刑事・ローズマリー

@SuperMenchi

episode.0 ─ある刑事の話─

 私は藤宮光雄ふじみや みつお(35)

 今日は後輩の男性刑事、弘道香こうどう かおる(28)と一緒に爆破テロ事件に巻き込まれた遺族の一人に話を聞きに行く。

遺族の名前は中町幸子なかまち さちこ(57)息子である中町正なかまち ただし(24)が殺害された件で事情聴取に向かうところだ。

「中町幸子さんですか?昨日お電話させていただいた神奈川県警察の藤宮というものです」

インターホン越しに警察手帳を見せながら言った。

「はい…どうぞ…」

怪訝そうにドアを開ける。

「失礼します、」

私達は居間のちゃぶ台に幸子さんと向かい合うように二人並んで腰を下ろした。

年齢の割にシワは少ない。

「ご存知かとは思いますが、昨日あなたの息子さん中町正さんが亡くなりました。」

「はい…」

時々咽びながら幸子は答えた。

「その件でお伺いしたいことがありまして。       事件当日の朝、家を出るとき正さんに不審な点はありませんでしたか?」

空気を読まず隣りにいる若手刑事が、淡々と話を進める。

私は叱咤した。

「すいません、事情聴取も初めてなもので…」

弘道も小声で答えた。

その顔は緊張と不安で硬く、今私に叱られたからか、ここに向かうまでと比にならないほど額には脂汗が流れていた。

「中町さんもお気の毒でしたね、しかし大丈夫です、犯人は必ず捕まえてみせます」

これまで同様ありきたりなセリフを吐く。

「うっ…はい…お願いします…」

悲しみの波は収まらないようだ。ここに私達が来たときより激しく大粒の涙と少しの鼻水を流しながらないている。

泣き声と鼻水をすする音だけが響く。

 少し時が経ち落ち着いた頃、

「では…当日の朝の正さんの様子を教えて下さい」

私は沈黙を破り、幸子さんに尋ねた。

「あの、正はどのようにして亡くなったのでしょう……、それと事件の全貌ももっとはっきり教えて下さい」

打って変わっておちついた声で幸子が尋ねる。

胸ポケットから手帳を取り出しそれを見ながら事件の詳細を話し始める。

こころなしか弘道も私の話に耳を傾けているようだった。

「では…8月9日(水)午前9時40分通勤のため電車に乗っていた中町正さんは列車の爆発事故で亡くなりました、原因は不明ですが、無差別爆発テロだと思われます。」

私は事件現場に置かれていたローズマリーの話はしなかった。無関係だと思ったのだ。

「そうですか…ありがとうございます…それで正の朝の様子ですよね、特にいつもと変わったところはなかったと思います…」

沈んだ声で幸子は答えた。

その瞳はうつむいていたためよく見えなかったが、迷いない発言から嘘はないと分かった。

その後もここ数日間の様子や会社での様子など聞ける限りのことを聞いたが怪しい点は見当たらなかった。

ふと時計を見た5時を回っていた。事情聴取終了予定時間は4時半だ、少しくつろぎすぎた。

「中町さん今日はありがとうございました。また何かありましたら、ご連絡させていただきます。」

そう言って家を出た。

少し歩いたとき。

「収穫なかったなあ」

と弘道に声をかけた。

「は、はい、なにもな、なかったです、はい」

まるで蛇ににらまれたネズミのように怯えながらが答えた。

「ど、どうしたんだ弘道」

「いや何でもな、ないですはい…」

弘道を叱咤したのが原因なのか?

もっと優しく教えてあげればよかったのか?なぜ俺は弘道を怯えさせてしまったのか…?

様々な考えが頭を巡る。

しかし、人はありきたりなことしか言えないのだ。

「まあ、お前も頑張れよ」

なぜ?

こんなことしか言えないのはわかっていても、自分が悔しかった。私は弱いこんな気持ちを紛らわすためにタバコを取り出す、一本取り出し火をつけた。

弘道は私の動作一つ一つに"ビクッ"とからだをふるわす。

私はタバコを更かし、感慨にふけりながら沈む夕焼けを見ていた。

私は思ったこの刑事を見捨ててはいけないと。自分でしっかり後始末はするのだと、彼を怯えさせたのなら彼を元気づけなければいけないと。

私は後で後悔することになった……。







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