第7話 バルク領『マロス』
【第7話】バルク領『マロス』
——よく眠れた。心に引っかかっていたモノが消えたからだろうか。窓から差し込む朝日を浴びながら背伸びをする。今日もいい天気だ。
「おはよう!」
いつもの部屋に行くと2人がいた。
「タクトさん、おはようございます!」
今日もミーアは可愛い。そんなことを思いながらミーアに微笑むと、ミーアの影からハドが睨みを利きかせていた。昨夜、ミーアとハドの娘には手を出すなって言ってたな……分かってるって。
「食事が終わったら早速出かけましょう!」
「うん、分かった。」
昨晩の3人での会話で、ミーアも少し気持ちが楽になったのだろうか。そうであってほしいものだ。
——オレたちは朝食を終え、ハドの見送りのもと屋敷を出た。
この屋敷に来たのが2日前。部屋の窓からは大きな木が邪魔で景色が分からなかったが、いま目の前に広がる光景は、どこか懐かしい感じがした。
「まずは少しお散歩でもしましょう。」
ミーアはそう言うと、屋敷から延びる道を進み始めた。
「どこに向かうの?」
「私が統治する小さな街です。この辺りは農村地帯ですが、少し歩けば街が見えてきますよ。」
農村地帯というか民家が極端に少ないだけにも見えたが、口にしなかった。
「ミーア様!」
前方から幼い声が聞こえる。
「こんにちはロン。今日はお母様と一緒じゃないのね?」
ロンと呼ばれた無邪気な笑顔を見せる少年は、7,8歳といったところだ。この辺りの家の子供なのだろう。
「お母さんは市場に行ったから留守番してるんだ! えらいだろ!」
誇らしげに胸を張るロン。男のプライドが早くも芽生えているのだろう。
「それはえらいですね。さすがロンです。留守番中のあなたがここに居たことはお母様に内緒にしておきます。お留守番、頑張ってくださいね!」
自分の言葉と行動の矛盾に気づかされたロンは、慌てて走り出した。
「ミーア様! お仕事がお休みになったらまた遊んでね! バイバイ!」
ミーアは、ロンの後姿を微笑ましそうに見つめていた。
「そういえば、なんでその街に住まないの? 街に住んでたほうが色々と都合が良さそうなのに。」
「街に分家の屋敷はあるんですが、執務を行うとき以外はここに居たいんです。この風景が好きだから。」
統治の仕事は大変なんだろうな。少し悲しさが混じったような言い方が気になったが、今は忘れることにしよう。
屋敷を出てからしばらく緩やかな登り坂になっていたが、ようやく天辺が見えてきた。ミーアは小走りになり、オレより少し早く登り切った。
「ここがバルク領『マロス』です。」
金色に輝くミーアの髪が風に揺れる。オレはミーアに見とれながらも足を進め、そして言葉を失った。
「こ、これが!?」
ミーアは『小さな街』と言っていたが、オレの目には小さくは見えなかった。それどころか、想像を上回る規模だった。建物ひとつひとつは大きくないものの、数多くの建物があり、さながらヨーロッパの街並みのようであった。
「さあ、あと少しです! 行きましょう!」
~~~
——しばらく歩き、ようやく街の入口に着いた。屋敷の辺りと違って多くの人が行きかっている。アカデミーのあった街よりは少ないが、それでも活気に溢れているのが伝わってくる。街に入って少し歩いたところでミーアは足を止めた。
「タクトさん、これを。」
そう言うとミーアはオレの手に小袋を置いた。
「この中に少しですが金貨が入っています。アカデミーに入学する前に、私はここで残っている執務を片付けてきますので、買い物でもしながらお待ちいただけませんか? ほんの1時間程度ですので。」
ふと横に目をやると、ミーアの屋敷の3倍くらいの広さがありそうな建物があった。
「もしかしてここが分家の?」
「そうです。こちらが正式なバルク家分家の館であり、『バルク領マロス統治所(とうちしょ)』です。」
「すごいところで働いてるんだね。わかった! 行ってらっしゃい!」
統治所に入るミーアを見送りながら、彼女は本当にすごい子なんだと実感するとともに、少しだけ遠い存在のような気がしてしまった。
——さてさて、どうしたものか。買い物でもしてろと言われたはいいが、何が必要なのかは全く分かっていない。この服じゃさすがに浮いてしまうからまず服を買うとして、あとは定番の武器・防具あたりかな?
見知らぬ街に一人残されたオレだったが、意外にもこの街や風景に興味でいっぱいだった。人の多そうなほうを目指していると商店が並ぶ市場のようなところにたどり着いた。
「へい兄ちゃん! 見ない顔だねぇ。旅人さんかい? 良かったらこの薬草半額にするよ?」
威勢のいい売人に声を掛けられたが、生憎オレが探しているのは服と武具だ。オレの転生人生の第1売人には申し訳ないが断ることにしよう。
「すみませんが、今は服や武具を探してるので薬草はまたの機会に。」
「なんだい、釣れないねぇ。まぁいい、この街の人間はみんな良いやつばかりだからね。兄ちゃんに教えてやるよ。この街で武具を揃えるなら『テテテ工房』に行ってみな。何でも手に入るよ。」
自分で良いやつって言っちゃってるよ。まぁ情報は貰えたわけだし、なんだかんだ良い人だ。お礼を言ってから教えてもらった道を進んだ。
~~~
どうやらここが『テテテ工房』のようだ。文字は読めないが同じような文字が3つ並んでいる。分かりやすいんだか分かりにくいんだか……。
「すみませーん。」
恐る恐る扉を開きながら店内の様子をうかがう……が、反応はなく人がいる気配もない。引き返す理由もないのでひとまず入って扉を閉めた。
店内には鎧や兜、剣やハンマー、よく分からない道具などがひしめき合っていて、商品展示の仕方は無秩序そのものだった。
その中に、唯一オレの目を引くものがあった。2本のナイフである。テーブルに刺さって立っているそのナイフ……両方とも黒い刀身だが、1本は白色、もう1本は金色の不思議な模様がそれぞれに彫られている。
「かっこいいな。」
思わず声が漏れ出てしまった。
その時、この世のものとは思えない声が店内に響き渡った。
「ふぉぉぉぉーーーーーー!」
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