第4話

 その頃、夫は少し離れたホテルの7階の客室にいた。彼はひとりではなかった。

「ねえ、うまくいったでしょう」

 シャワーを浴びてバスタオルを巻いた彼の背後から、やはり同じ姿の女の白い両腕がからみつく。どこか崩れた雰囲気のある、華やかな若い女だった。打ちあわせどおり、女だけ先にチェックインさせておいて後で落ち合ったのだった。

「まったくだ。思ったとおり、あいつは隠れてこそこそやるから話がうまく進んだよ。もしも手紙の件をうちあけられたら困ってたよ」

「悪い男だわねえ、奥さんをはめるなんて」

 うすくすと笑いながら、女は彼の背中に乳房を押しつけてくる。弾力のある感触にそそられたのか、彼は女の方に向き直り、はじけるようなその肉体を荒々しく抱きよせた。と同時に二人のバスタオルがぱらりと床に落ちた。

「おとなしいだけの、つまらない女だった。趣味と言えば、コーヒーをいれることぐらいでさ。何をしても反応しない。おかげで俺は話をする気さえ失せてしまった・・・こうなったのも仕方ないさ。せめて一言でもあいつが言ってくれてりゃ、こんなことにはならなかったかも・・・いや、やっぱり無理だな」

 二人は抱き合ったまま、ベッドになだれこんだ。男の愛撫に女は赤い唇から吐息まじりの甘い声をもらした。

「あたしと・・結婚してくれるんでしょう?」

 男はそれには答えず、激しいキスをすることで女を黙らせた。ますます悶えみだれる彼女を見やりながら、男は心の中で答えていた。

 当分ひとりでいるさ、女は女房もおまえも信用できないからな。

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