第6話 それぞれの想い

【第6話】 それぞれの想い




——ミーアのジョブの話が終わり、オレは食事に手を付けようとした。



「そういえば、タクト様のジョブはいかがでしたか?」

 ハドが思い出したように聞く。


「オレは……アサシンだそうです。すみません。」


 罪悪感から自然と謝ってしまった。


「な、なんですとぉー!?」

 デジャヴだ。


「じぃは知ってますか? アサシンというジョブを。」


「我が『ソン家』はベルク家の執事として仕つかえるようになってから300年になりますが、そのようなジョブは伝記のどこにも書かれていなかったかと……」


 ミーアもハドも知らないとなるとやはり存在しないジョブなんだろう。


「ハドさん、勇者やバーティカルメイジは昔からあるジョブなんですか?」


「そうですねぇ、勇者もバーティカルメイジも150年前のアーデ様がご活躍なさった年から伝記に登場したと記憶しております。勇者は数十年に1人現れるかどうかというところで、バーティカルメイジに至ってはミーア様が2人目かと存じます。」


 ちょっとまて、それじゃあミーアは勇者よりもレア度が高いのかよ。なんてこった。仮にオレが勇者だったとしても見劣りしてたのか。


「そ、そうなんですね。いやー、凄いなミーアは。」

 苦笑いをしてしまった。


「私が申し上げるのもなんですが、最初の一人目には我々の想像を絶するような苦労があるかと存じます。どうかお気を付けください。」


 ハドの言葉に、オレ急に不安になった。そんなこと言われたって何に気を付けりゃいいんだ。


「タクトさん、アサシンがどのようなジョブかは分かりませんが、まずはアカデミーを卒業することに集中しましょう。落第してしまったら正式にジョブ認定が下りないので。」


「え、そうなの?」

 初耳だ。開道の儀がジョブ認定の儀式……というわけではなかったのか。


「ちなみに落第するとどうなるの?」


「落第すると……農民確定です。」


 そんな恐ろしいことをサラッと笑顔で言うなよ。……まぁ素質がないなら、田舎で平凡に暮らすってのも悪くはないのかな。


「じゃあ、ひとまず落第しないように頑張るよ。」


「そういえば、タクトさんは今後どうするつもりなんですか? アカデミー卒業後のことですが……」


 ミーアの言葉で現実に引き戻された。オレはバイト帰りに後ろから何かがぶつかるような痛みを感じて、気がついたらここにいるわけだ。おそらくオレはあの時に死んだのだろう。


 死の淵を彷徨っていて……的なやつなら夢落ち帰還できるだろうが、死んでいるなら永遠に帰れない。そう考えると、もう家族に会えないかもしれないという悲しみや恐怖が襲ってきた。


「ごめんミーア。分からない。オレは何でこの世界にいるのか、これからどうしたらいいのか。……ごめん。」


「タクトさん、出会ったばかりの私が言うのもなんですが、何か手伝えることがあったら言ってくれませんか? 1人で背負い込んでほしくないんです。」


 それはさっきオレがミーアに言った言葉だった。胸が熱くなるのを感じた。



「うぉぉぉーーー! ミーア様ぁーーー!」

 雰囲気をぶち壊したのは、ミーアの言葉に感極まって涙を流すハドの声だった。


「もぉ! じぃってば!」

 ハドを見て笑うミーアにつられてオレも笑った。この2人に出会ってよかった。


「タクトさん、アカデミーは明後日からなので明日はお休みです。このあたりの案内や入学の準備をしたいのですが、宜しいですか?」


「もちろん!」




~~~




 ——食事が終わるとミーアは自室に戻り、オレはハドの片づけを手伝っていた。必要最低限の会話以外はなく、若干気まずい空気を感じながらも、淡々と作業を進める。


「タクト様。」


「ふぇい!?」

 ハドの真剣な空気をまとった声に驚く。


「ミーア様を宜しくお願い致します。」

 よろしくって何をどうよろしくすればいいのだろうか。


「ミーア様のお父様は、ミーア様が7歳の時にお亡くなりになり、お母様は10歳の時にお亡くなりになられました。それから7年間、あの方はお一人でバルク家分家の当主としてこの地を治めてきたのです。」


 10歳から当主……しかも一人で。


「ミーア様にはご友人と言える方がおりません。ですがタクト様はおそらく、すでに友人と呼べる間柄でしょう。どうかミーア様のそばで、苦しみも喜びも共に分かち合っていただきたいのです。ミーア様の為にも……。」


 食事の時と全く違う雰囲気のハドは、涙を浮かべるわけでもなく、ただまっすぐな瞳でオレを見つめていた。


「もちろんですよ。二人はここに来たばかりで見ず知らずのオレを温かく迎え入れてくれました。その恩は一生忘れません。今まで食べた中で一番おいしいってくらいのご飯までご馳走になりましたし。」


 オレの言葉を聞いたハドは、無言で頷き作業に戻った。



——しばしの沈黙が流れたあと、ハドのことが気になっていたオレは口を開いた。


「そういえば、ハドさんはご結婚してるんですか?」


「さようでございます。麗しき妻と愛しき娘がおります。」

 とても楽しそうに喋りだした。長くなりそうな予感がしたオレは、自分で聞いておきながら軽く相槌を打って終わらせた。


「タクト様。」

 また一段と真剣みを帯びた声に変る。


「くれぐれも、ミーア様と私の娘には手を出さないように……絶対ですよ。」

 目が怖ぇよ。そう突っ込みたくなるくらいの眼差しだ。


「分かってますって!」



 男二人の密談の終わりとともに、ようやく一日が終わりを迎えた。明日はどこに行くのか、これからどうなるのか。


 小さな期待と大きな不安を胸に、オレは目を閉じた。

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