第565話 冬の先触れ

「あ~~」

「…………」

「お~~」

「…………」

「い~~」

「…………」


 その日は膝の上でイオシスが何やら反応してくれとせがんでくるが、疲れすぎて動くことが出来なかった。


「うぅ、いん」

「はいはい、今はお疲れの様子ですから、こちらに」

「ぅん」


 イオシスが抱きかかえられたのか、膝の上から重みが無くなる。


「バアル様、お疲れ様である」


 テーブルの上にカップが置かれる音が聞こえると、目と額を冷ますために乗せていた濡れタオルを取る。


「……だいぶ板についてきたな」


 目の前には執事服に包んだ老年のイケメンことオーギュストがいた。


「ふふん、主は常日頃からその仕草に品を持っております。一通りの仕事を教えてもらえば誰よりもこなすとワタクシメはわかっていました」


 そしてその胸ポケットから顔を出しているネスがそう告げる。実際ルウィムに一通りの仕事を教えてもっただけで三日後には合格点を貰えたと聞いている。


 ただ――


「ネスの毛を飲み物に入れるなよ」

「安心してほしいです。ワタクシメは毎朝、洗面器で体を洗っておりますから、たとえ毛だとしても綺麗なは――」

「お望みであれば、完全に脱毛するであるが?」

「!?」


 ネスは裏切られたという風にオーギュストを見上げる。


「……留意すれば問題ない」


 オーギュストは俺の専属執事として動いてもらうため来客相手に何かをすると言うことはほぼない。あるとすれば俺への客人への接待だが、その時の食事や飲み物はノエルに任せればいいだけだった。


「ただ、一度でもネスの毛を見かけたら完全脱毛するからな」

「ひっ、了解です」


 ネスに脅しをかけてから、手元の書類に視線を落とす。


「しかし、あの書類の山が片付くとは思わなかったのである」


 オーギュストの視線の先では綺麗になったローテーブルと床があった。


「大変だったがな……」







 この二か月・・・様々なことが進んだ。


 まず一つは機竜騎士団の補充、とはいえ新しく募集は期限的に厳しいため、前回の試験でよほどの悪成績、性格破綻者以外の落ちた者、辞退した者に再度試験を行う通知を渡した。結果として半月もせずに再び試験が開始され、募集した40人の中から前回よりも好成績を収めることが出来た36人を新たに入団させた。そして先達と共に訓練させ、一か月半ごろには、並行する様に製造していた凡庸型輸送飛空艇“カーゴ”を運転させた。


 ただ、飛空艇カーゴは最低限の防御機能を取り付けただけ飛空艇だ。形は流動体的な消しゴムに紙飛行機の様な翼を付けた程度のもので、大きな胴体の割には中は物を入れるためだけの空洞だった。しいて言うのであれがコックピットや開閉機構、プロペラ部分はドワーフどころか人族の鍛冶師にだって作成が可能であろう外見だった。そしてそのため、操作に必要な人員は二人と少なく、予備を含めても4,5人を駐在させるだけで済み、機体も全長20メートルという大きさで造ることが出来ていた。


 現在、それら二隻が王都グウェルド間を飛び回っている頃であった。


 また撃墜による機密漏洩の危険性だが――


(魔力を補充した魔石から飛翔石に魔力を流すのではなく、飛翔石を通した魔力を魔石に籠め、そしてそれを使用する、か。要は前世のガソリンやバッテリーと同じ仕組みだな)


 このカーゴにはケートスとは違い、奪取されても問題がないと言う部分が存在していた。実際奪われても現存の魔力を消費してしまえばあとは最低限の設備しかないため損害は少ない。そのためにケートスの様に空中にて自力で魔力を補給することが出来なくなっており、予め計算された魔力量が最初に必要となっていた。


(回収したアナトから、ケートスの魔力消費量を計算させて魔力を補給したが、どうなる事か)


 そしてその計算した量もグウェルドの上空に滞空していたアナトがケートスの魔力消費量を測っていたため、できていた。そして念をもって想定の3倍の魔力を込めている。


(最悪、攻撃が激しければ撃ち落される危険性もあるが、そこは従来のケートスに任せるとしよう)


 このカーゴと騎士の増員に伴ってケートスも役目を変えた。まず現在はカーゴは機竜騎士団の新しい団員出向という形で使用している。そしてケートスなのだが現在は王都・グウェルド間とゼウラスト・リクレガ間を一隻ずつ飛び回っている。その理由だが――








「やはり陸地だと、それなりに飛ぶ魔物・・・・がいるな」


 現在手元にあるのはケートスからの報告書であり、空路の状況報告だった。


(鳥型の魔物が大半か、当然と言えば同然だが、これらだけならまだ対処できる。だがこれが竜となればそれなりの対策を積んでおかなければいけないか)


 ケートスの現在任務は空路の安全確保が主な任務となっていた。なにせゼウラスト・リクレガ間でもたまに魔物との遭遇事例が存在している。幸いケートスはそれなりに武装をしているが、カーゴともなると最低限の反撃手段しかなく、ほとんど逃げるだけとなる。そのために定期的にケートスが運行し、魔物を排除するひつようがあった。


「ふぅ、ん?」

「む~~」


 ふと書類をテーブルに置くと、足元にイオシスの姿があるのに気づき、そちらに目を向けると、イオシスのふくれっ面が目に入ってきた。


「リン?」

「イオシスを無視して、オーギュストに対応していたのです、こうなるのは当然かと」


 リンに問いかけると処置なしと、首を振る。


「仕方ない」

「!!、あ~~」


 抱き上げて膝に座らせると、イオシスは 喜色の笑みを浮かべる。


 コンコンコン


「失礼いたします。バアル様、今よろしいですか?」

「ノエルか、入れ」

「失礼します。こちら、渡すように届けられた書類と手紙です」


 ノエルが入室すると脇に抱えているそれなりの束の書類と、その上にいくつかの手紙が乗せられていた。


「手紙、誰からだ?」

「あ~~?」


 テーブルにそれらが乗せられると最初に目につくのが手紙のためそれを手に取る。


「差出人は……テンゴ・・・マシラ・・・か」

「お二人ですか……今どうしているのでしょうね」


 ノエルが二人の名前を聞いて、二人とその息子を思い浮かべる。


 さすがに里の長と言えるテンゴとその家族が半年以上不在にするわけにはいかず、半月前に三人をケートスでリクレガの地に送り届けている。


(正直、レオネも連れて帰ってほしかったが)


 レオネに関しては『いつでも帰れるようになるからいいじゃん』と言い、帰ろうとしなかった。その後、縛って帰すことも視野に入れ始めると、レオネはバロンやレオンに手紙を書くからと言い始めた。その後、イオシスを世話していた母上の後押しがあり、定期的にバロン達への手紙を書くことで話が付き。予定通りならテンゴ達に寄り手紙が届けられている頃合いだった。


「あの夫婦とアシラだ、元気にしているだろう。そう言えばほかの奴らは変わりないか?」

「はい、クラリス様とレオネ様は自室でお休みを、セレナさんは休日で金を稼ぐためにギルドへ、エナとティタさんは部下の訓練のために訓練所、そしてそれにアルベール様とカルス、カリンも同行しております。またヴァンも訓練所にてネロ・・さんに稽古をつけてもらってます」


 大半はネンラールに行く前の動きだが、一名いつもと違う様子だった。


「ヴァンとネロのようすはどうだ?」


 現在、ヴァンは騎士見習いとしてネロの下に付けている。そのため仕事のほとんどが屋敷の警護となるのだが、その中に訓練も含めれていた。


「特に何も。ヴァンの実力は言うまでもないですが、基礎がなっていません。そのために訓練している最中かと」

「そうか」


 ノエルの言葉を聞いて背もたれに体を預ける。すると真似をするようにイオシスも頭を腹に当ててきた。


「それでダンテはどうしている」

「普段通りである。昼は適当な広場で演奏、夜は様々な酒場でシェンナへの演奏を続けているのである」


 食客であるダンテは有事の際以外に仕事を持たない。しいて言えば絶対に遵守させる誓約書作りなどはさせるが、それ以外は基本好きにさせていた。現在はゼウラストで詩人の様な行動をあちこちで取っていると聞いている。


「一応聞くが、前回のことで機嫌・・は?」

「ああ、あの大量の誓約書であるか」


 実は新たに入団させる際に、裏切れないような条文をダンテに用意してもらっていた。それも新団員だけではなく、全ての団員のため、大量の書類作りにダンテにはやや機嫌を損ねられていた。


「少し機嫌が悪くはなったであるが、離れないのであれば怒っているわけではないである」

「そうか」

「アドバイスをすると、一気に大量に用意させるのはやめた方が言いであるな」


 オーギュストは完全にダンテしかできない事柄のため、多くを押し付けるのはまずいと助言する。


「そうだな、報酬を用意して何日かに10枚ほど頼むとしよう」

「……それがいいであるな」


 オーギュストが少し言い渋ったところを見るにおそらくこれぐらいが限度というところなのだろう。


「それで、他の手紙は……商業ギルドと行商ギルドとノストニアからか」


 残り三つを見てみると紋様がそうだと示していた。そして手早く済ませられるだろうと判断し、商業ギルドと行商ギルドの手紙を開封して中を見る。


「…………まぁ、こんなものか」

「内容を聞いてもよろしいですか?」

「そう難しいことじゃない。双方とも飛空艇を使用した輸送のことを聞いて来ているだけだ」


 リンの疑問に隠すことでもないため返答する。


「これらは予想できていたからな、それよりも問題はこっちだ」


 ノストニアからの手紙を開封し、中を確かめる。


「……そういえばそんなことも言っていたな」

「そちらは?」

「簡単に言えば、結婚式・・・の招待だ」

「「え?!」」


 何てことのない返事にリンとノエルが驚く。


「なんでリンが驚く?」

「い、いえ、私は初耳ですが?」

「そうだったか?」


 思い返してみるとアルムから告げられたのは露天風呂での場だ、確かにあの場にリンはいなかった。


「そうだったな、ノエル、クラリスを呼んでくれ。あちらで何が贈り物として喜ばれ―――」


 ドタドタドタ!!!


 ノエルに声を掛けてクラリスに話を聞こうとすると、廊下から重い足音が響いてくる。


「大変だぞ!!ばある」

「父上、どうしたのですか?」


 乱暴にドアを開き入ってきたのは、運動不足なせいか、息を上げている父上だった。


「イオシスもいるので気を使ってください」


 大きな音が立つだろうと予想してイオシスの耳を塞いだおかげで、少しだけビクッとなる程度で済んでいた。


「う、うむ、それは、すまん。じゃなくて」

「…………何か問題が?」


 父上の狼狽えぐらいから、嫌な予感を感じて、思わず嫌な顔をする。





「陛下がお倒れになった」





 父上のその言葉を聞いて、思わず目を瞑り、深く背もたれを倒す。


(問題が収まった、正確には収まりかけたと思った瞬間に次の問題か、本当に嫌になる)


 そう思い大きなため息をつくと、冬の訪れを告げるように、背後の窓の隙間から冷たい風が入り込み、首筋を撫でていった。

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冷徹公爵の異世界人生~助けてほしいだと?なら見返りは?~ 朝沖 拓内 @asaokitakunai

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