エピローグ─真実の愛─

 弟子は弟子らしく師匠のお金でたらふくご馳走になった後、別れた。

「何も言わなくてよかったんですか?」

「いらないお節介だったようです。これに懲りて、火遊びは止めていただきたいのですが。カナへの教育上もよろしくない」

「僕は大丈夫ですよ。子供ではないですし」

 ロジェと名乗る男性は、一度会ったことがある。

 あれはまだジルの元で菓子作りを学んでいたときだ。買い物の途中、背後から近づく男に気づいてはいた。目的が分からない以上、どうすることもできず、怒られるのを覚悟で本屋へ寄ったりと時間を潰した。

 声をかけてこない男に業を煮やし、念のためパトカーの停まる横でくるりと後ろを振り返った。

「……綺麗な人で驚いた」

「お褒めの言葉、大変嬉しく思います。残念ながら、私には好きな人がおりますので気持ちには答えられませんが」

「申し訳ない。そんなつもりじゃなかったんだ」

「家からついてきていましたね。目的はなんでしょう」

 おおよその見当はついていたが、しらばっくれたままでまっすぐに彼を見た。

「ジルは元気にしているかい?」

 似てもいない姿からして、彼の血縁関係者ではないと判断する。

 わざわざ家までやってきて本人には会えない関係のある人物。隠れなければならない理由。複雑に絡み合った人間関係は、他人ごととは思えなかった。

「とても元気ですよ。会えない事情があるならば、せめて私からそれとなく伝えましょうか」

「いや……大丈夫だ。元気にしているのならそれでいい。私はロジェという。今日はすまなかった。嫌な思いをさせた」

 お礼を述べた彼は笑顔を残し、すぐに立ち去ってしまった。

 結局、アーサーは夕食時にジルに知らない男性につきまとわれたと話した。

 ロジェの名前は告げず、風貌を説明しながら。

 ジルはフォークが止まり、あきらかに顔色が変わった。

 翌日になると、なんのことかとまた女性との遊びが激しくなった。

 まるで何かから逃げているようだった。

「さっきの男性とうまくいくといいですね」

「気づいていたのですか?」

「ジルの目を見て分かりました。今まで見たことがなくて……、恋をしてどろどろした目でしたから。欲求不満をぶつけるかのような熱がこもってます」

「欲求不満ですか」

「僕にも分かる感情ですから。会いたい人になかなか会えない寂しさは、やっぱりつらいものがあります」

「日本が恋しいでしょう。遠い地で、あなたは本当によくやっています。おばあさまに電話をしたら、絶対に喜ぶと思いますよ」

「んー、そうですね……」

 彼方はちらっとアーサーを見ては、桃色の唇を尖らせた。

 近くの教会が鐘を鳴らした。遅れて歓声が届く。結婚式でもやっているのだろう。

 そわそわする彼に声をかけると、

「行ってみたいです」

 と胸を躍らせている。

 教会に近づくにつれ、みずみずしい花の香りが届く。

 中から純白のドレスに身を包んだ花嫁と、幸せを隠そうともしない新郎が出てきた。

 隙間を空けるのも嫌だと、花嫁は新郎と腕を組んで片時も離れない。

 花嫁が空高くブーケを投げた。目に見えない誰かの悪戯か、あれだけ止んでいた風が吹き、ブーケをさらう。

 真実の愛は心を決めた。隣にいる青年の手元に落ち、再び歓声が上がった。

「え? え?」

「おめでとうございます」

 拍手をすると、喜びより戸惑いに傾いた顔を見せた。

「僕、参加者じゃないんですけど……どうしよう」

「幸せのおすそ分けです。素直に受け取っていいと思いますよ」

「あ、ありがとうございます……」

 ようやくはにかんだ笑顔を見せ、手を振る新郎新婦に会釈した。

 帰り道、ブーケを両手で持っていると、口笛を吹いておめでとうと言われたり、幸せを分けてくれと見知らぬ人から言われたりした。

「申し訳ないです……僕らが結婚したわけじゃないのに」

「たとえ嘘であっても、回りを笑顔にしているのですからそれでいいじゃありませんか」

 嘘で固めた世界に魅力を感じ、アーサーは幸せを手で振り返した。

 横を歩く彼方も、遠慮がちにはにかんだ。




「カナ」

「はい」

「たくさんの幸せをありがとう」

 一体自分はどんな顔をしているのだろう。

 いまだかつて見たことがないほど、彼の目は驚きに満ちて美しい。

 まつ毛が震え、作った影が小刻みに揺れる。

 吸い込まれるように立ち止まって頬に手を当てると、目を伏せた。

「もっともっと幸せになれる方法を、アーサーさんと見つけていきたいです」

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占星術師アーサーと彼方のカフェ 不来方しい @kozukatashii

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