第6話 死神ジニー、聖夜の街での仕事を終える

 聖夜祭の夕方、とあるギャラリーに一人の訪問者が現れた。

 ギャラリーで行われるはずだった展示会の撤収作業、それのために人員とギャラリーの主が揃っている。そんな状況でのことだった。


「あのー、いいですか?」


 黒い服を着た少女が一人、布がかかった大きなキャンバスを手にそこに立っている。ギャラリーの主はその様子を少し不思議そうに眺めてから、客人の応対をし始めた。


「はい、どうしましたか?」


 少女はその言葉に答えるように、主をじっと見つめる。えっと、と少しだけ言葉に詰まった様子を見せてから、少女はと口を開いた。


「わたし、……先生の知人なのですが」


 そう言い、少女はキャンバスをそっとその場に下ろした。かたん、と床に触れる音と同時に掛けられた布が揺れる。


「彼の遺作である『キャロルの走馬灯』が完成しているらしいと気づいたので、こちらへ持ち込ませていただいたのですが……」


 少女は布を取り払った。

 そこには一枚の絵があった。

 聖夜の街を描いている風景画に幻想的なエッセンスを加えたものだ。街の光景にはもみの木飾りや屋台、行き交う人々など聖夜祭の賑わいが描かれている。一方で、空にはいくつもの色でグラデーションが作られ、信仰対象である天の使いと思わしき人物が存在している。その現実と夢想が入り交じる光景を、指で作ったフレームから覗いている――その名を『キャロルの走馬灯』と言う。

 絵の全容を見たギャラリーの人々が騒ぎ出した。


「な、なんだって……!?」

「ほ、本当だ。サインも書かれている……!」


 あたりまえだ、未完成と思われた絵が完成して見つかったのだ。彼らの驚きと喜びは計り知れまい。今すぐにでも個展の準備をせねばと彼らは言い始める。先生も最高傑作だと言っていたものが完成していたとは驚きだと彼らは言葉を交わしあう。ならば大勢の人に見てもらわなければ! 彼らの意見は一致する。

 そんな彼らに『キャロルの走馬灯』を託し、少女は――ジニーは静かにギャラリーを後にした。



「これでいいかしら?」


 ジニーは画家の霊を前にしてこう言った。

 あの後、完成させた後どうするかを相談した結果、ジニーが一時的に自らの身体を実体化させて絵を関係者に渡しに行くということで話がまとまった。その結果、完成後間をおかずにジニーは絵を関係者にわたしに行った。アトリエからの道中、ずっと己を実体化させて。何人かにその姿を見られたかもしれないが、今日は祭りだ。多少なら死神が実体化して街を歩いても許されるだろう。そう思えるくらいに、街は浮足立っている。街と、街を行く人々と、霊と、訪問者である死神は。


「ああ、ありがとう……これでもう思い残すことはない」

「そうね、これ以上があったらさすがのあたしもキレてたわ」


 画家の霊は、徐々に己の姿を丸っこい魂の姿へと変えていっているようだ。未練がなくなったからだろう。なくなったからこそもう人の姿をとらなくても良くなったということだ。これは彼なりの区切りのつけかたなのだろう、ジニーはそう結論づけた。

 とりあえず、この霊にやってもらうのは迎えに来る死神を待ってもらうことだ。絵を届ける前にあらかじめ連絡はしてある。「いろいろあって大変だったから冥界へと導く担当変わって」と。その言い方でよくオーケーが出たものだとジニーは我ながら思う。連絡の際に疲れたような声で言っていたおかげかもしれないが、真偽の程は不明。


「じゃあそろそろあたしの同僚が迎えに来るから、わがままとか言わずにちゃんと導かれなさいよ」

「ああ、わかっているさ」


 すっかり丸っこい魂の姿になった霊が、ジニーに対して手をふった。それに返すように、ジニーは霊に手をふった。歩きながら、街の人波へと足を踏み入れながら――。



「もしもしー、あたしジニー。送り届けの仕事かわってくれてありがとうね」


 聖夜祭の夜、ジニーは街にあるアパートの屋根の上に居た。腰を下ろして足をぶらぶらさせながら、ジニーは同僚に連絡を入れる。


「ん? 当然だって? まあ、それはそうよね……普段と違って大変だったし」


 今頃、その大変だった元凶としか言いようがない絵は展示されているのだろうか? それとも明日から展示ということになるのだろうか? どう扱われるかはわからないが、あの霊の最高傑作であり遺作だ。きっと良いように扱われるだろう。きっとギャラリーの人々が言っていたように、大勢の人に見てもらえることだろう。きっと、あの霊も冥界で満足することだろう。

 ジニーは街を見下ろした。夜となったためか、街の各所に飾られたランタンやキャンドルに明かりが灯っている。それらの優しい光が、まるで自分を労っているかのような感覚を覚えた。あたたかい、そんな感覚を。


「そうだ、あたしこの街の聖夜祭見てから帰るんだけど、そのことも、上に伝えといてもらえるかしら?」


 本当に起こったことが起こったことだった。一応その件も先に連絡した際に伝えてある。そのおかげで、夜に休暇をとれたと言っても過言ではない。それに、上の方もこちらの事情をかなりくんでいてくれているようだ。霊を追いかけて街を走っていったという事情を。


「お土産はないですよーって」


 そのお礼はしなければなのだが、それとこれとは話が別だ。また別の形でお礼をすればいい。そうしてジニーは連絡を切った。


 スカートのホコリをはらう。その際に屋根の下の様子をよく見る。人々が夜の屋台を巡っているようだ。浮遊霊もいてにぎやかそうに見える。普通に店に入っていく人々もいて、街を行く人々すべてが楽しそうだ。

 そうだ、降りるならそこにしよう。きっと祭りならではの空気を味わえるはずだ。ジニーは屋根を軽く蹴って、ふわりと宙に浮いた。そうして、文字通り聖夜の街へ飛び込んでいった。


 彼女がいた場所に雪がひらりと舞い降りた。まるで、見送るかのように。

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キャロルの走馬灯 萩尾みこり @miko04_ohagi

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