それに、ユキカゼは持ち前の妖精を彷彿とさせるような見た目と立ち居振る舞いをもって米兵捕虜をことごとく魅了している。

 実際、捕虜の撃墜スコアのほうもホウコに次ぐ二位を堅持しているから、若いのにもかかわらず相当なやり手だ。

 あるいは米兵は意外にロリコンが多いのではないかと婦長は思ったりするが、それを口にしないだけの分別はあった。


 「はい。今夜は私とオカン、じゃなくてホウコ先輩が当番です。ホウコ先輩は控室で休憩中です」


 「特務に夜勤にと大変ねえ。重要任務なのは承知しているけど、あまり無理はしないようにね」


 平時においてでさえ看護婦という仕事が激務なことを誰よりも熟知している婦長が、戦時下ゆえに労働環境の改善がそう簡単には叶わないと知りつつも労いの言葉をかける。

 そのうえ、彼女たちは捕虜になった米兵篭絡の任まで負っているのだから、婦長ならずとも心配になる。


 「大丈夫です。ホウコ先輩も頑張っておられますし、それにさっきの提督も三分ほどで終わりましたから」


 「三分? 何が三分なの?」


 婦長は首をひねる。

 そもそもとして、夜勤において三分で終わるような業務などあっただろうか。

 だが、思案顔の婦長にユキカゼはニヤニヤ顔で無邪気にその可憐な唇を動かす。


 「もう、婦長さんたら分かってるくせに。それに私も早抜きのテクニックでは他の先輩方に負けていませんから全然大変じゃないですよ。指示通り『丁重』に米兵の方には接していますからご安心ください」


 目の前で妖精のように微笑む看護婦を見る婦長の顔がみるみるうちにこわばってくる。

 ユキカゼが捕虜相手に何をやらかしていたのかを瞬時に悟ったのだ。


 特務に携わる看護婦はそのいずれもが腕利きでそのうえ選りすぐりの美人ばかり。

 だがしかし、その一方で「裏の顔」がとんでもない、つまりはビッチ揃いだということもまた婦長はよく知っている。

 見た目の可憐さや優雅さとは裏腹に、男を咥えこむことになんの躊躇もない、あばずれ共だ。

 そもそもとして、清楚で真面目な娘にハニトラや美人局のような真似など出来ようはずもない。

 ユキカゼは、あるいはその習性ゆえにそういった結論に達してしまったのか。


 「この娘は丁重という意味を完全にはき違えている」


 その後、ユキカゼは婦長にこってりと絞られ、夜勤から外された。



 (完)



 最後までお読みいただきありがとうございました。


 執念のスクロールに敬礼!!

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金満艦隊 蒼 飛雲 @souhiun

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