物書き志望 愛宕平九郎

 坩堝るつぼという言葉がある。元々は物質を強く熱するのに用いる耐熱性の容器のことを言うが、種々のものが混在している状態や場所の例えとしても用いられている。

 僕は今、カケヨメ(WEB小説サイト)を開き、人気作とされている作品を斜め読みしている。雑に思われるかもしれないけど、これがなかなか理解しやすいのだ。適当に飛ばして読んでいるわけではない。全体の流れを掴むために、細かい部分はところどころ飛ばしてスピード重視で読んでいる。後で気になったところなどを読み直すことにし、まずは作品の理解を深めようという魂胆だ。

 異世界もの、ファンタジーもの、恋愛もの、歴史もの、エッセイや詩の類まで、各ジャンルで上位に並んでいる作品を好みの有無を問わず読み続けている。作者それぞれに筆致があり、冒険心に溢れた表現がある。正に文字の坩堝るつぼだ。


 依頼が無ければ、このような読み方はしない。まさか、作家志望の男(48歳・社会人)から「人気作を書きたい」と頼まれるとは思いもよらなかった。書きたいと一念発起してペンを持つのは構わないけど、聞けば過去に小説や論文などを書いたことが無いと言うから驚きだ。いくら『何でも屋の平ちゃん』とはいえ、これは無理難題だろうと断る準備をしていたところに、亜以ちゃんから「面白そうじゃない」って後押しが……ならば「安請け合いするぜっ!」と応えるしかなかった。

 それにしても、これだけあるジャンルから依頼人の好みに見合ったスタイルを提案するのは難しい。彼の経歴や性格、小説に対する熱い思いなどを加味して分析してみれば、おそらくは歴史舞台を彩った人物の生涯を描いたものが良さそうに思える。時代は戦国……蝦夷えぞを支配した蠣崎かきざき氏五代目当主「季廣すえひろ」なんかシブい。きっと「誰それ?」って言われるだろうが、認知度の低い戦国大名ほど、自由な発想で伸び伸びと描けるものじゃないかなと思う。まだ未開の地とされていた蝦夷えぞ(北海道)が舞台だよ? アイヌとの抗争が続いていた中で和睦を目指し、新たな蝦夷えぞの統治体制を築いた人だよ? もう、ロマンしかないじゃないか!

 ちょっと妄想が一人歩きし始めたので、少し冷静になろうと亜以ちゃんの経営しているネイルサロンまで散歩することにした。途中、電話で「今から行くね」と伝え、お土産にモンブランを買ってから向かった。


「あ、平ちゃん。いらっしゃい!」

「お疲れさま。予約のお客さんは終わったかい?」

「うん。今日はもうおしまい。わー! モンブラン? 嬉しぃ!」


 喜びのあまり、椅子に座った僕の顔へスイカップを押し付けてくる亜以ちゃん。この柔らかさが僕の熱くなった脳内を冷やしてくれる……逆に、たぎる熱量が別の方へと流れていくのはご愛嬌だ。辛抱たまらなくなったので「君のモンブランを食べたい」とスイカップに手を伸ばし、思う存分むしゃぶりついた――。


 一戦を終え、素っ裸のまま本当のモンブランを一緒に食べながら、僕は「そろそろ小説のジャンルを決めないとなぁ」と依頼に難航していることを打ち明けた。ちなみに今日の亜以ちゃんは、ハーフリム(エメラルドグリーン)のスクエア型メガネをかけてもらっている。


「それってさぁ、相手に決めてもらうことはできないの? 自分の書きたい内容やジャンルくらいは持ってるんじゃないかなぁ」

「それがな、みんな僕に丸投げなんだよ。人気とPVが上がれば何でも良いだなんて言ってさぁ。しかも、小説を書くにあたっての基礎もなってないし」

「何それ? ただ楽をしたいだけのようにも思えるわね」

「だよなぁ。でも、依頼は受けちゃったし……それに、僕もちょっと小説ってものに興味を持ち出したんだよね」


 亜以ちゃんの「面白そうじゃない」っていう後押しがあったから……だなんて絶対に言わない。これは、僕が安請け合いをすると決めて受けたものなのだ。どんなに難易度が高く無茶振り満載でも、彼女のにするつもりはない。


「平ちゃんが小説を書いた方が、絶対に読んでくれる人も多いと思うな」

「そうかな? でも、それこそ何を書けば良いのか、全くわからないや」

「……満子さんのことを、書いてみるのはどう? 今のお仕事の内容だって、十分に小説のネタにはなるんじゃないかなぁ。宇宙人とか、あり得ないことを本当の出来事のように書いたものって、好きな人多いよ。あ、でも平ちゃんの場合は、本当の出来事を少し脚色して書くのが正解かぁ」


 亜以ちゃんと親しくなって、亜以ちゃんのことを愛するようになって、僕は『何でも屋の平ちゃん』でやってきたことや、しばらくの間アシスタントをやっていた満子のことを少しずつ話すようになっていた。じっくりと思い出しながら、事あるごとに「これこれこうだった」と今まで経験してきたことや、満子から受け継いだ「ビジョン」の事も語った。

 僕の話に彼女は驚きを隠さなかった。でも、胡散臭い目で見ることはせず、興味深く話を聞いてくれた。満子のことも「ビジョン」のことも素直に受け入れて「だから今の平ちゃんは、魅力的なんだなぁ」と言ってくれた時は、恥ずかしながら彼女の前で感動の涙をホロリと流してしまった時もあった。


「でもさぁ、記憶や妄想でイメージはできても、それを文字にするっていうのは難しいってわかったよ。学生の頃は、論文もロクに書けなかったし」

「技術的なことだったら、私が手伝ってあげるよ。こう見えて、本も何冊か出してるんだから」

「え? そうなの?」

「写真集が多いけどね。でも、私のエッセイや詩が入ったのもあるわ。自叙伝っぽいものや、性教育に役立ちそうなマジメな性のお話だって書いたことあるんだから」


 さすがはAV大女優である。映像ばかりでなく、文字でもファンを虜にしていたようだ。その「マジメな性教育の教本」みたいなやつ、じっくりと読んでみたいものだよ。そうとなれば、亜以ちゃんに技術的なことを任せて、僕の思い描く小説を書くのも面白い。二人で行う初めての共同作業……いい響きだ。


「まずは、亜以ちゃんの書いた作品を全て読まなくっちゃダメだな」

「えー。昔のことだし、恥ずかしいよ。それに読んでもらうよりも、平ちゃんにだったら私が書いたことを体験してもらう方が頭に入りやすいんじゃない? 手取り足取り……本に書かなかったことも、あなたの体に刻んであ・げ・る」


 蠱惑こわく的な表情で「あ・げ・る」と言いながら、僕の乳首を人差し指でツンツンする亜以ちゃん。お互い素っ裸だったことを思い出し、再びスイッチの入った体を寄せ合って本日の二回戦に及んだ――。


 次の日、僕は依頼人へ連絡し、改めて「書いてみたいジャンルや好み」が湧いてきたかどうか尋ねてみた。しかし、相変わらず「任せる」の繰り返しだったので、予め用意してあった返答で安請け合いを締め括ることにした。


「それでしたら、ジャンルは自己啓発ものが良いかと思います。こちらでも色々と調査してみましたが、自己啓発ものは基本的に述べたいことが決まってますし、そこをアレンジするだけで面白くもなります。同じような自己啓発の内容が複数出版されていても廃れないのは、あらゆる角度から同じ内容を吸収して自らをアップグレードさせたいという学ぶ側の欲求からきているものではないかと思いますね」

「なるほど。ただ、自己啓発と言っても、それこそ数多くの要素がありますよね。どんな内容を読者に伝えると響きますかね?」

「偉人の名言を羅列したようなものや一つのメソッドに基づいて事例を載せるものは他の作者に任せて、もう少し的を絞った形で持論を述べるのはいかがでしょう。例えば、努力と工夫に特化したものとか」

「努力と工夫ですか? ちょっと面白そうですね。あまり、両者のイメージや違いがわかりませんけど。あははっ!」

「言葉の意味を検索するだけでも、色々と新しい発見があるものです。あとは、そこに自分自身の経験や考えを肉付けしていけば、一冊分くらいのボリュームは書けるかと思います」

「それを書いて、私に提供してくれるという追加の依頼はできますか? 報酬は弾みますよ」

「申し訳ありません。既に別の依頼を請け負っているので、執筆に時間をかけることができないのです。良ければ、知り合いのゴーストライターを紹介しますよ」


 ゴーストライターの紹介を検討することで、いったん話は打ち切りとなった。おそらくは、数日後に「紹介してくれ」という連絡が入るだろう。僕は知り合いの幽鬼ゆうきさんに電話して、近々ゴーストライターの依頼が入ることを伝えた。

 幽鬼ゆうきさんはガチのゴーストで、生前はルポライターをやっていた。取材先で不運にも事故に遭いとなってしまったけど、書きたかったものが書けるまでは成仏できないということで、今も納得のできるネタを求めて彷徨っているという。今回の依頼では思うような仕上がりは望めないと思うが、本物のゴーストをライターとして送り込むという企みには嬉々として同意してくれた。


 さて、これで『何でも屋の平ちゃん』をクローズアップした小説に集中できる。文章は亜以ちゃんに委ねるとして、僕は書くためのネタとなるべきを整理することとしよう。

 初めて満子と会ったのは「イクにイケない性の悩み」の依頼を受けた時だった。彼女のことを亜以ちゃんに話したとはいえ、まだ全てを語り切ったわけではない。出会いのシーンは省いていたので、いきなりこんな場面を語り出して大丈夫だろうか?

 次は、長瀞で地球外知的生命体との遭遇だけど……これもラスパールと満子が内容だし少し心配だ。あぁでも、僕は見学者の立場だったから後ろめたい気持ちになることはなさそうだね。その後は、満子とむちゃくちゃしたけど。

 あとは雪ちゃんか……これも厄介だなぁ。って、イチャイチャとむちゃくちゃしか無いじゃないか! これではただのエロドラマにしかならないし、亜以ちゃんにも白い目で見られてしまう。これは困ったぞ。


 それでも僕は、小説のネタとなりそうなことを包み隠さず亜以ちゃんに話した。あまりの絶倫ぶりに最初は呆気にとられていたけど、器量も度量も大きい彼女は笑いながら「聞いてるだけで濡れてきちゃうわ」とか言い出して、後でしっかりとベッドの上で責任を取らされることとなった。


「なんか……満子さんが平ちゃんと一緒にいたかった理由がわかるなぁ」

「なんだい急に? 僕には今でもわからないよ。僕のどこが良かったのか」

「平ちゃんにはわからなくてもイイのよ。私は満子さんのようにはなれないけど、彼女とは違ったやり方で癒してあげるわ。平ちゃん……いつまでも一緒だよ。うふふ」

「いつまでも……一緒かぁ」


 満子も同じことを言ってたよな……満子に愛され、亜以ちゃんにも愛され、僕は本当に幸せ者だ。二人の言葉を噛みしめ、であり続けることを願いたい。


「早速だけど、明日から書き始めてみるわね。平ちゃんが読んでみて何か違うなぁとか感じたら遠慮なく言ってちょうだい。せっかく二人の……いーえ、三人の共同制作なんだから妥協はしたくないわ」

「オーケー。面白くなってきたじゃないか。でも、あまり根詰めないでくれよ。本業のネイルサロンが優先だってことも忘れないで欲しい。僕も『何でも屋』を辞めるわけじゃないしね」

「もちろんよ。ねぇ、ペンネームも考えてあるんだけど……聞きたい?」

「そうなの? 気になるじゃないか。どんなペンネームかな?」

「愛宕……平九郎ってどうかな? 平ちゃんの平九郎って、文人っぽいイメージがあるし。なんかカッコいいじゃない?」

「自分の名前が入るのって恥ずかしいなぁ。それで? 愛宕っていうのは?」

「火伏(鎮火)の神様よ。満子さんが炎の巫女って呼ばれてたのを聞いて、あぁコレだって思ったの。今は平ちゃんの目から炎も出るんでしょ? 火を出す人に鎮火の神を合わせるのって変かもしれないけど、私にとって平ちゃんは燃え盛るアイの炎を鎮めてくれる唯一の神様なのよ」

「そのアイは、どっちのアイなのかなぁ?」

「うふふ。どっちもよっ!」

「おわっ! また燃え出したか!?」

「そーよっ! 早く鎮めてちょうだいっ!」


 馬乗りになった亜以ちゃんから逃れることはできない。僕は観念して体を彼女に委ねた。甘い吐息が結び合い、空と大地が入れ替わりながら乱れ合う。肌を絡め合う今の僕たちに、朝は来なかった――。


 数ヵ月後、カケヨメ(WEB小説サイト)に『愛宕平九郎』が現れた。ひっそりと静かに……『何でも屋の平ちゃん』が面白おかしく綴られているのを見つけるのは、安請け合いの窓口となっているサイトを探すのと同じくらい難しいだろう。坩堝るつぼの中に手を入れてみれば、もしかしたらお目に掛かれる機会があるかもしれない――。


『何でも屋の平ちゃん』― END ―

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何でも屋の平ちゃん 愛宕平九郎 @hannbee_chan

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