第3話

 二人は顔を見合わせた。優子は金縛りにあったように動けずにいたが、彼の鋭い、何もかも察していそうな目に、事態をようやく理解した。

 そうだったのか・・・手紙の差出人は夫だったのだ。でも、どうしてこんなことを・・・

 うながされるまま、よろよろと歩き、彼女は夫につづいてテーブル席に腰をおろした。天井まで一面に張り出している透明のガラスは、窓というより壁そのもので、そこからシャワーのごとく強い陽射しが降り注いでいる。

「やっぱり来たのか・・」最初に口を開いたのは夫だった。ひどく冷たい声だった。自分の妻がはたしてホテルに訪れるのか否かを確認するために、彼はロビーのどこかで待機していたのだ。

「私はただ差出人を知りたかっただけよ。会うつもりなんてなかったわ。それは本当よ。それより、あなたこそ、なぜこんなことを・・・」

 優子の言葉をさえぎるように、ウエイトレスが注文を聞きにきた。ホットコーヒーふたつ、夫が無愛想にそう告げると、彼女はおじぎをしてカウンターの方に立ち去っていった。優子は又すぐ口を開いた。いつになく興奮していた。

「なぜ、こんな試すようなことをするのよ」

 よどんだ表情の、夫の瞳がきらりと光った。

「おまえこそ、何一つ俺に打ち明けなかったじゃないか。表面はにこにこしていても、何を考えているのかちっともわかりゃしない。同じ部屋の下に住んでいても、他人といるようだったよ。だから・・知りたかったんだ。おまえがあの手紙にどう反応するかを」

 運ばれてきたコーヒーをぐいと飲み、くちびるを手の甲で拭うと、彼はさらに続けた。

「俺たちはもう別れよう。おまえがどういうつもりで、ここに来たかは知らない。そんなにめかし込んで浮気するつもりがなかったとは信じられないけどな。それも今となってはどうでもいい。とにかくもう別れたいんだ」

 二人の間に数秒沈黙があった。優子が何かを言いだそうとしたとたん、彼はそれを無視して立ち上がった。そして伝票をつかむとレジにすたすた歩いていった。彼女はあまりに予想外の展開に、言葉を失っていた。夫の後姿が自動ドアを通りホテルの外に消えていくのを目で追いながら、ただ啞然としていた。

 卓上のカップに気がつき、それを手に取ったのは、しばらく経ってからだった。

「おたがいさまじゃないの」コーヒーをすすりながら。優子は小声でつぶやいた。すっかり冷めてしまったそれは、苦くまずかった。

 きっと一時の感情だわ。

 家に帰って話し合えば、別れるなんて言葉、ぜったい撤回してくれる・・

 そう信じようとすることで、彼女はなんとか自制心を保とうとしていた。

 

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