第5話

 その頃、まさか階上で夫が女と密会しているとも知らず、優子はコーヒーを飲み干したまま、じっとしていた。ショックが大きすぎて動く気力が起きないのだ。喫茶室は結婚式の招待客らしい団体で騒がしい。ひどく耳障りだった。

 夫が離婚するといったのが本気だとしたら、いったいどうしよう。今さら一人暮らしをして自活なんて嫌だ。田舎の実家に帰るのは近所の手前それこそ恥ずかしい。大好きなコーヒータイムも当分おあずけかもしれない・・・どうあっても離婚はするものか、私は良く考えたらそこまで悪いことをした覚えはないわ!

 目の前の、からのカップを見つめながら、彼女はそう決心していた。たしかに浮気をするつもりはなかったし、実際したこともない。だが、もしも手紙の主が夫ではなく素敵な他の男だったら本当に何もなかっただろうか。だいいち自分は会うつもりはないといいながら、なぜオシャレをしてここにやって来たのか。

「わからないわ、どうしてか・・なんでこうなったかも、全然わからない」

 口に中に、さっきむりやり飲んだコーヒーの苦みが残っている。後味の悪さが消えなかった。

 窓越しに見えていた晴れ間はいつのまにか翳っていた。通行人がたえまなく舗道を通り過ぎていく。遠くビルの狭間にどんよりとした雲の塊が見える。

その同じ空を、ぐったりと快楽の余韻に浸りながら、ホテルの窓から夫と女も眺めていた。

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冷めたコーヒー オダ 暁 @odaakatuki

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