第5話 ミーアとアーデ

【第5話】 ミーアとアーデ




『バーティカルメイジ』ってなんだよ。ゲームでも聞いたことないぞ。さっき騒いでいた勇者のリアクションが少し腑に落ちた。


 ふと周りを見ると意外なことに周囲の反応は、さっきのオレの時とは少し違うものだった。ジョブの名を口にしたアネも動揺している様子はない。『メイジ』というだけあって、魔法使い的なジョブなのは間違いないだろう。アサシンとは違って、バーティカルメイジというジョブは存在しているのだろうか?


「バルク・ミーアさん、席にお戻りください。」


 進行役の女性がミーアを促す。ミーアはフラフラと立ち上がると席に向かって歩き出し、オレはその後を追った。


 ちょうど席に戻ったタイミングで全員の開道の儀が終了した。どうやらミーアが最後の一人だったようだ。



 ——その後は、学院長のハイネから王国やアカデミーの歴史などが語られる退屈な時間が流れ、明日以降の日程などの説明を受け、解散となった。




~~~




——とても気まずい空気が流れる。アカデミーを出てからミーアが一言もしゃべらないからだ。彼女は家に帰るそぶりも見せず、オレはただ空を見上げながら時の流れに身を委ねていた。


「すみません。」


「な、なに?」

 突然話しだしたミーアに驚いた。勇者になれなかったから見捨てられるんじゃないかという不安が急激に押し寄せてくる。


「私、泣いてしまって。」

 先ほどの開道の儀のことを言っているようだ。


「全然大丈夫だよ! むしろオレのほうこそ勇者じゃなくてごめん!」


「そんなことはありません! 聞いたことのないジョブ……とても興味深いです!」

 ミーアの眼に輝きが戻った。


「そぉ? それならよかった!」


「ちなみに……さっきのこと聞いてもいい?」

 泣いていた理由がどうしても気になり、思い切って突っ込んでみた。


「そうですね、日も暮れてきましたので帰ってからお話しさせてください。」


頷いたオレは、転移魔法の準備をするためにミーアに抱きついて顔を近づける。


(パチンっ!!)


「え?」

 ミーアの鮮やかな平手打ちがオレの頬を赤く染めた。


「何してるんですか! 通常の転移魔法を使うのでそこにじっとしていてください!」


 自分からは良いのにオレからはダメなのかよ……そう言いたくなるほど頬が痛む。ひとまず言われたとおりに不貞腐れながら転移魔法の詠唱を待った。




~~~




 香ばしい匂いで目を覚ます。ここは……ミーアの屋敷だ。目覚めて間もなく、執事のハドが呼びに来た。夕食が出来たようだ。


 目の前に広がるご馳走たち。聞くとハドが一人ですべて作ったそうだ。


「タクトさん、お召し上がりください。」


「いただきます!」


 見た目だけでなく完璧な味だ。旨すぎる!

 食事に夢中になっているオレを横目に、ハドが話し始めた。


「ミーア様、本日の『開道の儀』は、いかがでございましたか? 私がミーア様のお母様に執事を任命していただいて以来、この時が来るのをずっと待っておりました。17歳になり開道の儀を終え、アカデミーを卒業すれば正式にこの地の領主として認められます。私は……」


 ハドは話を始めると相変わらず長い。


「じぃ。」


 ミーアの一声で我に返ったように目を丸くして静かになるハド。落ち着きのある見た目とは裏腹な性格に、少し笑いそうになってしまう。


「私のジョブは『バーティカルメイジ』でした。」


「なんですとぉー!?」

 ミーアの言葉に驚くハド。……ハドの声に驚くオレ。

「ミーア、さっきの続きだけど、バーティカルメイジってどんなジョブなの?」


「メイジは魔導士とも呼ばれますが、一般的に攻撃として有効な威力を発揮できる属性は四大元素(火・水・風・地)と(光・闇)の中の1つだけです。しかし、バーティカルメイジは全ての属性魔法を高威力で使用できるんです。」


「そうか、だから嬉し泣きしてたんだね?」

 オレの相槌にまた涙ぐむミーア。


 不意にハドが話し出す。

「嬉し泣きという言葉では言い尽くせない感情がおありになるのです。ミーア様は若くしてご両親を亡くし、バルク家分家の当主となりました。偶然にも、あのアーデ様と同じ境遇。そしてジョブまでアーデ様と同じ……まさに運命のいたずらというところでしょうか。」


 アーデと同じ境遇か。その驚きよりも、ミーアの両親が亡くなっていることに驚き、そして不憫に思った。17歳にもかかわらず、1人でこの辺一帯の統治をするなんて並大抵なみたいていの努力じゃない。


「ミーア、この世界に来たばっかのオレが言うのもなんだけどさ、何か手伝えることがあったら言ってくれないか? 1人で背負い込んでほしくないんだ。」


 言い終わってから気づく。なんでオレはこんなこと言ったんだ? ミーアに同情したからか? 勇者になれなかった罪滅ぼしか? ミーアが清楚系美女だからか? 考えてみたけど分からない。


 ただ一つ言えるのは、目の前の17歳の美女はオレより遥かに大人だってことだ。


「ありがとうございます。」


 目に涙を浮かべながら微笑むミーアが、オレの眼にはとても眩しく見えた。

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