自室の中の草原 - 紫恩

 「なっ、んだこれ…」

 「あーあー…」


 俺の部屋だった場所には、蓮華色の草原が広がっていた。

 遠く向こうの方は、蜃気楼のように揺らめいていて不確かで、どこまでも続いてるように見える。小川の水音も聞こえてくるし、少し甘い花の香りもする。

 俺が部屋を出てくる前までは、普通の寮室だったはずだ。それが今はどうだろう。

 

 「…はぁ?」


 間抜けな声が出るのも仕方がないと思う。皐月も隣で、ぱちぱちと目を瞬かせながら、周囲を見回している。


 「へ、部屋を出るまで、普通に屋内だったんだけど…?」

 「いやぁー、すごいね?ここまでしちゃうのかぁ。」

 「皐月…これ、何だと思う?」

 「んー…群生地?」


 群生地ぐんせいち。知識としては知っている。花が、自身の特等の力を使って作り出す空間で、その花に最も適した環境が再現されているという。

 それが、


 「なんで部屋の中ぁ…?」


 思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまう。見事な、「里山の春」としか言いようのない光景が広がっているが、ここは屋内なのだ。俺の背後の扉だけが、異質さを放っているが、本来はそっちが正しい。この環境から浮いている扉は悪くない。


 家具や、実家から持ってきた荷物が見あたらないのも気になる。まあ、何故か持ってきたときのトランクや、引っ越し用段ボールが視界の端に転がっているから、その中かもしれない。

 せっかく新しい部屋にも慣れて、落ち着いてきたところだったのに。


 「んー。気に入られてるんだねぇ、紫恩。」

 『そウ!ワタシ達は紫恩が大好キ、なのよネ!』


 皐月の言葉に被せるように、突然。頭の中で歌うような声がした。

 視線を上げると、草原の中を流れている小川の淵に、華奢な女性の姿が見えた。

 俺の手と同じ色をした、肩までの髪。通常では考えられない鮮やかな若草色の瞳。蓮華色のふわりとしたワンピースを着たレンゲソウ…精霊体がいた。

 目が合うとレンゲソウは、おもちゃを見つけた猫のように、こちらへすっ飛んでくる。文字通り、

 

 「…レンゲソウ~、何してるんだよぉ。」

 『ワタシ達待っていタ、のよ!ヘヤからは、出てないワ!』


 ふわり、と、こちらへ来た彼女は、そのまま上機嫌に俺の周りをふわふわと漂っている。妹より少し大きいくらいの体が浮いているのは、見ていると落ちそうでハラハラする。


 『でも、居心地は良クした、かも?』


 子供のような声色は、脳内に直接響いているが、さすがに慣れた。皐月にも聞こえているみたいで、なんとも言えない、生暖かい目でこちらを見てきた。


 「えぇー…。紫恩、こう、フレンドリーな感じでいいの?」

 「ん、あぁ。最初に会った時に、『妹に接するみたいに!』って注文つけてきたんだよ。」

 「はぇー、変わった精霊もいるんだね…普通は『ひれ伏せー』って感じだって聞いてたんだけど。」


 俺は正直、よく分かってない。でもレンゲソウから、『お願イ!』って言われたから。俺が雑に扱っているわけじゃないから。不敬にはならないと思う。


 「えっと…レンゲソウ?群生地を作るのはちょっと、ここだとマズいと思うんだけど。なんで俺の部屋に?」

 『ここが一番、紫恩の近くでしょウ?ワタシ達、紫恩と一緒ニ、居たいのヨ。』


 当然、といった様子でそのように答えるレンゲソウ。俺としても、精霊体から好かれて喜ばしいけど、部屋がこの状態になるのは困る。


 「んー、もしかしてずっと学院にいるつもりなのかな?」

 「いや、それは…大丈夫なのか?」

 「まぁー…精霊体に言って聞いてもらえるなら、別の場所がいいと思うけど。出来るかなぁ?」


 レンゲソウに指示を聞いてもらう…?


 「…無理な気がする。」

 「んー、僕も無理だと思いまーす。とりあえず、吉国先生に相談、かな?」

 「そうだよなぁ。職員室にいるといいんだけど。」

 「あー、多分学院内にはいるんじゃない?今日休みだけど、吉国先生いっつも教員室か大教室にいるし。」

 「行ってみるかぁ…」


 とりあえずは移動。肩を落として振り向くと、レンゲソウが俺の目の前へ飛んできた。ワンピースの裾が危ない位置まで上がりそうになって、ドキドキというよりハラハラする。

 

 「…レンゲソウ?」

 『ワタシ達も、ついていくワ!』

 「んー?」


 若草の目をキラキラとさせながら、レンゲソウがていた。


 『だって!待ってルの、もう飽きちゃっタものー。』


 「…おぉー、自由だ。そして精霊体っぽい…」

 「皐月、ごめん…付いてくるの確定したわ。」

 「まぁー、先生に見てもらった方が早いし。いいんじゃない?」

 

 このまま留守番して、群生地化が進行するのもよくない気がするし。どうせ先生に見てもらうなら、確かに連れて行った方が早いだろう。

 忘れかけていたけど、使ってしまった食材の買い出しもある。とりあえず学舎へ向かおう。


 「あ、レンゲソウ。」

 『なあニ?』


 まるで水中のように、空中でふよふよと浮遊しているレンゲソウの手を取る。感触はあるのに温度を感じない手が、やっぱり神様なんだと伝えてくるようだ。


 「どっか行かないように、手は繋いでおきたいな。」

 『フフッ!』「んっふ!」


 レンゲソウと皐月に笑われた。

 俺なんかよりよっぽど長生きしてるの、分かってるけど!幼児に見えるんだからしょうがないだろ!

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Flowers blessing - 花の祝福 邦越ありす @AliceParade

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