第9話 不安と信頼

【第9話】不安と信頼




 テ・テテ工房を出たオレの横にはロンという少年がいる。この街に入り迷子になったらしい。そしてオレも見事、道に迷ってしまった。なんとか自分の記憶をたどって統治所を目指したが、どこもかしこも見覚えのない景色ばかりだ。


「おい兄ちゃん! なんだかあっちは人が多そうだぞ!」

 ロンの指さすほうを見ると、確かに人の流れが多そうだった。とりあえず行ってみるか。




 ——しばらく歩くと見覚えのある景色に遭遇した。


「ロン、でかしたぞ!」


 ここは最初にたどり着いた市場だ。ということは……。


「おぅ兄ちゃん! さっき振りだねぇ。テ・テテ工房には行けたかい?」

 マロスに来て最初に声を掛けてくれた商人だった。


「先ほどはありがとうございました。おかげで武器も防具も手に入れられましたよ。」


「そうかいそうかい! そりゃよかった! ウチは雑貨屋だ、必要なものがあればいつでも買いに来てくれよ!」


 お礼もかねて薬草10点と小袋を購入し、統治所までの道を聞いてその場をあとにした。


「毎度あり~!」




~~~




 徐々に統治所が見えてきた。建物の前に見慣れた姿がある。ミーアだ。ロンは勢いよく走りだし、ミーアのもとに向かった。


 ロンとミーアが話し終わる頃にオレも到着した。ミーアの話ではだいぶ前に執務を終えたらしく、ずっとここで待っていてくれたそうだ。オレがテ・テテ工房に行った話をしたら、ミーアも喜んでいた。


「ごめん、武具は揃えたんだけど金貨がこれしか残ってなくて。」


「気にしないで下さい。マロスの方々が少しでも笑顔になっていただけたのなら本望です。……ロンのお母様が心配しているかもしれませんし、今日はこのへんにして帰りましょう。」


 並んで歩くミーアとロンの背中を見守りながら、オレたちはマロスを離れた。




~~~




「ミーア様! ありがとね! ばいばい!」

 ロンの母親は先に帰宅していた。ロンを無事に引き渡すと、深々と頭を下げてお礼をされた。


「明日からアカデミーか。」

 オレは不安をぽろっと口に出してしまった。


「そうですね。私も不安で胸がいっぱいです。」

 意外だった。こんなに大人びたミーアも不安なのか。


「何がそんなに不安なの?」


「開道の儀の後に色々と説明があったと思いますが、アカデミーは寮制度をとっています。在学中の3か月間はマロスに戻れないので、その間は副領主の方が執務の代行をしてくれるのですが……。」


 含みのある言い方だった。おそらくその副領主が悩みの種なんだろうが、今のオレでは何も手助けしてやれないのがもどかしい。


「まぁ何かあったらハドが連絡してくれるんじゃないかな? オレも色々と頑張るから、それまではアカデミーでの勉強に専念しようよ!」


「それもそうですね! ありがとうございます!」


 気休め程度にしかなってないだろうが、それでもミーアの笑顔を引き出せたのが嬉しかった。


 その後はミーアの案内で色々と寄り道しながら歩き、オレがいた世界の話をしたりマロスの昔話を聞かせてもらいながら屋敷まで帰った。




~~~




 ——相変わらずハドの飯は旨い。


 静かに食事をしていたミーアがふとしゃべりだした。


「じい、明日から3か月間マロスを空けます。執務は副領主が代行予定ですが、何か不測の事態や大きな事件などがあればその都度、書簡を送るようお願いします。」


「副領主と言いますと、王都出身の有力者である『ドル・べルール』様ですね。承知いたしました。」


 ハドの表情が少し曇る。やはり副領主に何か不安な点があるのだろう。二人はそれ以上語ろうとしなかったためオレは詳しく聞くのを控えた。


「そういえば、ミーアはアカデミーに持っていく武具は準備してあるの?」


「はい、私はこのペンダントとお洋服だけで大丈夫です。」


 ずっと気にはなっていたが、ミーアの胸元には白と黒の宝石のようなものが螺旋状にクロスした奇妙な形のペンダントが輝いている。


「このペンダントは魔法具です。黒は、『何物にも染まらない強い信念』、白は、『全てを受け入れられる寛容さ』を意味しています。それを併せ持った人間になれという教えとともに、バルク家分家の領主夫人に代々継承されてきました。」


「なんか矛盾しているような気もするけど。」


「フフッ、そうですね。私にとって生涯しょうがいの課題といったところでしょうか。」


 ミーアの笑顔には、真剣さが垣間見えた。本当にそういう人間になろうと努力しているのだろう。




 ——食事も終わりそれぞれが部屋に戻った。しばらくするとオレの部屋の扉を叩く音が聞こえる。ミーアだった。


「どうしたの?」


「すみません、これをタクトさんにお渡ししたくて。」

 ミーアの手には手袋のようなものが握られていた。


「これは分家当主が継承してきたグローブです。」


「なんでそんな大層なものをオレに? 受け取る資格がないと思うんだけど。」


 それはそうだろう。オレはこの世界に来たばかりで正直ミーアたちとの関りは薄い。そんな人間が当主に継承されてきたものを、ましてやミーアの父の遺品でもあるものを受け取るわけにはいかない。


「母が亡くなるとき、先ほどの教えと共にこのペンダントを私に。そしてこのグローブを渡す時に、『これはあなたが信頼できる人に渡しなさい』と言っておりました。……タクトさんとは出会って間もないですが、私はあなたを信頼できる方だと思っています。」


 真剣な眼差まなざし、真剣な声だ。


「ありがとう。ミーアの気持ちに応こたえられるように頑張るよ!」

 ミーアはオレにグローブを手渡すと、嬉しそうに部屋を出て行った。


 ……年季の入ったグローブだ。これには今までの分家当主たちの想いが込められているのだろう。複雑な心境ではあるが、彼らの想いを……そしてミーアの気持ちを裏切らないようにしないとな。



 ——いよいよ明日からアカデミーに入学する。不安しかないが、とにかく出来ることをやるしかない。



 今日はもう寝よう。

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残念ながらオレのジョブは主人公向きじゃないようだ おじゃる.com @ojal-com

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