第8話 『テテテ工房』
【第8話】テテテ工房
「ふぉぉぉぉーーーーーー!」
心臓が口から飛び出るとはこのことだった。ナイフに見惚れていたオレの真横から突如現れた白髪のじいさんが叫んだのだ。
「なんなんですか!」
「なんなんだとはなんだ! ワシゃここの店主じゃぞい!」
店主なのは良いとして、あの絶叫は何だったんだ。しかも話し声がかなりデカい。
「店主の方ですか。すみません。急に現れたもので驚いてしまって。」
「急じゃないわぃ! ずっとここにおったわ! おぬしが入ってくるところから見とったわぃ!」
「じゃあ出迎えるとか反応するとかしてくださいよ! 店主なんですから!」
圧倒的正論をぶつけてみた。
「ふんっ! そんなのワシの勝手じゃろ! それに、店主がおらんと勘違いした輩やからが商品を盗んでくれれば、そいつらとっちめて商品を押し売りできるしな!」
正論への反撃は、とんだ変化球だった。とてつもなく恐ろしく悪どい店主だった。
「あと、なんで急に叫んだんですか! オレ何もしてないですよ!?」
「ふんっ! 小僧のくせにそこの『双影刀(ソウエイトウ)』の魅力が分かるやつだと感心したんじゃい!」
……これは褒められているのか? 全くそんな気がしない。
「この『双影刀』でしたっけ? すごい武器なんですか?」
「凄いに決まっとる! わしが造った武器じゃからのぉ!」
このじいさん、現役の鍛冶職人なのか。小柄で細身のこの老人からは、正直そんな気配が全く感じられない。
「オレ、明日からアカデミーに入学するんです。必要なものが何かは分からないんですが、ひとまず武器や防具を揃えようと思ってここに来たんですけど……。」
ここで買い物が出来なければ他をあたるしかない。とりあえず要望を伝えてみた。
「ほぅ! 見習いか! だったらそこにある新米装備セットじゃな。アカデミーに入る連中はみんなその装備を買っていきおるぞ。」
指をさされたほうに目をやると、レザーアーマーのような装備が置かれていた……というか床に捨てられているかのようだった。拾い上げて見てみると、意外にも細かいところまで丁寧に作り込まれているようだった。このじいさん、腕は良いのかもしれない。
「分かりました。これ買います! あとその『双影刀』も!」
双影刀も購入リストに追加しようとした瞬間、じいさんが怒鳴りだす。
「ばっかもーん! それは売りモンじゃねぇ! お前みたいなガキんちょには50年早いわ!」
50年後はオレがアンタくらいの歳になってるよ。
「生憎あいにく、どこの馬の骨ともわからん奴に売ってやるほど心は広くないんじゃ!」
「あんたらの領主と知り合いだっつーの。」
心の声が不意に口から出てしまった。
「おい小僧! 今何と言った!?」
(やべっ、聞こえてた。また怒鳴りだすぞ……。)
「お前、ミーア様と親しいのか?」
じいさんが急に大人しくなった。
「小僧よ、ミーア様はお元気か?」
「元気ですよ。今日も執務の為にマロスの統治所に来ています。」
「そうかそうか。ワシの話は何かしておったか?」
「……あ、そういえば。」
屋敷を出てマロスに向かう道中、ミーアがとある鍛冶職人の話をしていたのを思い出した。代々、バルク家分家に特注の武具を卸していた職人がマロスにいると……。あれはこのじいさんの話だったのかもしれない。
オレは、ミーアが話していたことをそのまま伝えた。
涙ぐみながらじいさんが話しだした。
「この工房は初代の『イ・テテ』から始まり、『オ・テテ』『ネ・テテ』そして4代目のワシ『テ・テテ』が代々バルク家分家の専属鍛冶職人として武具を提供してきた。」
『テテテ工房』じゃなくて『テ・テテ』工房だったのか、紛らわしい。
「しかし、ワシには後継ぎがおらん。だいぶ前のことじゃが、ワシの代で工房を閉めることをミーア様に伝えたのじゃ。」
跡継ぎか。確かにこういう職人業は長い時間をかけて後継者を育てなければならない分、人材の確保が難しいのだろう。
「そんなワシにミーア様はこう言ったんじゃ。
・・・
『私は、テテ家の武具は王国随一の物だと思っております。アーデ様や勇者様がお使いになっていた武具は、あなた方の魂の込められた子供たちです。今では我が家の宝になっています。たとえ工房が無くなってしまったとしても、あなた方の子供たちは歴史と人々の記憶に生き続けるのです。バルク家の為に今まで本当にありがとうございました。』
・・・
とな……。」
不覚にも泣いてしまった。ミーアの器の大きさもそうだが、ミーアとじいさんたちの間には、《統治する者・統治される者》という関係ではなく、《共に戦う者》という絆のようなものがあるのだろうと容易に想像できたからだ。
「ミーア様は賢く、尊く、そして美しい。歳若くしてこの街の領主を務める苦労は計り知れん。あの方はマロスの民を分け隔てなく愛し、大切にしておる。じゃから民もミーア様を支えるのじゃ。」
じいさんは大きく深呼吸をした。
「小僧、こっちにこい。」
じいさんは双影刀を自分の手のひらの上に置いてこちらを向いた。
「ここに手をかざせ。」
オレは言われたとおりに双影刀に手をかざした。
「お前の名は?」
「ヒノモト・タクトです。」
そう答えると、じいさんはブツブツしゃべり始めた。詠唱のようだ。
「我が子『双影刀』よ。この手を離れ、新たな主『ヒノモト・タクト』の剣となれ。盾となれ。敵を穿(うが)ち、味方を守れ。」
双影刀が光を放ちながら宙に浮かび上がった。
「小僧、ミーア様を頼んだぞ。」
最初の印象とは全く別人のじいさんだ。
「分かりました。」
そう言ってオレは宙に浮かぶ双影刀を両手で握りしめた。
徐々に光が弱まると同時に驚いた。
「普通のナイフになってる。」
オレの手に握りしめられている双影刀は全くの別物のような……どこにでもありそうなナイフのような見た目に変化していた。
「ようやく眠りについたんじゃ。その双影刀はワシが10年前に打った代物。それからずっと、こいつは仕えるべき主を待っていたんじゃよ。」
魂の込められた子供とは、そういうことなのか。
「ありがとうございます。あの、双影刀のお代は……?」
「そんなもんいらんわい! 新米装備セットの分だけでいい! 銀貨なら1000枚、金貨なら1枚じゃ! とっとと置いて出ていけ!」
急に元のじいさんに戻った。口の悪さは圧巻だ。
——ギィーッ。
不意に入口の扉が開く音がした。目をやると、マロスに来る途中に出会った少年がいた。
「君は……ロンだよね? どうしてここに?」
「お、ミーア様と一緒にいた兄ちゃんか! 母ちゃんの帰りが遅いから探しに来たんだけどよ! とりあえず一緒に帰ってやってもいいぞ!」
……お母さんを探しに来て迷子になったってところだろう。
「おいチビすけ! ここはお前みたいなやつが来るところじゃねぇ! とっとと帰りやがれ!」
子供に対しても容赦ないじいさんだ。しかし、ロンの耳にはじいさんの声が届いてないようだ。オレの握っている双影刀に興味津々と言わんばかりに目を輝かせている。
「カッコいい剣だな! なんか疲れてるように見えるけど。」
ロンの言葉を聞いたオレは、じいさんのほうを見た。案の定、目をまん丸に見開いて愕然としている。
「テ・テテさん、ありがとうございました! 装備のお代はここに置いておきます! それでは!」
オレは小袋の中から3枚ほど金貨をポケットに入れ、残りの金貨を小袋ごとテーブルの上に置いた。
「チビすけ! いつでも遊びにこい!」
店を出ようとするオレたちに向かってじいさんが叫ぶ。
「うん、分かった!」
笑顔で答えるロンの手を取り、オレたちは『テ・テテ工房』を出た。
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